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韓国大統領選まで1か月 『MZ世代』が求めるものは

池畑 修平  解説委員

3月9日に投開票が行われる韓国の大統領選挙まで1か月となりました。
最新の情勢、そして勝敗を分けるとみられるポイントをお伝えします。

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Q1)
現時点での情勢はどのようになっていますか?

A1)
今の時点では、本命視されてきた2人の候補の大接戦ですね。

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1月29日に発表された世論調査(韓国ギャラップ)をみますと、新系の与党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)前キョンギ(京畿)道知事と、保守系の最大野党「国民の力」のユン・ソギョル(尹錫悦)前検事総長が、ともに35%で並んでいます。
この2人を、中道系野党「国民の党」のアン・チョルス(安哲秀)代表が15%、革新系野党「正義党」のシム・サンジョン氏(沈相奵)が4%で追うという構図です。

Q2)
この接戦、勝敗を分けそうカギはどこにありますか?

A2)
若い人たち、30代までの世代の票の行方がカギを握っています。

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この世代は、韓国では、「ミレニアル世代」や「Z世代」と呼ばれる人たちを合わせて「MZ世代」と呼ばれています。
なぜ「MZ世代」がポイントかというと、長年にわたって保守派と革新派とで深い分断が続いてきた韓国社会にあって、この世代では、両陣営とも強く支持しない人が多いためです。
先ほどの世論調査で、主な政党の支持率を世代別にみた結果があります。

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大きな傾向として、40代では革新の与党「共に民主党」を支持する人が多く、50代は「共に民主党」と保守の最大野党「国民の力」がきっ抗、そして60代以上は「国民の力」支持が多くなります。
一方、18歳から29歳では無党派だと答えた人が28%、30代も20%となっています。
無党派だという割合が20%を超えているのは、この2つの世代だけです。

Q3)
無党派が多いという「MZ世代」は、何を政治に求めているのでしょうか?

A3)
最も強く望んでいるのは格差の是正で、その象徴となっているのは住宅高騰の問題への対応です。
ムン・ジェイン(文在寅)政権になってから、ソウルのマンションの平均価格は2倍以上も上昇しました。
ムン政権は、一部の富裕層や不動産業者などの投機によって住宅価格の急騰が起きたとして、融資の規制や増税など、20回以上にわたって対策を発表してきましたが、価格の上昇を食い止めることは一向にできませんでした。
今月3日に実施された、大統領選の1回目のテレビ討論で、各候補が最初に意見を戦わせたテーマは、「不動産」でした。
また、韓国で若い人たちの住宅問題の解決を訴えている「ナメクジユニオン」という団体は、4人の候補たちに若者たちの住居への不安をどう解消するのか、選挙公約やその実現性などを問いただしています。
なぜ「ナメクジ」なのかといいますと、家のないナメクジではなく家を背負っているカタツムリになろう、という意味が込められています。

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Q4)
それだけ韓国の住宅高騰は深刻だということですね。

A4)
映画「パラサイト」などでも住宅の格差が描かれましたよね。
実際、家を持てないから結婚をためらう若い人たちが少なくありません。
ただ、住宅問題の解決を求める若い有権者たちは、韓国内では無党派が多いわけですが、世界的に見れば、必ずしも無党派とはいえないと思います。
「MZ世代」の政治に対する思いの根底にあるのは、より公正な社会への渇望で、それは、アメリカをはじめ世界的に増えている「ジェネレーション・レフト」、日本語にすると「左翼世代」に通じています。
「ジェネレーション・レフト」は、成長を追い求めるよりも分配や福祉の充実といったリベラルな政策を強く支持する若者たちで、多くの国で増えています。
原点は2011年にアメリカで起きた「ウォール街を占拠せよ」という抗議活動です。
巨額の金融資産を持つ一部の富裕層と、それ以外の大多数との格差に若い人たちが怒りを爆発させました。
その後も、アメリカでは既存の経済や社会システムへの疑問を持つ人は増え、2019年11月に発表された、ある世論調査では、アメリカの「ミレニアル世代」の70%が「大統領選挙で社会主義の候補に投票したい」と回答して話題となりました。
こうした「ジェネレーション・レフト」がバイデン氏の当選を後押ししたのは間違いありません。

Q5)
韓国の「MZ世代」も「ジェネレーション・レフト」に通じるとしますと、本来はリベラル、革新派のムン・ジェイン政権への支持が強そうですが。

A5)
そうですよね。
実際、不正が発覚した保守派のパク・クネ前大統領を退陣に追い込んだ原動力は、若者たちでした。
週末ごとに行われた大規模な抗議デモは世界に驚きを与えましたよね。
しかし、「MZ世代」が必ずしも革新派支持とはなっていない理由として、韓国特有の政治事情があります。
それは、韓国の革新派は「民族主義が色濃い」ということです。

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保守派が、かつて朝鮮戦争を戦った北朝鮮を今も強く敵視することに対して、革新派は「同じ民族なのだから助け合うべし」と考えて、北朝鮮に非常に融和的です。
ただ、世界の「ジェネレーション・レフト」は社会主義に関心は持っても旧ソビエトや今の中国の強権体制に共鳴するわけではありません。
それと同じように、韓国の「MZ世代」も北朝鮮の独裁体制に共感を覚えていません。
南北統一への関心も低いです。
そうした意識の違いをムン政権は汲み取ることができませんでした。

Q6)
ムン大統領、就任した当初は高い支持率でしたが、その支持をつなぎ止めることができなかったのですね。

A6)
若者たちの民意とはズレたといえます。
最後に、韓国の若い人たちが住宅問題の解決を訴えている姿が日本の同世代に与え始めた影響を紹介します。
昨年末、若者の労働や貧困問題に取り組むNPO「POSSE」などが埼玉県で「家あってあたりまえでしょ」プロジェクトと題した活動を行いました。
住まいがなく、路上やインターネットカフェなどで夜を明かす人たちを、自治体が準備した一時的な宿泊施設で滞在できるようにする橋渡しです。
その過程では、宿泊施設を当初の予定より増やすよう行政と交渉をし、実現させました。
実は、この活動、先ほど紹介した韓国の「ナメクジユニオン」にヒントを得たものでした。
「家あってあたりまえでしょ」プロジェクト代表で大学4年生の岩本菜々さんは、日本でもアルバイトで家賃や学費を捻出している大学生や、就職しても奨学金の返済に追われる若い社会人など、コロナ禍という状況もあって「誰がホームレスになってもおかしくない」と指摘します。

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その上で、「住宅の問題が主なイシューになっていること自体、韓国の状況が厳しいと同時に、それだけ若者たちが問題と向き合い、焦点にさせてきた成果が大統領選挙でも現れているのかなと思う」と話しています。
韓国の若い人たちは政治への関心がとても高く、選挙の投票率も高いです。
今回の大統領選挙、日韓関係や南北関係に加えて、そうした韓国の若い世代が日本とも共通する問題でどのような声を上げているかにも着目してみる価値があると思います。

(池畑 修平 解説委員)


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