NHK 解説委員室

これまでの解説記事

深刻なアフガニスタンの人道危機、国際社会はどう対応すべきか

出川 展恒  解説委員

アフガニスタン情勢です。イスラム主義勢力「タリバン」が権力を掌握して、まもなく5か月です。寒さ厳しい冬、欧米諸国による海外資産の凍結の影響などで、国民の6割が食料不足に直面し、子どもをはじめ多くの命が失われようとしています。しかしながら、タリバンの暫定政権を承認した国はひとつもなく、人々に食料などの支援物資をどう届けるかが大きな課題です。一刻の猶予も許されない人道危機に、国際社会がどう対応すべきかを考えます。
出川解説委員です。

i220112_001-01.jpg

Q1:
厳しい冬を迎えた現地の状況をどうみていますか。

i220112_001-02.jpg

A1:
アフガニスタンの人道危機ですが、特に地方の状況が深刻です。西部のヘラート州では、避難民のキャンプに、大勢の人々が身を寄せていますが、国連などの食料がほとんど届かず、生きてゆくためのギリギリの選択を迫られる避難民もいます。
たとえば、まだ幼い娘を、裕福な家庭に嫁がせる約束をして、いわゆる「結納金」を前払いで受け取り、一家の生活費に充てるケースや、自らの臓器を売りに出すケースが広がっていると伝えられます。病院には、栄養不良でやせ細った子どもを抱いた親が集まっていますが、薬や医療器具も全く不足し、十分な治療を受けられず、命を失う乳幼児が相次いでいます。
そもそもアフガニスタンは、国家予算のおよそ80%を国際社会からの支援に頼ってきました。去年8月、イスラム主義勢力「タリバン」の権力掌握後、欧米諸国は支援を停止したり、見合わせたりしています。とくに、アメリカが、アフガニスタン政府が海外に保有する資産を凍結したため、著しい財源不足に陥り、公務員の給与は、4か月以上支払われず、物価が軒並み高騰し、パンの原料の小麦の価格も3割以上高くなったと伝えられます。干ばつの影響もあって、WFP・国連世界食糧計画は、人口の6割にあたる2300万人が緊急の食料支援を必要とし、100万人以上の子どもたちが命を落とすおそれがある。「地球上で最悪の人道危機」だとして、国際社会に緊急支援を強く呼びかけています。

Q2:
食料や薬などの緊急支援を届ける手段はないのでしょうか。

A2:
各国政府による直接支援は止まっていますが、国連や赤十字、NGOなどの緊急の人道支援は、周辺国から陸路でアフガニスタンに搬入することができます。UNOCHA・国連人道問題調整事務所によりますと、去年は、およそ16億ドル分の支援物資が搬入されたものの、需要よりも大きく不足しており、今年1年間で、新たに50億ドル分が必要だとしています。
さらに、タリバンの指導者たちは、支援物資を人々に届け、統治を安定させたいと考えているものの、暫定政府には、支援物資を必要としている人々に、適切に配布する行政能力がないことや、IS・イスラミックステートが各地でテロを行っている影響で、食料や医薬品が全く届いていない地域も数多くあると伝えられています。

Q3:
そうした中、国連などの呼びかけに応じて、人道支援を促進しようという国際社会の動きもあるようですね。

i220112_001-03.jpg

A3:
はい。この1か月間の具体的な動きとしては、
▼世界銀行が、去年8月以降凍結されていた「アフガニスタン復興信託基金」のうち、2億8000万ドル分について、WFPとユニセフ・国連児童基金に移管し、支援を促進することを決めました。
▼また、国連安全保障理事会が、アフガニスタンへの人道支援活動は、タリバンに科せられている制裁の対象はならないことを明記した決議案を採択しました。
▼これに関連して、アメリカ政府も、人道支援活動に限って、タリバンが関わる金融取引を容認する方針を打ち出しました。
▼さらに、イスラム諸国でつくるOIC・イスラム協力機構も、先月19日、緊急の会合を開いて、食料支援などに充てる国際的な基金を設立することを決めました。

Q4:
そうした動きがあっても、タリバンに対する欧米各国の不信感が、人道支援を進めるうえで大きな障害になっていますね。

A4:
そのとおりです。タリバンは権力掌握後、「国内すべての勢力が参加した政権をつくる」と内外に約束していましたが、この約束、事実上、反故にされた形です。また、当初から懸念されていた女性の人権も十分に守られていないと、欧米各国は見ています。たとえば、日本の中学・高校にあたる中等学校では、女子生徒の登校がまだ認められていませんし、職場を追われる女性の教員も多くいます。
さらに、タリバンの暫定政権下で、報道機関のうち4割が閉鎖を余儀なくされ、6割のジャーナリストが職を失ったと、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が明らかにするなど、報道の自由が失われつつあります。また、「独立選挙委員会」が廃止され、民主的な選挙が、今後一切行われなくなるおそれが現実のものとなろうとしています。

i220112_001-07.jpg

タリバンの内部では、「軍事部門」と「政治部門」との間で権力闘争が起き、軍事部門、つまり強硬派の勢力が優位にあるため、国際社会からの要求を受け入れにくくなっていると専門家は指摘しています。今後、タリバンの暫定政権が柔軟な姿勢に転じ、国際社会に承認される可能性は非常に低いと見られています。

Q5:
日本政府は、この問題でどう取り組んでいますか。

A5:
日本政府は、去年10月に、総額65億円あまりの緊急無償資金協力を行うと発表したのに続いて、先月成立した今年度の補正予算で、新たに総額110億円あまりの支援を、WFPやユニセフなどを通して行うことを決めました。

i220112_001-08.jpg

また、アフガニスタン駐在の岡田隆大使が、11月下旬、タリバン暫定政権の副首相代行と初めて会談しました。今後も国連などを通じて、人道支援を行う方針を伝えたうえで、「安全が確保され、政治的な条件も整えば」、現在閉鎖中の首都カブールの日本大使館を再開する方針を伝える一方、「信頼関係を築くのには時間がかかる」と釘を刺したということです。
タリバン側は、各国に対し、政権承認と支援の拡大を強く働きかけていますが、各国とも、タリバンとの対話は続けつつも、政権承認は当面視野に入れていません。現地は、今、マイナス10度を下回る、厳しい寒さと雪に見まわれており、もはや一刻の猶予も許されない人道状況です。人道支援は、政治的な理由で妨げられてはなりません。日本を含む各国は、食料などの支援物資がアフガニスタンの一般市民にしっかり届くよう、政権承認の問題とは切り離して、支援を滞りなく推し進めることが求められます。その目的のため、タリバン側と詳細な協議と調整を行うことが不可欠だと考えます。

(出川 展恒 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

出川 展恒  解説委員

こちらもオススメ!