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ロシアのウクライナ侵攻 朝鮮半島情勢への影響は

池畑 修平  解説委員

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(Q1)
世界の注目がウクライナに集まっている隙を突くかのように、先週、北朝鮮はICBM・大陸間弾道ミサイルを発射しました。
キム・ジョンウン(金正恩)総書記としては、アメリカはロシアへの対応で手一杯だろう、との計算もあったのでしょうか?

(A1)
それはあるでしょうね。
もともと、キム・ジョンウン総書記がICBMの試験発射を控えてきたのは、2018年、史上初の米朝首脳会談を前に、核実験とICBM発射の停止、いわゆるモラトリアムを宣言したためでした。
これは、「自分たちは核・ミサイル問題で先に譲歩した。次はアメリカが制裁の解除に動く番だ」と主張するための一手でした。
しかし、米朝首脳会談は実現したものの、その後、非核化の進め方で折り合えず、代わって発足したバイデン政権も制裁解除などに動く気配がない。
そうした膠着状態に業を煮やしたキム総書記は、ことし1月、モラトリアムを破棄すると示唆していました。
そこにプーチン大統領のウクライナ侵攻という予想外の事が起きたので、自分たちもICBMの発射に踏み切るなら今が好機と考えた可能性は十分です。
また、ここにきて、2018年に爆破した核実験場を再び整備する動きも捉えられているので、今後、核実験の再開もあり得る状況になってきてしまいました。

(Q2)
核実験の再開までですか…
一方で、キム総書記は、歴史的に関係が深いロシアが隣国に攻め込んだこと自体をどう見ているのでしょう?

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(A2)。
キム総書記を中心とした北朝鮮指導部の目に今のウクライナの事態がどう映っているか、これは容易に想像がつきます。
それは、「かつて核兵器を保有していたのに、それを放棄したウクライナが、核保有国であるロシアに侵攻されている」という構図です。
そして、そこから導き出される結論は、「やはり核兵器は自分たちの体制を守る切り札であり、放棄してはならない」でしょう。
以前から、北朝鮮は「核は体制を守る宝剣」などと評して核開発を推し進めてきたのですが、今のウクライナでの事態を目の当たりにして、そうした思いを改めて強めていると思います。

(Q3)
そうなると、一段と核に固執して、朝鮮半島の非核化はさらに難しくなっていくということになりますか?

(A3)
それだけでも悪い流れですよね。
さらにもう一つ、より危険な考えが北朝鮮指導部内で広がってはいないかが気になります。
ウクライナでの戦争にNATOが直接的に軍事介入しないのは、なぜか…
もちろん、ウクライナがNATO加盟国でないため、というのは確かです。
ただ、本質的には、ロシアが核保有国であり、しかもプーチン大統領が場合によっては核の使用も排除しないと威嚇しているからだ、と北朝鮮指導部は見ていると思います。
実際、アメリカのバイデン大統領も、NATO軍・アメリカ軍がロシア軍と交戦すれば第3次世界大戦を招いてしまうとしてウクライナへの派兵は早々と否定しましたよね。
ならば、北朝鮮としても、アメリカ全土を射程に収めるICBMを開発して、いざとなればそれに核弾頭を載せて撃つことも辞さないと威嚇しておけば、自分たちが再び韓国に攻め込んでも、アメリカは介入をためらうはずだ、と。
これは非常に危険な発想ですし、NATOに加盟していないウクライナとアメリカ軍が駐留する韓国とでは、条件が大きく異なります。
それでも、そうした危険な発想がキム総書記の中で芽生えていない、という保証はありません。

(Q4)
韓国としては、たまったものではありませんね。

(A4)
韓国の人たちの間でも、北朝鮮の相次ぐミサイル発射、そしてロシアによるウクライナ侵攻を受けて、
いま、改めて安全保障への意識が高まっています。
今月行われた大統領選挙で、勝利をおさめたユン・ソギョル(尹錫悦)氏は、軍事挑発をやめない北朝鮮には強硬に対応する必要があると主張しました。
安保意識の高まりという世論の変化を敏感に汲み取ったものです。

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ユン氏は、ムン・ジェイン(文在寅)政権が、南北関係改善を重視するあまり、アメリカとの同盟関係を弱体化させたと批判していて、自分が政権の座に就いたらそうした状態を「正常化」させると公言しています。

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具体的には、アメリカとの合同軍事演習の回数や規模をムン政権の前の水準まで戻すことや、中国の反対を押し切ってアメリカのミサイル防衛システムTHAADを追加配備することに意欲を示しています。

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また、ユン氏は、韓国独自の防衛力も強化しなければならないとして、選挙戦で北朝鮮への「先制打撃論」を掲げて注目を集めました。
これは、もともと、韓国の前の前の政権、イ・ミョンバク(李明博)政権の防衛構想に盛り込まれた「キル・チェーン(Kill Chain)」を指しています。
ミサイル発射の流れを鎖に見立ててそれを断ち切る、という意味で、「発射の左側」と呼ばれることもあります。

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どういう意味かというと、ミサイル発射の流れを、左から右へと「準備→発射→上昇→下降」と並べた場合、

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準備の段階、つまり「発射の左側」でミサイルや発射施設を叩く、というものです。
このように、ユン氏の北朝鮮に対する姿勢は、日米同盟強化をはかってきた日本と、ほぼ同じ方向性で、5月の新政権発足で、日米韓3か国の連携は深まることになりそうです。
それ自体は、北朝鮮と向き合ううえでプラスです。
一方で、ユン氏が、「キル・チェーン」の確立を目指すことや、ムン政権下で減った米韓演習をまた増やそうとすることなどに対して、キム総書記が強く反発するのは確実です。
ただでさえミサイルの発射実験が繰り返されている中、ユン新政権発足以降、朝鮮半島の緊張が急速に高まる懸念もあります。

(Q5)
ウクライナへの軍事侵攻が朝鮮半島にも影響し、この地域で緊張が高まるのは、日本としても心配ですね…。

(A5)
改めて言うまでもありませんが、北朝鮮が発射するミサイルの殆どは日本の方向に飛んでくるので、朝鮮半島の緊張は日本の安全保障に直結しています。
南北が予測不能な事態に陥らないようにするために、現在、私が最も必要だと思うのは、元に戻るようですが、ウクライナをプーチン大統領から守ることだと思います。

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こちら、核兵器を「受け入れない、つくらない、手に入れない」という非核三原則です。
日本の、ではありません。

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ウクライナの非核三原則です。
旧ソビエト時代の1990年、独立を見据えて採択した「主権宣言」の中で、この非核三原則が明記されました。
その後、ロシアの脅威を考えると核兵器は残したほうがいいのではないかという声も出たのですが、最終的には、1994年に署名された「ブダペスト覚書」で、ウクライナは核を放棄する代わりに、アメリカ、イギリス、そしてロシアから自国の領土や安全を保証されました。
いま、それが完全に反故にされているわけです。
この状況を、世界の多くの国が協力して食い止め、ウクライナを守ることが、北朝鮮指導部に「核を放棄しては体制が守られない」、「核で威嚇すればアメリカも手出しできない」といった考えを抱かせないためにも必要だと思います。
世界で「非核三原則」を掲げた国は、ウクライナと日本だけとされています。
その意味からも、日本は、いま、ウクライナを支援する特別な責務を負っていると思います。

(池畑 修平 解説委員)


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