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ロシア "強権"プーチン政権と2つの受賞

安間 英夫  解説委員

今月、2つの著名な賞にロシアからの選出が相次ぎました。
最初は、ノーベル平和賞。2人のうち1人に、プーチン政権に批判的な新聞の編集長が・・・。
さらに、EUの議会は、人権擁護に貢献した人に贈るサハロフ賞に、反体制派の指導者を選びました。
強権化が指摘されてきたロシアのプーチン政権にとって、2つの賞への選出が
意味するものは何か、読み解いていきます。

Q1)安間さん、ノーベル平和賞とサハロフ賞、2つの賞にロシアの受賞者が選ばれたのにはどのような意味があるのでしょうか。

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A1)
プーチン政権のもとでの報道の自由、人権状況、ひいては民主主義のあり方について、欧米の視点から、警鐘を鳴らしたものと言えます。

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ノーベル平和賞を受賞したムラートフ氏は、ロシアの独立系の新聞、「ノーバヤ・ガゼータ」の創設者の1人で、編集長を通算24年にわたって務めています。
その編集方針は一貫してリベラル、徹底した調査報道で知られています。
反対する勢力から攻撃や脅迫も受け、記者ら6人が殺害されました。
なかでも衝撃的だったのは、内外に知られたアンナ・ポリトコフスカヤ記者が2006年にモスクワ市内で殺害されたことです。
ポリトコフスカヤ記者はチェチェン紛争などで現地の実情を詳しく調べ、プーチン政権を厳しく批判していました。

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ノーベル賞委員会は、ムラートフ氏が、「殺人や脅迫にもかかわらず新聞の独立性を放棄せず、ジャーナリストが書きたい記事を書く権利を守り続けた」と評価しました。

Q2)一方、サハロフ賞には、反体制派のナワリヌイ氏が選ばれましたね。

A2)
ナワリヌイ氏は、インターネットのブログや動画でプーチン政権の汚職を厳しく追及し、去年8月、ロシア国内で毒殺未遂事件にあい、ドイツの病院に運ばれ、治療を受けました。
旧ソビエトで開発された神経剤ノビチョクと同じ種類の物質が見つかり、欧米からプーチン政権への非難が高まりました。
ナワリヌイ氏はことし1月、療養していたドイツから帰国した直後に逮捕され、現在も刑務所に収監されています。

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ヨーロッパ議会の議長は、「ナワリヌイ氏は腐敗したプーチン政権と闘ってきた。彼の勇気をたたえるとともに改めて即時釈放を求める」としています。
プーチン政権は反体制派を抑圧しているとして反対する姿勢を明確にしたと言えるでしょう。

Q3)このような警鐘を与えなければならないほど、ロシアの状況が悪化しているということなのでしょうか。

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A3)
プーチン大統領は、2000年に初めて大統領に就任したわけですが、当初はここまで厳しくメディアや反体制派に対処してきたわけではありません。
就任後から国民に影響力の大きなテレビに重点を置いて統制を強めていきましたが、新聞やインターネットメディアはある程度放任してきた経緯があります。
プーチン大統領はかつて新聞やネットの記事を全部検閲するなどできっこないと述べたこともあります。
ノーバヤ・ガゼータの発行部数は10万部から多いときで30万部近く。
政権に批判的な記事を書くことができたのも、影響力が小さいとみられていたからでしょう。

大きな転換点となったのは、2004年から2005年にかけて、隣国のウクライナで選挙の不正疑惑をきっかけにした抗議行動の末、ロシア寄りの政権が欧米寄りに政権に交代したことです。
プーチン大統領は、演説などで繰り返し述べてきたとおり、これを欧米の支援を受けたもので、野党勢力を手先に旧ソビエト各国で体制転換を図ったと受け止めたのです。

さらに2012年、いったん大統領職を退いていたプーチン大統領が復帰するときも大規模な抗議行動が相次ぎ、プーチン政権はその対応に追われました。
とりわけナワリヌイ氏は、プーチン政権の汚職を厳しく追及し、反体制派のなかで頭角を現していきました。 

時をあわせてロシアでも、スマートフォンの普及などでネットの影響力が格段に強まり、政権に批判的なメディア、反体制派のネットでの活動が無視できなくなりました。プーチン政権は、年々、統制を強めてきました。

Q4)具体的には、どのように統制を強めているのですか?。

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A4)
「外国の代理人」という法律で指定するというかたちです。
そもそもこの法律は、外国からロシアへの内政への干渉を防ぐため、2012年に制定されました。
当初はNGOや人権団体が外国から資金を受けていた場合、「外国の代理人」に指定されるというものでした。
実は、この「外国の代理人」という表現は、ソビエト時代から「外国のスパイ」を意味していました。
プーチン政権は、この対象を2017年からメディアや個人にも拡大しています。
ムラートフ編集長も今月、ロシアの言論の自由を萎縮させると、プーチン大統領に直接懸念を示しました。

Q5)指定されると、どうなるのでしょうか?

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A6)
「外国の代理人」に指定されると、資金、活動に対して、当局の監視がいっそう強まります。
また、「外国の“スパイ”」とレッテルをはられるわけですので、NGOや独立系のメディアでは、スポンサーが離れ、経営難に陥り、最後は閉鎖に追いやられるところが相次いでいます。

ただ、この「外国の代理人」という指定は、アメリカ政府もロシア国営メディアに対して行っています。
いわゆるロシア疑惑を受けてのものですが、プーチン政権からすれば、アメリカも同じことをしているという言い分なのでしょう。

さらにナワリヌイ氏の政治団体については、いっそう過酷な対応をとっています。
「過激派組織」に指定し、活動を封じ込めようとしています。
メンバーは過激派と見なされ、その活動は刑事罰の対象となります。

Q7)プーチン大統領の「強権化」は、今後もさらに進むのでしょうか?。

A7)
ロシアの政治は、先月の下院選挙を受け、プーチン大統領が現在の任期を終える2024年に再び立候補するのか、それとも後継者を指名するのかが焦点となっています。
国内の体制を固めていく必要があり、統制を緩めて民主主義の方向に傾いていくことはなかなか難しいでしょう。
ただ、今回の2つの賞は、欧米側が強権的な対応を容認しているわけではないとメッセージを送ったと言えます。
2人に対するプーチン政権の対応は、民主主義と権威主義の間を揺れ動くロシアの政治のあり方、欧米との関係の指標になると思われ、注目していく必要があります。

(安間 英夫 解説委員)


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