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朝鮮戦争を終わらせる?

出石 直  解説委員

同じ民族どうしが南北に分かれて血みどろの戦いを繰り広げた朝鮮戦争。
3年間に及んだ激しい戦闘の末、1953年に休戦協定が結ばれ戦闘は停止されました。
しかし戦争が完全に終わったわけではありません。休戦からおよそ70年。
今、朝鮮戦争の終結に向けた「終戦宣言」をめぐる外交交渉が山場を迎えようとしています。出石 直(いでいし・ただし)解説委員とお伝えします。

【朝鮮戦争】
Q1、朝鮮半島の分断を決定的にした戦争はまだ終わっていないということですが、どんな戦争だったのでしょうか?

A1、朝鮮戦争は、第2次世界大戦の後に成立した韓国と北朝鮮の間で起きた戦争です。
当時は東西冷戦下で、韓国側にはアメリカ、北朝鮮側には中国が参戦し激しい戦闘を繰り広げました。

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1953年に結ばれた休戦協定で「すべての戦闘行為と武力行使を完全に停止する」ことが約束されました。しかしあくまでも「停止」しているだけで、戦争が完全に終わったということではありません。休戦から70年近く経った今も、北朝鮮と韓国は軍事境界線をはさんで睨み合いを続けています。

【終戦宣言】
Q2、その朝鮮戦争の終結に向けた「終戦宣言」というのはどのようなものなのでしょうか?

A2、朝鮮戦争を完全に終わらせるためには、今ある「休戦協定」に代わる「平和協定」あるいは「平和条約」を締結する必要があります。しかし「協定」や「条約」を結ぶのは簡単ではありません。「休戦協定」で決められた南北の境界線をどうするのか、韓国に駐留しているアメリカ軍を中心とする国連軍の役割や位置付けをどうするのかといった難しい問題がたくさんあって、これらを戦争当事国が協議してひとつひとつクリアしていかねばなりません。大変な手間と時間がかかる作業です。
そこで戦争の当事国が「戦争は終わった」と宣言してしまおう、というのが「終戦宣言」です。

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いわば「休戦協定」と「平和協定」の間の位置付けで、これを熱心に呼びかけているのが韓国のムン・ジェイン(文在寅)大統領です。ことし9月の国連総会での演説をお聞きください。

(ムン大統領)
「終戦宣言こそ朝鮮半島に新しい秩序をつくる重要な出発点だ」

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ムン大統領は、朝鮮戦争の当事国である韓国、北朝鮮、アメリカ。あるいは、それに中国を加えた4者が集まって、朝鮮戦争が終わったことを共同で宣言しようと提案しています。
ムン大統領が「終戦宣言」に言及したのはこれが初めてではありません。3年前の4月にムン大統領が初めてキム・ジョンウン総書記と会談した際に発表された「パンムンジョム宣言」でも「南北で年内、つまり2018年中に朝鮮戦争の終戦を宣言する」と謳われています。翌年の2月にハノイで行われた米朝首脳会談でも、「終戦宣言」を行うことでほぼ合意に達していたことが関係者の証言で明らかになっています。結局、終戦宣言は実現しませんでしたが、実現にかなり近づいた時期があったことは間違いありません。

【思惑の違い】
Q3、実現に近づいたことはあったのに、まだ実現していないのはどうしてなのでしょうか?

A3、「終戦宣言」についての当事国、韓国、北朝鮮、中国、アメリカの考え方や思惑がかなり異なるからです。
韓国のムン大統領は積極推進派です。
「終戦宣言を行うことで長い分断と対立を終わらせ、平和と繁栄を築く」とその意義を強調しています。ムン大統領の任期は来年5月まで、あと半年しか残っていませんので、“朝鮮戦争を終わらせた大統領”として歴史に名を残したいのでしょう。

Q4、一方の北朝鮮はどんな立場なのでしょうか?

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A4、ムン大統領の国連総会での演説を受けて、キム総書記の妹のキム・ヨジョン氏は「興味深い提案であり良い発想だ。しかし、今がその時期なのかをまず見極めるべきだ」とする談話を発表しています。終戦宣言には前向きなものの条件付き「それより先にやるべきことがあるだろう」というのです。

Q5、先にやるべきこと、とは?

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A5、北朝鮮は2つのことを要求しています。ひとつは「敵視政策の撤回」もうひとつは「二重基準=ダブルスタンダードの撤回」です。「アメリカや韓国は北朝鮮を敵視して我々に脅威を与えている。韓国がミサイルの発射実験をしても非難されないのに、我々だけが非難されるのは不当だ。終戦宣言よりこの2つを撤回する方が先だ」というのです。
具体的には終戦宣言を受け入れる条件として、米韓の合同軍事演習の中止や制裁の解除、さらには韓国にある国連軍司令部の解体などを要求しています。

Q6、かなり身勝手な要求のようにも聞こえますが。

A6、 その通りです。北朝鮮は「宇宙の平和利用のためのロケット開発だ」と偽って弾道ミサイルの発射実験を繰り返したため、国連の安保理決議で核実験や弾道ミサイルの開発を禁じられたのです。まったくもって身勝手な主張です。高い要求を突き付けてきているのは、「終戦宣言」をして実績を残したいムン・ジェイン大統領の足元を見ているからだと思います。

Q7、アメリカや中国は、ムン大統領の提案をどう受け止めているのでしょうか?

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A7、中国外務省の趙立堅(ちょうりつけん)報道官は、
「朝鮮戦争の終結は国際社会の期待だ。中国は休戦協定の締約国としてあるべき役割を果たす」と述べ前向きな姿勢を示しています。背景には、終戦宣言を在韓米軍の撤退あるいは縮小につなげたいという思惑があるのだと思います。

アメリカは、反対はしないけれども慎重な立場です。国家安全保障担当のサリバン大統領補佐官は先月、
「終戦宣言の順番や時期、条件についてアメリカと韓国とでは異なる観点をもっている」と発言しています。

終戦宣言をするかどうかは北朝鮮の出方次第。北朝鮮が対話に応じて非核化に前向きの行動をとるのであれば終戦宣言も検討するけれど、そうした動きがない限りこちらの方から先にもちだすべきではない、というのがアメリカの立場です。

Q8、日本政府は、終戦宣言についてどう考えているのでしょうか?

A8、日本は朝鮮戦争の当事国ではありません。ただ国連軍の後方司令部は、在日米軍の司令部がある横田に置かれていますので、まったく無関係というわけではありません。
日本政府は公式には賛成とも反対とも明確な立場は示していませんが、基本的にはアメリカと同じような立場、あるいはより慎重な姿勢といってよいでしょう。「終戦宣言」に前のめり気味なムン大統領とは距離を置いています。

【まとめ】
終戦宣言は、いわば決意表明のようなもので平和協定と違って法的な拘束力はありません。戦争が終わって平和が訪れることはもちろん歓迎すべきことですが、これで戦争が完全に終結するわけではありませんし、北朝鮮が核・ミサイル開発を進め東アジアの平和を脅かし続けていることを忘れてはなりません。本当に朝鮮戦争を終わらせたいのであれば、まずはそこから手を付けるべきではないでしょうか。

(出石 直 解説委員)


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