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韓国ユン新政権は何を目指しているのか?

出石 直  解説委員

韓国の新しい政権がきのう(10日)発足し、ユン・ソンニョル大統領が就任式に臨みました。

(ユン大統領)
「自由、人権、公正、連帯の価値に基づいて、国際社会から尊敬される国を国民の皆さんとともに作っていく」

革新から保守への5年ぶりの政権交代。新しい政権は何を目指し、日本や北朝鮮との関係はどう変わっていくのでしょうか。出石 直(いでいし・ただし)解説委員とともにお伝えします。

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Q1、きのうの就任式、どのようにみましたか?

【盛大な式典】
A1、新型コロナの規制も解除され、就任式には4万人あまりが参列しました。
盛大でとても華やかな就任式でした。

岸田総理大臣の出席は党内に慎重論もあって見送られましたが、林外務大臣が日本政府代表として参列しました。日本の外相の韓国訪問はおよそ4年ぶりです。
林外務大臣はユン大統領と会談し、両国間の懸案の解決に向けて政府間で緊密に意思疎通を行っていくことを確認したということです。

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就任式には海外からの要人も数多く参列しましたが、中でも私が注目したのは、習近平国家主席の側近として知られる王岐山国家副主席です。ユン大統領は、北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対抗するため弾道ミサイル迎撃システム(THAAD)の追加配備をする考えを示し、中国はこれに強く反発しています。中国が王岐山国家副主席という大物を送り込んだのは、アメリカや日本との連携を重視する考えを示しているユン政権に対するけん制という意味合いがあったのではないでしょうか。

【新政権の顔ぶれ】
Q2、5年ぶりの政権交代ということで、政策面ではムン前大統領との違いはどのようなところ見られるのでしょうか?

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A2、韓国は大統領が変わると別の国になったのかと思うくらい大きな変化がある国です。ましてや今回は革新から保守への政権交代、新政権の政策を担う大統領府や閣僚の顔ぶれもがらりと変わりました。
全体的に実務に通じた実力者を揃えた手堅い陣容という印象です。
外交・安全保障分野を中心に主だった顔ぶれをご紹介しますと、

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▽外相候補には、外交官出身の国会議員パク・チン氏。アメリカ通として知られ日本への留学経験もあります。私もソウル支局長時代、何度かお会いしたことがありますが、英語が達者な切れ者です。
▽外交安保の司令塔である大統領府の国家安保室長にはキム・ソンハン氏。ユン大統領の小学校の同級生、幼馴染です。イ・ミョンバク政権では外務省の第2次官を務めていました。
▽国家安全保障会議を担当する国家安保室の第1次長にはキム・テヒョ氏。
シカゴ大学で日米安保についての研究で博士号を取得した外交安保の専門家で
この人もイ・ミョンバク政権で大統領府の対外戦略企画官という要職にありました。

Q3、こうして見てみますと、イ・ミョンバク政権で活躍していた人が多いようですね。

A3、同じ保守ということもありますが、イ・ミョンバク政権は米韓同盟を基軸に海外に積極的に打って出るグローバル外交を展開した政権でした。ユン大統領もきのうの就任演説で「グローバルリーダーとしての韓国」といったフレーズを使うなど「グローバル外交」を志向していたイ・ミョンバク政権との共通点が多いように感じました。そうした方向性は政権の顔ぶれにも反映されています。

【日韓関係】
Q4、国交正常化以来最悪とも言われている日韓関係ですが、ユン大統領は日本との関係修復に意欲を示しているようですね。

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A4、当選後、バイデン大統領の次に岸田総理と電話会談を行いました。外交などについて協議する代表団もアメリカの次に日本に派遣しています。いずれも日本重視の姿勢の現れと言えます。

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ユン政権の対日姿勢がムン政権と大きく異なるのは、日韓関係を日本と韓国との2国間の関係というよりは、日米韓の3か国の枠組みでとらえている点です。日本も韓国もアメリカの同盟国で、それぞれにアメリカ軍が駐留し北朝鮮などの脅威に備えています。しかし日本とアメリカ、韓国とアメリカの同盟関係が強固でも、日本と韓国の関係がしっくりいっていないと強い三角形は作れません。米韓同盟を強化する一環として日本との関係も強化しなければならない、強い三角形が必要だという発想などだと思います。こうした考え方は、日本やアメリカの安全保障戦略とも合致しています。日米韓にオーストラリアやインドも含めた民主主義国家の連携を強化することで、中国やロシア、北朝鮮といった専制主義国家と対抗していこうという戦略です。

Q5、ただ日韓の間には、徴用をめぐる問題や慰安婦問題など多くの懸案があります。新政権の誕生で進展は期待できるのでしょうか?

A5、ユン大統領は、こうした問題を包括的に解決するとしています。しかし徴用をめぐる問題も慰安婦問題も、解決のためには韓国側の具体的な対応が必要で、一気にまとめて解決できるようなものではありません。特に徴用をめぐる問題では日本企業の資産を売却し現金化する手続きがまさに時限爆弾のように進んでいて、まったく油断できない状況です。関係改善を期待したいところですが、そう簡単ではないと思います。

【南北関係】
Q6、北朝鮮との関係については、ユン政権はどのようなスタンスなのでしょうか?

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A6、ユン大統領はきのうの就任演説では次のように述べています。

(ユン大統領)
「(北朝鮮が)核開発を中断して実質的な非核化に転換するならば、国際社会と協力して経済と市民生活を画期的に改善できる大胆な計画を準備する」

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就任前、ユン大統領は核・ミサイル開発をやめようとしない北朝鮮を「主敵」=主な敵と呼び、脅威に対する抑止力を強化するとしていました。しかしきのうの演説のトーンはかなり抑え気味でした。北朝鮮はことしに入ってからかつてないペースで各種の弾道ミサイルの発射を続けており、核実験を再開する兆候も確認されています。きのうの抑えたトーンには、いたずらに北朝鮮を刺激したくないという思惑もあったのかも知れません。

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【まとめ】
5年ぶりの政権交代を果たしたユン政権は、日本、アメリカとの連携を強める一方で、中国や北朝鮮にも一定の配慮をしなければならないという難しい舵取りを迫られています。今月下旬にはバイデン大統領が、韓国と日本を相次いで訪問します。こうした日米韓の三角形を強化する動きに対して、北朝鮮や中国がどう反応してくるのか。ユン政権の外交力が早くも試されるのではないでしょうか。

(出石 直 解説委員)


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