ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、ロシア人やロシア系住民がネット上でひぼう中傷されたり、嫌がらせを受けたりする被害が起きています。
世界で広がるロシア人排斥の動きについて出石 直(いでいし・ただし)解説委員とともにお伝えします。
Q1、日本で被害を受けたお店を取材したということですが。
【日本での事例】
A1、東京・銀座にあるこちらのお店ではロシアから取り寄せた食品などを販売しています。ウクライナ侵攻が始まった4日後の先月28日の夕方、店頭に置いてあった看板が何者かによって壊される被害を受けました。お店の話によりますと、その前後からウクライナ侵攻を非難する電話がかかるようになったということです。警察に被害届けを出しましたが犯人はまだ捕まっていません。
実はこちらのお店、経営しているのはウクライナの方です。お店ではウクライナ人のほか、ウズベク人、ベラルーシ人、そして日本人も一緒に仲良く働いています。
来日して21年という経営者のミヤベ・ヴィクトリアさんにお話をうかがいました。
ウクライナに住む姉とは連絡が取れず心配でほとんど寝られないということでした。
Q2、祖国の平和を願っている人達がこうした被害に遭われるというのは痛ましいことですね。
A2、せめてもの救いは、お店の被害が報道されると、なじみのお客さんや見ず知らずの人たちから「応援しています」「がんばってください」といった励ましの便りや花束が寄せられたことです。ヴィクトリアさんは「日本の皆さんの暖かい気持ちが本当にうれしかった。看板もわざと壊されたのではないと信じたい。早く平和が訪れてお互いの国が仲良くなることを心から望んでいます」と話していました。
Q3、これまで普通に暮らしていた人が狙われるというのは恐ろしいことですね。こうした嫌がらせは海外でも起きているのですか?
【海外での事例】
A3、アメリカなど世界各地で、ロシア料理店の窓ガラスなどが壊されたり、
ロシア人やロシア系の住民が暴言やハラスメントを受けたりする被害が報道されています。
アメリカ連邦議会のエリック・スウォルウェル下院議員はCNNのインタビューで「すべてのロシア人留学生をアメリカから追放することを検討すべきだ」と発言し物議を醸しました。
Q4、まさにお門違いの反応ですね。
【スポーツ・芸術界の動き】
A4、こうした動きはスポーツや芸術の世界にも広がっています。
北京でのパラリンピックでは、RPC=ロシアパラリンピック委員会とベラルーシの選手団の参加が認められませんでした。陸上やスキー、スケートなど数多くの競技で、ロシアやウクライナでの大会が中止され、選手の大会出場も認められなくなりました。選手や観客の安全を守るため大会運営上、やむを得ない対応だと思いますが、ウクライナへの侵攻は選手達の責任ではありません。侵攻に反対し平和を望んでいる選手もたくさんいるでしょう。選手達もまた被害者と言えるのではないでしょうか。
芸術の世界では、世界的なロシア人指揮者のワレリー・ゲルギエフ氏が、ドイツのミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を解任され、ヨーロッパやアメリカで予定していた演奏会もキャンセルされました。
ニューヨークのメトロポリタン歌劇場は、ロシア出身のソプラノ歌手アンナ・ネトレプコ氏の出演を認めないことを決めています。歌劇場のゲルブ総裁は声明で「歌劇場にとっては大きな損失だが、プーチン大統領が罪のない人々を殺している中で、プーチン氏を支援したり、プーチン氏から支援を受けたりしている芸術家との関係を維持することはできない」と述べています。
Q5、プーチン大統領との関係が問われたということですね。
A5、この2人はプーチン大統領と親しい関係にあることが知られています。ただこうした踏み絵のようにして態度表明を迫るやり方には批判的な声もあります。ゲルギエフ氏と同じロシア出身の指揮者トゥガン・ソヒエフ氏は、ロシアとフランスのオーケストラのポストを自ら退くと表明しました。ソヒエフ氏は声明で「音楽は、国境を超えて地球上の平和を愛するすべての存在に希望を与えてくれるものです。ロシアかフランスかどちらかの伝統的文化を選択するようなことはできません」と述べ、2者択一を迫られたことに不快感を示しています。ヨーロッパでは、演奏される予定だったチャイコフスキーの曲を別の作曲家の曲に差し替えるなどの動きも出ています。
Q6、ロシアの音楽家やロシア音楽まで締め出すというのは過剰な反応のようにも思えますが。
【過去の事例】
A6、どこまでが正しくてどこからが行き過ぎなのかの線引きは難しいですが、同じようなことは、過去に何度も繰り返されています。アメリカで新型コロナウイルスの感染が拡大した際、当時のトランプ大統領はこのウイルスを“チャイナウイルス”と呼び中国への憎悪をあからさまにしました。アジア系の人権団体によりますと「“チャイナ”と罵倒され唾を吐かれた」「レンタカーを借りようとしたら“コロナが感染る”と言われ拒否された」といったアジア系住民に対するヘイトクライムが2020年だけで4632件、2021年は6273件報告されています。(出典:Stop AAPI Hate)
2001年のアメリカ同時多発テロ事件の際には、イスラム系住民に対する脅迫や嫌がらせが相次ぎました。
もっと遡ると旧日本軍による真珠湾攻撃の後、アメリカ西海岸に住んでいたおよそ12万人の日系人が“敵性外国人”として住む家を追われ強制収容所に収容されました。強制収容が始まってことしで80年になるのに合わせてバイデン大統領は「アメリカの歴史の中でもっとも恥ずべきことのひとつ。ニドト ナイヨウニ」と日本語を交えた声明を発表し改めて謝罪しています。
日本でも関東大震災の際、朝鮮人が井戸に毒を入れているという根拠のないデマが広がり、多くの罪のない朝鮮人の命が奪われたことを忘れてはなりません。
【まとめ】
Q7、なぜこうした誤った行動に走ってしまうのでしょうか?
A7、“戦争ヒステリー”と呼ばれている心理状態があるのですが、戦争のような極限状況に直面した際、人は不安や恐怖心から誤った行動をしてしまうことがあるとされています。
戦争、テロ、災害など大きな危機に見舞われるたびに、私たちは戦争ヒステリーに起因する誤った行動を何度も目にしてきました。今回のロシア人排斥の動きもそのひとつだと思います。今、私たちは毎日のようにウクライナからの悲惨なニュースや映像に接しています。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻はけっして許されないことです。しかし非難すべき相手を間違えてはなりません。非難すべき相手を見極める冷静な目、冷静な心をもつことが必要ではないでしょうか。
(出石 直 解説委員)
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