ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、中東の国々にも影響を拡げています。このうち、トルコ、シリア、イランへの影響を読み解いてゆきます。
出川展恒解説委員です。
Q1:
まず、停戦をめざす仲介に力を入れるトルコです。先週(3月29日)、ロシアとウクライナの停戦交渉が、トルコのイスタンブールで行われました。この時、双方の歩み寄りもあったといわれますが、非常に難しい交渉となっています。それでも、トルコが熱心に仲介しているのは、なぜでしょうか。
A1:
トルコのエルドアン大統領は、今回の軍事侵攻が始まる前から、ロシアのプーチン大統領、ウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談を重ね、先月10日には、双方の外相どうしの直接会談を実現させました。
トルコにとっては、どちらも黒海を隔てた重要な隣国です。戦争が長期化し、地域が不安定化する事態は、何としても避けたいと考えているのです。
Q2:
トルコは、ロシアとは、どんな関係を築いているのですか。
A2:
まず、トルコにとってロシアは、天然ガスの36%を輸入する最大の輸入元で、さらに、原発の建設を委託しています。また、主食の小麦の65%をロシアから輸入しています。エネルギーに加えて食糧の確保でもロシアに依存しているのです。逆に、トルコからロシアへは、果物や野菜が輸出されています。
また、トルコは、NATO・北大西洋条約機構の加盟国でありながら、ロシアから最新鋭の地対空ミサイルシステムのS-400を導入しました。
外交面では、隣国シリアの内戦終結に向けた枠組みづくりで、協力してきました。
Q3:
一方のウクライナとは、どんな関係なのでしょうか。
A3:
トルコは、ここ数年、ウクライナとの関係を強化してきました。実は、2014年のロシアによるクリミアの併合や、15年にロシア軍機がトルコ軍に撃墜されたことをめぐって、ロシアとの関係が緊張したことがあり、トルコは、ウクライナからの小麦の輸入量を大幅に増やしてきました。さらに、国産の攻撃用無人機をウクライナに売却しました。ウクライナは、その無人機をロシアとの戦闘に使用したと見られています。
これらの事情に加えて、トルコには、ロシアからも、ウクライナからも、大勢の観光客が訪れます。戦争が長引けば、低迷するトルコ経済には大きな打撃となります。
たとえば、先月の消費者物価指数は、前の年の同じ月と比べて、61%も上昇し、国民の生活に深刻な影響が出ています。エルドアン大統領としては、一日も早く、戦争に終止符を打ちたいのです。停戦を実現させれば、翳りも見える国内での求心力の強化にもつながります。
Q4:
トルコの仲介は、実を結ぶでしょうか。
A4:
双方の主張の隔たりは、まだ相当大きく、楽観はできません。ただ、エルドアン大統領は、どちらの大統領にも意見を言える関係を維持しています。NATOの加盟国でありながら、プーチン大統領と頻繁に意思疎通を図り、ウクライナ側の要望を伝えています。
先週の交渉で、ウクライナ側は、NATOへの加盟を諦めるかわりに、自国の安全を保障する新たな枠組みをつくる提案を行ったと伝えられます。エルドアン大統領は、両大統領を招いての3か国首脳会談による解決を目指しています。
Q5:
次に、トルコと国境を接するシリアへの影響を見てゆきたいと思います。シリアでは、泥沼の内戦が、もう11年も続いていますが、どんな影響が出ているのでしょうか。
A5:
シリアの内戦は、ロシアの強力な支援を受けたアサド政権側が、圧倒的な優勢を保ち、勝利を確実にしているものの、反政府勢力側がシリアの北西部などで徹底抗戦しています。
経済が崩壊しているため、報酬目当てに、「傭兵」としてウクライナの戦場に向かうシリア人の動きが見られます。アサド政権は、ロシア側に立って戦う傭兵の募集を行っています。NGOの「シリア人権監視団」によれば、先月半ばの時点で、4万人以上のシリア人が登録し、一部は、すでにウクライナの戦場に派遣されたと見られます。
市街戦の経験がある兵士が優先的に採用され、戦闘に参加すれば、月額数千ドルの報酬が支給されるということです。その一方で、イドリブ県など反政府勢力の支配地域では、ウクライナ側に立って戦う傭兵となるシリア人の動きも伝えられます。
一般的に、傭兵たちは、民間人への攻撃もためらわないとされ、ウクライナの戦争がいっそう悲惨なものになることが懸念されます。
そして、この戦争は、シリアの内戦を終わらせる国際社会の取り組みにも、大きなマイナスです。国連安保理の機能不全、とくに、米ロの対立が先鋭化し、シリアの内戦終結がさらに遠のくことが懸念されています。
Q6:
再生に向けた協議が行われているイラン核合意にも、影響が出ているようですね。
A6:
はい。アメリカのトランプ前政権が一方的に離脱して崩壊の危機に直面していたイラン核合意を再生させるため、アメリカ・バイデン政権とイランの間接協議が、ちょうど1年前から、EU・ヨーロッパ連合の仲介で行われてきました。
その後、イランが反米強硬派のライシ政権に交代し、難航も予想されましたが、EUの仲介努力が功を奏して、今年2月半ばの時点で、あと少しで妥結するところまで漕ぎつけました。ところが、ロシアのウクライナ侵攻が始まると、協議をとりまく環境は一変し、先月11日、EUのボレル上級代表が、「外的な要因によって協議をいったん中断する」と発表したのです。核合意の当事国でもあるロシアが、土壇場で「待った」をかけ、新たな要求を出したのが原因とみられています。
欧米各国から厳しい経済制裁をかけられたロシアは、核合意が立て直された後、イランとの貿易などに支障が出ないよう保証を求め、アメリカがこれを拒否し、協議は暗礁に乗り上げてしまいました。つまり、ロシアがイラン核合意を「人質」にした形です。
Q7:
ロシアが、核合意再生のカギを握ったということですね。
A7:
ええ。ロシアは、イランが生産する濃縮ウランの備蓄量が、核合意の制限を超えないよう、国内に一部を搬入するなど、核合意の維持に重要な役割を果たしてきました。イランとしては、核合意が再生されれば、制裁も解除されて、原油の輸出を再開できると待ち望んでいただけに、失望を隠せません。他方、国際的に孤立したイランを支持してきたプーチン政権には恩義も感じています。イランのアブドラヒアン外相は、先月15日、ロシアを訪問し、新たな要求を出した真意を尋ねました。
これに対し、ラブロフ外相は、「核合意が再生された場合、ロシアもイランとの貿易を再開できるという確約をアメリカ側から受け取った」と述べました。
これを受けて、近く間接協議が再開され、イラン核合意が再生されるのか、それとも、協議が決裂し、核合意が崩壊に向かうのか、その命運は、ウクライナ危機のあおりも受けて、不透明になっています。
(出川 展恒 解説委員)
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