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アフガニスタン 深まる人道危機

出川 展恒  解説委員

イスラム主義勢力「タリバン」の統治が始まったアフガニスタンでは、各地で自爆テロが相次ぐなど、治安が悪化。さらに、食料不足など人道危機が深刻化し、多くの命が危険にさらされています。現地で支援活動に当たってきた人々の提言をもとに、国際社会がどう対応すればよいか、出川解説委員に聞きます。

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Q1:
タリバンが、武力で実権を掌握して、2か月あまりになりますが、治安が悪化しているようですね。

A1:
はい。タリバンとアフガニスタン政府軍の間の戦闘は収まったのですが、タリバンと敵対する過激派組織IS・イスラミックステートの地方組織によるテロが相次いで起きています。8月末、アメリカ軍が撤退する直前、首都カブールの国際空港の近くで、100人以上が犠牲になる大きな自爆テロを起こしたほか、今月3日と8日、そして、15日にも、タリバンを狙ったと見られる自爆テロが、カブールや南部の都市カンダハルなどで起き、大勢の死傷者が出ています。

Q2:
そうした中で、アフガニスタンの人道危機が相当深刻になっていますね。

A2:
はい。多くのアフガニスタン国民が命の危険にさらされています。WFP・世界食糧計画によりますと、タリバンが権力を掌握して以降、食料不足と物価の高騰が深刻化し、実に国民の95%が十分な食事をとれていません。中でも、子どもたちの食料不足が極めて深刻で、すでに餓え死にする子どもも出ています。WFPは、年末までに、5歳未満の子どもの半数が栄養失調に陥り、少なくとも100万人が命を落とすおそれがあると警告しています。
長く続いた戦乱で、用水路などの農業施設が荒廃していることに加えて、深刻な干ばつの影響もあって、食料の絶対量が足らず、国際支援に頼らざるをえない状況です。そこに来て、タリバンが実権を握ったことによる政治的な混乱で、食料などの国内への搬入が、十分にできなくなっているのです。
政治と治安の混乱で、数十万人の新たな避難民も発生し、国連のグテーレス事務総長が、「人道的な大惨事が迫っている」と警告するほど事態は切迫しています。

Q3:
ただ、タリバンに対する国際社会の不信感はまだ強く、支援に二の足を踏んでいる状況が続いてますよね。

A3:
そのとおりです。

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タリバンは、「国内すべての勢力が参加した政権をつくる」と内外に約束していました。ところが、先月、暫定内閣が発表されると、閣僚や副大臣の全員がタリバンによって占められました。民族的には、タリバンの母体である多数派のパシュトゥン人がほとんどで、タジク人やウズベク人など少数派の民族はごくわずかです。女性は1人も含まれていません。「国内すべての勢力が参加した政権」をつくるという約束は、反故にされた形です。

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また、タリバンは、「女性の教育や就労の権利は、イスラム法の範囲内で認める」と約束しましたが、実際に、女性の権利をどこまで認めるかは、タリバンが恣意的に判断します。たとえば、大学での男女共学は認めず、女子学生には、服装などの厳しい制約を設けています。また、先月、日本の中学・高校にあたる学校が再開しましたが、対象は男子生徒だけで、女子生徒の登校は、まだ認められていません。
こうしたタリバンの統治が、国際社会の不信感につながっているのです。

Q4:
タリバンの暫定政権に対し、各国はどんな対応をしていますか。

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A4:
アメリカやヨーロッパ諸国は、暫定政権はすべての勢力が参加しているとは言えず、人権が守られるかどうかにも重大な懸念があると批判しています。そして、タリバンに資金が渡らないよう、アフガニスタン政府が海外に保有する資産を凍結する措置をとっています。これに対し、ロシアや中国は、資産凍結を解除して人道支援に充てるべきだと主張しています。
ただし、タリバンの政権を承認するかどうかについては、いずれの国も、その行動を見極めるべきだとして、慎重な姿勢を取り続けています。タリバンが統治するアフガニスタンが、再び国際テロの温床となることへの懸念があるためです。

Q5:
しかし、タリバンとしても、国際的に孤立したままで、人々の暮らしを支えることは難しいですよね。

A5:
そのとおりです。タリバンの暫定政権は、国際社会に向けて、人道支援を継続するよう強く訴えています。
こうした中、12日、G20サミット・主要20か国首脳会議の緊急会合が、オンライン形式で開かれ、各国は、必要な人道支援を、暫定政権ではなく、国連機関を通じて行う方針を確認しました。しかし、具体的に、いつまでに、どうやって、アフガニスタンの人々に支援物資を届けるのか、道筋は見えていません。

アフガニスタン南部の都市カンダハルで、ICRC=赤十字国際委員会の地域事務所の副代表として、人道支援活動にあたり、今月初め、帰国したばかりの藪崎拡子(やぶさき・ひろこ)さんが、きのう(19日)、日本記者クラブで会見を行いました。

【赤十字国際委員会 (前 カンダハル地域事務所副代表) 藪崎拡子さん 】
「人道支援は、政治的なこととは全く関係ないことで、タリバンが政権をとったからと言って、アフガニスタンを支援しないということは、ちょっと違うと思っています」。

Q6:
タリバンとの関係に気を取られるあまり、アフガニスタンの人々を見捨てることになってはいけないということもまた、大事なメッセージですよね。

A6:
そういうことだと思います。
去年春まで、「国連アフガニスタン支援団」の代表を務めた日本の外交官、山本忠通(やまもと・ただみち)さんも、先日の会見で、「国際社会が足並みをそろえ、人道支援を継続すること。タリバンに対し、一致したメッセージを送り、協力を働きかけることが大切だ」と強調しています。

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とにかく、厳しい冬が来る前に、十分な食料や支援物資を人々に届ける態勢を確立しなければなりません。もう一刻の猶予もないというのが現状で、各国は、タリバンとの間で、政権承認の問題とは別に、人道支援をどう進めるかについて、具体的な交渉を急ぐ必要があると思います。

(出川 展恒 解説委員)


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