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韓国大統領選挙の構図固まる

池畑 修平  解説委員

来年3月に行われる韓国の大統領選挙に向けて、11月5日に保守系の最大野党「国民の力」がユン・ソギョル(尹錫悦)氏を候補に選出し、選挙戦の構図が固まりました。
今のムン・ジェイン(文在寅)政権を支える革新派が大統領の座を守るのか、それとも保守派への政権交代が起きるのか。
日韓関係をはじめ東アジア情勢への影響を含めて、選挙の行方を見通します。

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Q1)
韓国大統領選挙、与野党の主要な顔ぶれが出そろいました。
革新系の与党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)候補、そして今回「国民の力」が選出したユン・ソギョル候補。
事実上、この2人の一騎打ちとなるのでしょうか。

A1)
軸となるのはこの2人で間違いありません。
2人の経歴を確認しましょう。

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イ・ジェミョン氏はもともと弁護士で、ソウルに隣接するキョンギ(京畿)道の知事などを歴任してきました。
貧しい家庭で育ち、小学校卒業後は工場で働きながら中学や高校の卒業資格を得たという苦労人です。
最近のあだ名は「サイダー」。
これは、彼が歯に衣着せぬ物言いで知られ、その演説などを聞いた人がスカッとした気分になれるから「サイダー」だそうです。
経済政策ではベーシック・インカムの導入を掲げています。

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一方のユン・ソギョル氏は、前の検事総長です。
検事としては政治家の犯罪の立件で頭角を現し、その突破力の強さから「ブルドーザー」という異名もあります。
ムン・ジェイン大統領から検事総長に任命されたのですが、そんたくすることなくムン大統領の側近らのスキャンダルを捜査・起訴したこともあって政権と激しく対立して、政界への転身を決断しました。

Q2)
両者とも個性的ですね!
現時点で、どちらが有力なのでしょう?

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A2)
これから選挙戦の行方をみていくうえで、数字の「3」と「4」を
念頭に置くといいと思います。
まず、韓国は保守派と革新派の対立が激しいことで知られていますが、過去の選挙結果などをみますと、保守も革新も、「岩盤支持層」といえるほど支持が強い人たちは、だいたい、人口の3割ずつです。
実際、今月5日に発表された世論調査をみますと、ユン・ソギョル氏の「国民の力」の支持率は38%、イ・ジェミョン氏の「共に民主党」の支持率は31%、保守派が少しリードです。
ですので、選挙戦は残る4割の中道的な人たちにどうアピールするかが大きな焦点です。

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もうひとつ、注目の「3」と「4」があります。
ユン・ソギョル氏とイ・ジェミョン氏に加えて、もう2人、ポイントになる政治家が立候補すると表明しています。
中道の「国民の党」のアン・チョルス(安哲秀)代表と、革新系の「正義党」のシム・サンジョン(沈相奵)議員です。
合わせて4人になりますね。
先の世論調査をみると、「国民の党」の支持率2%、「正義党」3%で、政党としての数字は低いのですが、政治家個人としては、両者とも知名度は高いものがあります。

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このうち、「国民の党」のアン・チョルス氏はユン・ソギョル氏に候補一本化、つまりユン氏を候補にして自分は支援にまわるというシナリオがささやかれています。
そうなれば、4人から3人へと変わり、ユン氏に、さらに追い風が吹きそうです。

Q3)
ユン氏がさらに有利となると、政権交代の可能性が高まることになりますね?
そうなった場合、対外的にはどのような影響があるでしょうか。
まず、南北関係はどうでしょう?

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A3)
北朝鮮指導部がどの候補の当選を期待しているかといえば、与党のイ・ジェミョンでしょうね。
そもそも、韓国における保守派と革新派を最も深く分かつもの、それは北朝鮮との向き合い方の違いです。
ムン・ジェイン政権をみていれば分かるように、革新派は一貫して対話や経済支援を重視し、それを政権の実績とも位置づけています。
もちろん、そういう融和的な姿勢は北朝鮮側からしても歓迎です。
最近、ムン大統領が改めて朝鮮戦争の終戦宣言に意欲を打ち出し、それに北朝鮮のキム・ヨジョン氏が肯定的な反応を示しているように、しばしば、韓国の革新派と北朝鮮の間では一種の連係プレーがみられます。

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これに対して、保守派は、基本的には北朝鮮に対して話し合いよりも軍事的な抑止力を強めて圧力をかけることを重視します。
実際、「国民の力」のユン・ソギョル氏は、外交・安保に関する公約に「アメリカに戦術核兵器の配備を求める」ことを盛り込みました。
これはアメリカによる「核の傘」をもっと目に見える形にして北朝鮮を牽制しようという考え方です。
実現の可能性はさておき、こういう姿勢は、北朝鮮にしたら、たまったものではないので、ユン・ソギョル氏が勝った場合は機先を制するように自分たちから軍事挑発をして、緊張は高まるかもしれません。

Q4)
そしてムン・ジェイン政権下で急速に悪化した日韓関係ですが、次の大統領のもとで改善の兆しは見えてくるのでしょうか?

A4)
2人の主役のうち、イ・ジェミョン氏は日本に厳しい姿勢が目立ちます。
公の場における発言やSNSへの書き込みだけでも、「日本は敵性国家だと思う」と表明したり、東アジアの戦後処理について「侵略国家である日本が分断されるべきだったのに、侵略を受けたわれわれがなぜ分断させられたのか」と述べたりしています。
「共に民主党」の候補に選出された際も「日本を追い抜き、先進国に追いつき、世界をリードする大韓民国を作る」と日本を強く意識した発言をしました。
一方のユン・ソギョル氏は、日本との関係を改善することに意欲を示しています。
立候補を事実上表明した記者会見では「(日本とは)未来の世代のために実用的に協力すべきだ」と述べています。
こうした発言を比べますと、ユン・ソギョル氏のほうが日韓関係に光明がみえるように思えますよね。
ただ、相対的に日本に強硬な革新派の人たちに、日韓関係改善の必要性を納得させやすいのは、同じ革新派の政治家です。
つまりイ・ジェミョン氏のほうが歴史認識の問題などをめぐる韓国国内の反発を抑えやすいという側面があります。
ですので、どちらの候補が勝った方が日本との関係が好転しやすいか、一概にはいえません。
両者とも、これから対外政策を詰めていく中で姿勢に変化が出るかもしれませんので、そういう点にも着目して、選挙戦をウォッチしたいと思います。

(池畑 修平 解説委員)


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