中央アジアの資源大国カザフスタンで、燃料値上げをきっかけとした大規模な抗議行動が全土に広がり、最大の都市アルマトィなど南部では政府庁舎や治安機関、さらに空港などが占拠される暴動となりました。
トカエフ大統領は全土に非常事態を布告、さらにロシアを中心とした集団安全保障機構OSCTの平和維持軍の派遣を要請、アルマトィなどでは警告なしに射撃するとの強硬手段で暴動はほぼ鎮圧、しかし一般市民を含め225人の犠牲者がでました。
そして昨日(18日)、姿を消していたナザルバエフ初代大統領が声明を発表しました。
「2019年以来私はトカエフ大統領に全権を渡し、年金生活者です。今は休暇中で、首都におりどこにも去っていない。トカエフ大統領は全権を掌握している。エリートの間の対立はない。私は30年間祖国のために尽くしてきた。大統領は国民の福利を向上する新たなプログラムを発表した。このプログラムを支持しなければならない」
中央アジアの大国・カザフスタンで何が起きているのか。迫ります。
石川一洋解説委員に聞きます。
Q 全く姿を消していたナザルバエフ初代大統領の声明、その意図と意味は何でしょうか。
A今回の声明は、トカエフ大統領に全権を引き渡したことを本人の口から国民に初めて告げて、いわば大統領と初代大統領が並び立つ二重権力の状況に終止符を打ったものといえます。声明は国営テレビや主要な通信社で伝えられていますが、国父という称号は使われておらず、淡々と突き放した形で伝えられています。
ナザルバエフ初代大統領の姿は年末28日サンクトペテルブルクのCIS首脳会議に出席した後全く消えていました。国外への亡命や死亡説も出ていました。
ナザルバエフ氏は2019年に大統領職を後継者のトカエフ氏に委譲した後も初代大統領で安全保障会議議長や与党党首として権力を手放さず、トカエフ大統領との間で二重権力の状況が続いていました。
ただの年金生活者だと述べていますが、誰もその言葉を信じる人はおりません。
先月までは「ただの年金生活者」の動静が大統領よりも毎日トップニュースで伝えられていました。引退した年金生活者が、首脳会議に出席するでしょうか。エリートの間に対立はなかったという言葉も額面通りには受け取れません。
225人という多大な犠牲者を出した今回の動乱の背景には、トカーエフ・ナザルバーエフという二重権力の間の亀裂が背景にあったと私はみています。
Q 今回の抗議行動と二重権力の亀裂はどのように関係するのでしょうか。
A きっかけはLPG液化石油ガスの価格を新年、政府が突然二倍に引き上げたことです。車の燃料としてLPGを主に使っている西部のカスピ海沿岸の地域で始まり、ナザルバエフ氏の引退を要求するなど政治的なものとなりました。当初は平和的な抗議集会でしたが、全土に拡大する中で、4日の夜頃から、南部にある元首都で最大の都市のアルマトィなどで、平和的な抗議行動が暴動へと変質し始めました。
カザフスタンジャーナリスト連盟バヤン・ラムザノバさん
「最初は一般市民による平和的なデモで経済的、政治的な要求をしていました。しかしその後、第二の波として若者たちの集団が現れ、彼らは何の要求もせず、市庁舎や大統領府、テレビ局などを占拠し、燃やし、またショッピングセンターを焼き討ちにしました。さらに何の抵抗もなく国家保安委員会の建物も占拠したのです」
Q 暴動へと変質したということですが、何が起きていたのでしょうか
A トカエフ大統領の側近は極めて深刻な危機にあったと証言しています。
カリン国務長官「かなり危険な状況だった。国家の統一を維持するために時間はなかった。トカエフ大統領はそのためCSTO集団安全保障機構の平和維持軍の派遣を要請するという重大な決断をした。この決断によって不安定化の試みは阻止されたのです」(1月10日)
危険な状況とは、争乱の背後に状況を不安定化させてトカエフ大統領から権力を奪取しようとするいわばクーデターの試みが政権内部にあったとものとみられます。
もっとも危機的な状況にあった6日、国の最高意思決定機関安全保障会議の会合です。この日、トカエフ大統領がナザルバエフ氏に代わり初めて自らが議長となったことを宣言しました。この会議にはマシモフ国家保安委員会議長が参加しています。ところがこの会議の後、解任され、さらに国家反逆罪と権力簒奪の試みで逮捕されたのです。
マシモフ氏は、ソビエト時代の治安機関KGB出身で、ナザルバエフ政権下で首相を二度務めたナザルバエフ氏の懐刀です。中国語の専門家ですが、アメリカとの橋渡し役も務めていました。カザフスタンの汚職がアメリカで問題になったときにアメリカとの交渉にあたったのもマシモフ氏といわれています。ナザルバエフ閥の大番頭というところでしょう。
国家保安委員会の議長となったのもトカエフ政権の移行の中でいわば大統領の監視役として送り込まれていたと言われていました。国家保安委員会にはナザルバエフ氏の甥が第一副議長を務めるなどいわば組織全体がナザルバエフ派といえたのです。その甥も昨日解任され、さらに副議長二人も同じ容疑で逮捕されています。
南部の動乱には国家保安委員会が直接、間接的に関与したのか、あるいは治安維持をサボタージュし、大きな混乱を引き起こすことでトカエフ大統領を権力の座から引きずり降ろそうとしたのではないか、との疑いがあるのです。
Q 治安機関の中枢が絡んだクーデターの試みとは極めて深刻ですが、CSTOの平和維持軍派遣とこの権力闘争の帰趨はどのように関係していたのでしょうか
A 平和維持軍派遣は、マシモフ氏の解任、逮捕と並行して決定されました。今回のような外国からの攻撃ではない内乱のような事態では超法規的な措置とも言えます。ロシアを中心とした平和維持軍は空港などのほかに参謀本部や国家保安委員会本部の警備もしています。私は、力の省庁を抑えきれていなかったトカエフ大統領へのプーチン大統領からのいわば援軍だった意味合いが強いのではないかと思います。プーチン大統領は、トカエフ大統領を守ることでカザフスタンへの影響力を強めようとしたのではないでしょうか。
Q では改めて国父と呼ばれたナザルバエフ初代大統領はどのような立場を取ったのでしょうか?
A ナザルバエフ氏自身というよりも、側近、とくに解任された甥など近親者の中には、トカエフ大統領から権力を奪うことを望んでいたものがいたのではないでしょうか。事件の最中、ナザルバエフ初代大統領自身がどのような立場を取ったのかはまだ謎です。最初からトカエフ大統領を支持していたのであれば、もっとも危機的な状況にあった5日、6日になぜ昨日(18日)のような声明を発表しなかったのでしょうか。
ナザルバエフ氏の声明は近親者や側近たちに敗北を認めるよう向けられているようにも思います。トカエフ支持を鮮明にすることで国父としての自らの権威を守ろうとしたものともいえます。
Q トカエフ大統領は今後どのように動きますか?
A 脱ナザルバエフ路線を強めています。ナザルバエフ氏の三人の娘やその夫など親族、友人が石油ガス資源、金融、建設などの分野を握り世界的な大富豪となる一方、一般の国民の収入は増えず、貧富の格差が広がっていました。11日に上下両院の議員の前で今後の施政方針を演説です。
「国父・初代大統領のおかげで、国には儲けを出す企業と世界的なレベルでの大金持ちが現れた。そろそろ貰ったものを国に返す時ではないか」
ナザルバエフ氏の家族・親族や財布と言われる財閥に対して、富を国に毎年上納し、国民に富を分配しろと言っているのです。娘婿もエネルギー関係の国営企業のトップから解任しました。脱ナザルバエフの動きは国民に支持されています。
しかし巨大な富を持つ家族、そして力の省庁への影響力などナザルバエフ氏の影響力は侮れません。トカエフ大統領が大統領としての権威を確立できるのか、まだ予断を許しません。
ただ今回の動乱では、トカエフ大統領が警告なしに射撃を許可したことには国際的に大きな批判がありました。カザフスタン政府は抗議行動には武力は用いていない。武装し、重要施設を占拠した暴徒はテロリストであり武器を用いて鎮圧する以外に方法はなかったとしています。ただ一般市民の犠牲も出ています。国際的な信用を取り戻すためには厳格な調査をする必要があるでしょう。
影響力を強めたロシアに対して、一帯一路を進める中国、そして巨額な投資を続けるアメリカもカザフスタンに大きな権益を持っています。脱ナザルバエフの時代が始まったカザフスタンが安定するのか、どこに向かうのか、国際情勢にも大きな影響を与えるでしょう。
(石川 一洋 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら