10年前の12月、北朝鮮の朝鮮中央テレビがキム・ジョンイル(金正日)総書記の死去を伝えました。ピョンヤンで行われた国葬では3男のキム・ジョンウン(金正恩)氏が先頭に立って霊柩車に付き添い、後継者となったことを内外に印象づけました。
それから10年、新しい指導者の下で北朝鮮はどう変わったのか、対外関係を中心にいくつかの時期に分けて振り返り、今後を展望します。
出石 直(いでいし・ただし)解説委員とお伝えします。
【揺れ動いた対外政策】
Q1、この10年間を振り返って、キム・ジョンウン氏の対外政策をどのように評価していますか?
A1、非常に揺れ幅が大きいという印象です。アメリカ本土を核攻撃するかのような強硬な態度を示したかと思えば、トランプ大統領と笑顔で握手するなど、「対立」と「対話」の間で大きく揺れ動いてきました。
この10年間は「対話か対決か模索してきた時期」「対決姿勢を強く打ち出した時期」「各国との対話に乗り出した時期」そして「現在の孤立を深めている時期」と、大きく4つの時期に分けられるように思います。
Q2、順に見ていきたいと思います。最初は模索期ですね。
【模索期】
A2、スタート当初は各国との関係を模索していました。2012年の4月には「人工衛星の打ち上げ」と称して弾道ミサイルの試験発射に踏み切り、13年2月にはキム・ジョンウン体制になって初めての核実験を行います。3月には経済建設と核武力建設を同時に進めるという「並進路線」を打ち出しました。アメリカとの対話が進まない中で、中国やロシア、それに東南アジア諸国に高官を派遣して関係構築を図るなど、「対立」と「対話」のバランスを模索していたように思えます。
Q3、指導者としてまだ不慣れだったということもあるのでしょうか?
【対立期】
A3、対外関係は様子見、まずは国内の権力基盤を固めることを優先していたのではないでしょうか。しかし2016年に入ると1月と9月に2度にわたって核実験を実施、中距離弾道ミサイル「ムスダン」の試験発射を繰り返すようになります。翌17年8月に発射された中距離弾道ミサイルは北海道上空を通過して襟裳岬沖に落下、日本国内でJアラートが鳴り響きました。トランプ大統領はジョンウン氏を「ロケットマン」と呼んで厳しく非難し、挑発行為をやめなければ「北朝鮮を完全に破壊する」と警告。これに対して北朝鮮は「アメリカに対し史上最高の超強硬対応措置を考慮する」というジョンウン氏本人の声明を発表します。
Q4、今にも戦争が始まるのではないかという雰囲気でしたね。
A4、朝鮮半島情勢がもっとも緊迫した時期でした。しかし北朝鮮は2017年の11月にICBM=大陸間弾道ミサイルの試験発射に成功します。
ところがそれ以降、弾道ミサイルの発射を中断して18年から突然、対話攻勢に転じたのです。
Q5、なぜ急に対話路線に転換したのでしょうか?
A5、北朝鮮の言い分は「アメリカ本土を核攻撃できるICBMが完成したので、もうアメリカから攻撃されることはない。これからは経済建設に力を集中させる」というものでした。しかし実際には、トランプ政権が軍事攻撃も辞さないという強い態度に出たこと、それに国際社会から厳しい経済制裁を課せられたことが大きいと思います。公安調査庁の試算では、一連の制裁決議で北朝鮮の中国への輸出の98%、中国からの輸入の37%が禁輸の対象になりました。北朝鮮の貿易の9割を占める中国との貿易額は、前の年の半分以下に落ち込んでいます。
Q6、追い詰められて対話攻勢に出てきたということでしょうか。
【対話期】
A6、対話によって緊張を緩和し制裁の解除を得ようとしたのでしょう。2018年2月には、ピョンチャンでの冬季オリンピックに合わせてキム・ヨジョン(金与正)氏が韓国を訪問、3月にはジョンウン氏が北京で習近平国家主席との首脳会談に臨みます。最高指導者になって初めての外国訪問でした。4月と5月にはパンムンジョム(板門店)でのムン・ジェイン(文在寅)大統領との南北首脳会談、6月にはシンガポールでのトランプ大統領との史上初めての米朝首脳会談を実現させ、朝鮮半島の完全な非核化の意思を表明します。この間、核実験や弾道ミサイルの発射は行わず、プンゲリにある核実験場の坑道を爆破するなど非核化に向けた姿勢を示したことは注目に値します。しかし2019年2月のハノイでの米朝首脳会談が物別れに終わったのを機に、北朝鮮は弾道ミサイルの発射を再開、核実験やICBMの発射も示唆するようになりました。
Q7、再び対決姿勢に戻ったということでしょうか。
【孤立期】
A7、ハノイ会談以降も中国やロシアとの対話は続きましたが、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大を機に北朝鮮は次第に孤立を深めていきます。中国との国境を閉鎖したことで中国との貿易はさらに減少し、中国への輸出はコロナ前の40分の1程度にまで落ち込んでいます。去年6月には南北の共同連絡事務所を爆破、韓国との関係も冷え込みました。ことし1月に開催された朝鮮労働党の党大会でキム・ジョンウン総書記は「最大の敵であるアメリカを制圧し屈服させる」としたうえで「国防力を質的にも量的にも強化する」と強調しました。ことしに入ってからも弾道ミサイルの発射を繰り返しています。
Q8、制裁の効果は上がっていない、制裁をしても核・ミサイル開発を止めることはできないということでしょうか?
A8、今の北朝鮮は、経済制裁とコロナのダブルパンチの中で、他国には頼らず自分達の力だけでやっていくという“痩せ我慢”をしている状態だと思います。それがいつまで続くのかがポイントだと思います。北朝鮮との融和に熱心な韓国ムン・ジェイン政権はもちろん、バイデン政権も北朝鮮に対話を呼びかけていますし、拉致問題を抱える日本政府も無条件でキム・ジョンウン総書記との首脳会談に応じる用意があるとしています。
経済的に苦しい時には対話に舵を切るという過去の傾向から考えると、核・ミサイル開発は続けながら再び対話に転じてくる可能性はあると思います。重要なのは、対話のための対話に終わらせないことです。核・ミサイル開発を止めさせる、そして拉致問題を少しでも進展させるための対話でないと意味がありません。圧力を緩めず北朝鮮の経済状況や真意を見極めながら、意味のある対話に応じさせるための説得を続けていくことが重要だと思います。
(出石 直 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら