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拡大するイエメン内戦

出川 展恒  解説委員

(キャスター)
「特集ワールドEYES」です。
7年前に始まった中東のイエメンの内戦が、近隣の国を巻き込んで拡大する様相を呈していて、原油価格など世界経済への影響も懸念されています。
出川展恒解説委員です。

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Q1:
イエメンの内戦は長期に及び、大勢の犠牲者が出ていますね。

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A1:
はい。イエメンでは、11年前のいわゆる「アラブの春」で、長期独裁政権が崩壊しました。その後を継ぎ、サウジアラビアを後ろ盾にしたハディ政権と、イランの支援を受ける反政府勢力「フーシ派」との間で、7年前から内戦が続いています。

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フーシ派が首都を制圧すると、サウジアラビアやUAE・アラブ首長国連邦などが軍事介入し、内戦は泥沼化しました。国連によりますと、すでに37万人以上が犠牲になり、国民の半数以上が飢えに苦しんでいます。医療体制も崩壊して、国連などが「世界最悪の人道危機」と呼ぶ、極めて悲惨な状況が続いてきました。

Q2:
この内戦が、ここに来て、さらに拡大し、悪化しているわけですね。

A2:
はい。先月17日、UAEに対する初めての本格的な攻撃が起きたのです。首都アブダビにある国営石油会社の施設が、ミサイルとドローンで攻撃されて、3人が死亡し、フーシ派が、敵対するUAEへの報復攻撃を行ったとする声明を出しました。
これに対し、サウジアラビア主導の連合軍が、同じ17日、イエメンの首都サヌアにあるフーシ派の拠点を空爆し、さらに21日、北部のフーシ派の支配地域も空爆しました。子どもを含む大勢の市民が巻き込まれて犠牲になりました。

Q3:
なぜ、今回、UAEが攻撃対象となったのですか。

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A3:
UAEは、イエメン南部の分離独立を目指している民兵組織を支援してきました。この民兵組織と、首都サヌアを支配するフーシ派との間で、対立や戦闘が激しくなったことが直接の原因と見られます。フーシ派としては、UAEに対し、イエメン内戦に介入しないよう、民兵組織を支援しないよう強い警告を与える狙いがあったと見られています。先月には、イエメンの沖合で、UAE船籍の貨物船が、フーシ派に拿捕される事件も起きています。

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イエメンのフーシ派が支配する地域とUAEの間は、直線距離で1000キロ以上も離れているため、これまでは、UAEが直接攻撃されることはありませんでした。フーシ派が、弾道ミサイルや長距離飛行できるドローンを獲得し、攻撃能力が向上したことも、背景にあると考えられます。
先週月曜日(24日)には、フーシ派が、首都アブダビにあるアメリカ軍が駐留する空軍基地をミサイルで攻撃し、今週月曜日(31日)にも、アブダビへの攻撃がありました。いずれも、UAE側がミサイルの迎撃に成功したため、人的な被害は出ていませんが、2週間で3度にわたってミサイルやドローンによる攻撃が起きたことで、軍事的な緊張が一気に高まっています。

Q4:
フーシ派の攻撃には、後ろ盾のイランの意向が働いていると見て良いでしょうか。

A4:
今回の一連の攻撃については、イランの意向というよりも、フーシ派が独自の判断で行ったのではないかという見方が、専門家の間では有力です。

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と言いますのは、イランが、対立していたサウジアラビアやUAEとの間で、このところ、関係改善に向けた動きを見せていたからです。去年12月には、UAEの高官がイランを訪問し、ライシ大統領の公式訪問を要請したばかりです。このタイミングで、イランが、フーシ派を動かしてUAEを攻撃させる十分な動機は、見当たりません。

Q5:
しかし、今後、攻撃の応酬がエスカレートする恐れがありますね。

A5:
はい、非常に心配です。先月17日に、UAEの石油施設が攻撃された直後、国際市場で、原油価格が7年ぶりの高値をつけました。ここ数年、サウジアラビアの石油施設やパイプラインも、フーシ派のミサイルやドローンで攻撃されており、事態がエスカレートすれば、エネルギー価格がさらに高騰するのではないかと懸念されています。

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フーシ派は、さらに重要な施設への攻撃も辞さないと警告し、UAEで活動する外国企業に退避を促したり、開催中のドバイ万博への攻撃をほのめかしたりする内容の声明も出しています。万博会場には、連日の大勢の入場者が集まっていますし、UAEには稼働中の原発もあります。もし、これらの施設が攻撃されれば、文字通り、最悪の事態で、計り知れない被害と影響が懸念されます。
当然、サウジアラビアやUAEによるフーシ派の拠点への攻撃も、苛烈を極めることが予想され、大勢の一般市民が犠牲になり、内戦終結の見通しは全く立たなくなるでしょう。

こうした中、UNDP・国連開発計画のイエメン事務所で、復興と国づくりの支援に携わっている槌谷恒孝(つちや・つねたか)さんに、日本時間のきのう、話を伺いました。

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【UNDP・国連開発計画イエメン事務所 槌谷恒孝さん】 
「空爆が頻発していることで、不安が増大していると感じます。地域の住民は、家を捨てて逃げざるを得ない状況で、避難民の数が増えるのではと予想されています。普段から食料や燃料などへのアクセスが非常に限られています。子どもが学校に行けない状況も続いており、紛争の悪化で、この状況が続くのか悪化するのか、不安を持つ人は非常に多いと思います」

問:国際社会に求めることは?
「停戦実現のため、粘り強く交渉を続けることが大事で、そのためにも、多くの人に関心を持ち続けていただきたいです」

Q6:
槌谷さんは、国際社会に向けて、このような要望を語っていますが、国際社会は、イエメン情勢の悪化に、どう対応しようとしていますか。

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A6:
アメリカ、イギリス、日本の各国政府は、UAEに対するミサイルやドローンによる攻撃のリスクが高まっているとして、現地で活動する自国民に、退避勧告や最大限の警戒を呼び掛けています。

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アメリカのバイデン大統領は、1年前の就任直後は、イエメン内戦の終結をめざす決意を示し、同盟国サウジアラビアへの武器の売却を停止する一方、フーシ派に対する「テロ組織」の指定を解除していました。

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しかしながら、今回、フーシ派がUAEを攻撃対象にしたことで、再びテロ組織に指定することも検討しているもようで、内戦終結に向けた外交活動は、完全にふり出しに戻った形です。
国連のグテーレス事務総長は、民間人を巻き込む攻撃を非難するとともに、特使を現地に派遣して、事態の鎮静化を強く呼びかけています。サウジアラビア、UAE、イラン、アメリカなど、関係するすべての国の最大限の外交努力が求められる局面です。

(出川展恒 解説委員)


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