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韓国大統領選 投票始まる 勝敗のポイントは

池畑 修平  解説委員

韓国では、9日午前6時から、大統領選挙の投票が始まりました。 
過去に例を見ないほどの接戦だと伝えられてきた今回の大統領選挙、最終的に勝敗を左右するポイントをみます。

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(Q1)
ズバリ、何が勝敗を分けそうですか?

(A1)
なんといっても、中道の「国民の党」のアン・チョルス(安哲秀)氏が土壇場で選挙戦から降りて保守系の最大野党「国民の力」ユン・ソギョル(尹錫悦)候補の支持に回った「候補の一本化」。
これを有権者たちがどう評価するかです。

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3月4日に発表された世論調査では、ユン・ソギョル候補の支持率が39%、革新系の与党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)候補38%で、わずか1ポイント差の大接戦です。
これが、一本化によって、支持率12%だったアン・チョルス氏に行くはずだった票のうち、どれほどがユン・ソギョル候補に移るのか、最大の注目点ですね。

(Q2)
アン・チョルス氏支持者の中には、ユン・ソギョル候補を支持できないと考える人もいるようですね。

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(A2)
そうですね、「保守は嫌だから中道のアン・チョルス氏を支持した」という人たちは間違いなくいます。
また、土壇場での一本化は、政治理念の違いを無視した選挙目当ての「野合」という批判もあります。
ですので、2人の支持率の単純な足し算とはならないでしょう。

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それでも、一本化によってユン・ソギョル候補が数ポイントでも伸びれば、イ・ジェミョン候補が勝つには、それを上回る伸びが必要になるわけです。
それをもたらす好材料が、選挙戦終盤であったかというと、やや疑問です。
とくに、ロシアによるウクライナ侵攻という予想外の事態が、イ・ジェミョン候補には逆風になったという見方があります。

(Q3)
ウクライナ情勢が与党候補に逆風とは、どういうことでしょうか?

(A3)
ウクライナが軍事大国ロシアに攻め込まれたのは、韓国にとって決して他人ごとではないのです。
朝鮮半島は、古くから、中国、日本、その後はロシア・ソ連、そしてアメリカの争いの舞台となってきた歴史があります。

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韓国でよく言われてきた比喩に、「鯨のケンカで海老の背中が裂ける」というのがあります。
鯨のような大国の争いに小さなエビのような朝鮮半島が巻き込まれて被害を受けるという意味です。
米中が戦火を交えた朝鮮戦争を経て、今も国が分断されたまま、北朝鮮の脅威と向き合ってきた韓国の人たちにとって、安全保障の問題は国政選挙で常に重要な焦点です。
ロシアの侵攻で、そうした安保への意識が改めて高まった中、2月25日に行われたテレビ討論会で、イ・ジェミョン候補が、物議を醸す発言をしました。

【イ・ジェミョン候補】
「ウクライナでは、初心者の政治家が大統領となり、NATO加盟を公言し、ロシアを刺激して衝突となった」

市長や知事を務めた経験を持つイ・ジェミョン候補としては、ユン・ソギョル候補の政治経験のなさを強調したかったようです。
しかし、これが、侵攻を受けた側のゼレンスキー大統領を侮辱したものだと韓国内外で波紋を広げて、ユン・ソギョル候補から「国際的な恥さらし」と猛批判されました。

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翌日、イ・ジェミョン候補は「ゼレンスキー大統領を揶揄したものではない。
言葉足らずだった」と釈明しましたが、これを額面通りに受け止めることはできません。
彼の陣営にいる国会議員などからもゼレンスキー大統領を批判するような発言は出ていましたし、支持者たちの間で拡散したポスターも話題となりました。

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ユン・ソギョル候補とゼレンスキー大統領の写真を並べ、その下に書かれた文言は、こういう内容でした。

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▼ユン候補は検事出身で政治経験がない、ゼレンスキー大統領は元コメディアンで政治経験がなかった。
▼ユン候補は北朝鮮に対する「先制打撃論」を掲げたりミサイル防衛システムTHAADの追加配置を主張するなどして北朝鮮や中国との摩擦を激しくしている、ゼレンスキー大統領はNATO加盟を目指したことなどでロシアの反発を増大させた。
▼ユン候補は選挙陣営の重要ポストに自分と同じ検事出身者をあて、ゼレンスキー大統領は旧知の俳優や劇作家を議員や情報機関トップに据えた、です。
▼そして、一番下の結論は、「結果は戦争、犠牲になるのは国民」と書かれています。
イ・ジェミョン陣営や支持者たちとしては、政治経験のないユン・ソギョル候補が北朝鮮に対する「先制打撃論」を掲げたり、アメリカのミサイル防衛システムTHAADをめぐって中国を刺激したりするのは危なっかしいと批判したかったのでしょう。
それでも、ゼレンスキー大統領を引き合いに出したのは強い逆風を招きました。

(Q4)
選挙戦は接戦できただけに、このウクライナをめぐる言動が勝負を左右しかねませんね。

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(A4)
そうですね、とくに勝敗を分ける20代、30代、いわゆる「MZ世代」の反発がとりわけ強いようなので、イ・ジェミョン候補としては懸念材料です。
この世代は、ウクライナの状況を、対北朝鮮という文脈もさることながら、それ以上に、対中国という文脈で捉えています。
近年、韓国の若い世代では中国への反感が増しています。
とかく、日本では「中韓」というふうに一括りにして「反日」と見がちですが、それは実態から乖離しています。
韓国の若者たちで目立つのは「反中」です。
その引き金としては、THAADの韓国配備に対して中国が、事実上、経済的な報復措置をとったことがよく知られています。
しかし、ほかにも、両国の間では歴史や文化をめぐる摩擦も起きているのです。

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例えば、中国の人々が、キムチは「中国発祥の食品だ」と主張したり、先の北京オリンピックの際に韓国伝統衣装の「韓服(ハンボク)」について大会側が「中国朝鮮族の伝統衣装」と紹介したりした、といったことに、韓国の若い世代は、「韓国の文化を中国のものだと偽るものだ」として非常に憤っています。

(Q5)
ムン・ジェイン政権は、中国側に何か申し入れをしなかったのですか?

(A5)。
ほとんど問題提起をしてきませんでした。
そこには、北朝鮮を対話に引き出すうえで中国の影響力を重視するという思惑があります。
ただ、「MZ世代」は、そもそも北朝鮮との対話に関心が低いので、政権への失望感だけが広がる結果になりました。

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今回の大統領選挙、世論調査をみると、革新から保守への政権交代を望むという声が、一貫して過半数で推移してきました。
その背景の一つとして、韓国の若い世代に広がる中国への反感は決して無視できないファクターです。
今夜、どちらの候補が新たな大統領に選ばれても、対外政策では、北朝鮮とどう向き合うかとともに、中国に対してどのような姿勢をとるのかも、非常に重要な課題です。
そして、その対中関係を考えていく中で、アメリカや日本との協力関係をどこまで深めるのか、という戦略も固める必要に迫られそうです。

(池畑 修平 解説委員)


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