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近づく対独戦勝記念日 プーチン大統領の思惑

安間 英夫  解説委員

ロシアがウクライナに軍事侵攻してから2か月あまり。
ロシアは来月、5月9日に、第2次世界大戦でナチス・ドイツに勝利した「戦勝記念日」を迎える。
プーチン政権には今回の軍事侵攻について、国民に何らかの「成果」を印象づけたい考えがあるとみられる。
プーチン大統領のねらいは何か?その思惑を読み解いていく。

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Q1)ロシアにとって対独戦勝記念日とはどのような意味を持つ日なのか?

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A1)
・5月9日はきわめて重要な祝日。
・旧ソビエトでは、第2時世界大戦で世界でもっとも多い、少なくとも2600万人の戦死者が出たとされ、ナチス・ドイツ、全体主義に対して勝利した苦難の末の栄光の日と位置づけられている。
・式典で毎年大統領の演説、軍事パレードが行われ、1年で愛国心がもっとも高まり、政権にとって国威発揚に欠かせない日となっている。

・2005年、戦後60年の式典には、アメリカ、フランス、ドイツ、日本からも当時の小泉総理大臣ら50か国以上の首脳が出席。
・戦勝国、敗戦国の首脳が集まり、敵味方を問わず犠牲者を追悼し、和解をはかり、国際問題での団結をともに誓った。
・ところが戦時下で行われることしはまったく形相が異なる。ほとんど国内向けとなりそうだ。

Q2)プーチン大統領は、国民に印象付けるものは得られていると考えているのか?

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A2)
・このところ東部の要衝マリウポリの攻防が焦点だったが、その掌握は宣言した。
・マリウポリでは、ロシア側が一方的に任命した副市長が現地で軍事パレードを行う考えを示した。
・マリウポリの掌握がいわゆる成果となり得るかということだが、それでは足りないはずだ。
・そもそも軍事侵攻の名目は、独立国としてロシアが一方的に承認したドネツクとルハンシクの2つの地域から要請を受けて安全を確保することを掲げたからだ。

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・アメリカのシンクタンクによると、ルハンシク州はほぼ全域を掌握する一方、ドネツク州はまだ40%ほどを掌握できていないと見られる。
・ウクライナ軍はこの東部に精鋭部隊を配置してきた。
・5月9日まで2週間あまり。ドネツク州全域を支配下におさめることは難しいのではないか。
・そうしたなか、ロシア軍幹部の発言が波紋を広げている。

Q3)どのような発言か?

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A3)
・ロシア軍・中央軍管区のミンネカエフ副司令官は22日、「特別軍事作戦の第2段階が始まった」として、東部に加え、南部の完全掌握を任務としているとした。
・そのうえで西のモルドバの方向に向けて支配地域を拡大する考えを示した。

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・モルドバには、旧ソビエト崩壊前後からモルドバから一方的に分離独立を宣言している親ロシア派の支配地域「沿ドニエストル地方」がある。
・国際的に認められていないいわゆる未承認国家で、ロシア軍の部隊が駐留している。
・副司令官は「沿ドニエストル地方に新たにアクセスする方法を得ることになる」と述べていてロシアからクリミア、沿ドニエストルまで回廊を築く可能性を示唆したものと受け止められた。

Q4)ウクライナやモルドバは反発しているようだが。

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A4)
・ウクライナの国防省はツイッターで、「略奪者たちは、作戦の第2段階の目的がウクライナの東部と南部を占領することだと、もはや隠しもせず認めた。これこそ、まさに帝国主義だ」と述べて非難した。

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・モルドバ政府も駐モルドバのロシア大使を呼んで、「発言は根拠がなく、モルドバの主権と領土保全を支持するロシアの立場と矛盾している」と抗議した。

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・さらにウクライナ国防省は、「ロシアが南部へルソン州や南東部ザポリージャ州をロシアに併合しようと、いわゆる『住民投票』を準備している」としている。
・2014年のクリミアのときと同じ、違法な手続きで領土を拡大しようとしているという主張だ。

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・ミコライウ州、オデーサ州などがロシアの支配下に置かれると、ウクライナは海への出口を失い、内陸国になってしまう。
・この地域一帯はロシアが帝政ロシア時代に新たに獲得した土地として「新しいロシア」を意味する「ノボロシア」と呼ばれたこともあり、ロシア側にはその概念があると見られる。

Q5)ロシアは実際に軍を進めるつもりなのか?
A5)
・この作戦は、今月ロシアの黒海艦隊の旗艦「モスクワ」が沈没してから戦力がそがれ、実現が難しくなっているという見方もある。

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・ロシア大統領府のペスコフ報道官は、軍に聞いてほしいとして回答を避けた。
・ロシア軍幹部の発言は観測気球、あるいは陽動作戦という見方もあるが、ロシア側の本音をあらわしたものとも受け止められる。
・しかしこれは武力による領土の拡張の試みで国際法違反であり決して容認できるものではない。

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・ゼレンスキー大統領も「ロシアにとってウクライナへの侵攻は始まりにすぎず、彼らはこのあとほかの国々も占領しようとしている」と述べて周辺国に警鐘を鳴らしている。

Q6)そうすると、ロシアの攻撃はまだやまないということか?
一方で、停戦に向けた交渉の見通しはどうなっているのか?
A6)
・ロシアとウクライナの間では、3月末、トルコの仲介で協議を行い、軍事侵攻から1月たったあとようやく前向きな動きがみられたが、キーウ郊外などで大勢の一般の市民が殺害されたことなどを受けて交渉は停滞している。
・それでもトルコのエルドアン大統領は先週(22日)、「われわれの求めるレベルではないが進展している。希望は失っていない」と述べた。
・国連のグテーレス事務総長はトルコを訪問、26日にはモスクワを訪問し、このあと28日にはウクライナを訪問する予定で、外交的な取り組みが活発になっている。
・2005年、戦後60年のタイミングで世界各国の首脳がモスクワに一堂に集まったのは、ロシアの主導で国連総会の決議が採択され、「追悼と和解」の時として、その精神のもと国際社会の幅広い結束を呼びかけたことに共感が集まったからだ。
・しかし、プーチン大統領の言動は当時と大きく変わり、第2次世界大戦後に構築された国際秩序に対する挑戦と受け止められている。
・戦争を止めることができるプーチン大統領だが、今回の軍事侵攻でプーチン大統領が本当のところ何を目指しているか、いまだはっきりしていない。
・対独戦勝記念日には、国際的に理解の得られない「成果」を掲げるのではなく、「追悼と和解」の精神に立ち返るべきではないだろうか。

(安間 英夫 解説委員)

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