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メルケル後のドイツの行方は

二村 伸  解説委員

メルケル政権の後継体制を決めるドイツの総選挙は、社会民主党が16年ぶりに第1党の座を奪還し、連立政権の樹立に向け協議を始めました。しかし、キリスト教民主社会同盟も小政党との連立による政権維持をめざしており、新政権は小政党の動向がカギを握っています。どのような政権ができるのか、メルケル首相の16年を振り返りながらドイツの行方を考えます。スタジオにはドイツに長く駐在した二村伸(にむらしん)解説委員です。

まず先月26日に行われたドイツの総選挙結果はこのようになっています。

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Q1.二村さんはこの結果をどう見ますか。

これまでの選挙は4年間の政府の実績をどう評価するかが問われましたが、今回は引退するメルケル氏のあと誰に国のかじ取りを委ねるかを問う選挙でした。

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ドイツの連邦議会選挙は、主要政党が首相候補を立てて争うため、政策より候補個人に注目が集まる傾向にあります。社会民主党はショルツ氏、キリスト教民主社会同盟はラシェット氏、緑の党は共同党首のベアボック氏を擁立しました。

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緑の党は40歳の女性候補という新鮮さもあって支持率が一時トップになりましたが、候補の学歴詐称問題などが発覚して支持率が低下。ラシェット氏も7月に洪水の被災地で笑顔で談笑していた姿が報じられて不謹慎だと批判を浴び失速しました。社会民主党のショルツ氏は大きな失策もなく、ライバルたちの自滅により選挙1か月前にトップに浮上しました。ドイツの人たちは安定志向で急激な変化を好まないと言われ、連立政権で財務相として堅実な手腕を発揮してきたショルツ氏を多くの人が選択したかたちです。

Q2.社会民主党の勝利は1998年の選挙以来ですが、当時二村さんはドイツにいたのですね。

はい。このときは4期16年首相を続けるコール氏が5期目に挑戦してあえなく敗北を喫し、社会民主党に政権を明け渡しました。選挙取材でドイツ中を回りましたが、東西ドイツ統一の立役者であるコール氏といえども16年の長期政権に国民は飽き、政治の刷新を求めている声がうねりのように高まっていることを感じました。その結果、キリスト教民主社会同盟と自由民主党の中道右派政権に代わってシュレーダー氏率いる社会民主党と緑の党の中道左派政権が発足しましたが、多様化が進んで2大政党の支持率が低下し今回は3党の連立政権になる可能性が高まっています。

Q3.どのような政権になりそうですか。

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最も有力なのが社会民主党と緑の党、自由民主党の3党連立で、政党のシンボルカラーから赤緑黄色の「信号連立」と呼ばれていますが、キリスト教民主社会同盟も緑の党、自由民主党との連立をめざしています。こちらは「ジャマイカ連立」と呼ばれます。小政党2党が社会民主党かキリスト教民主社会同盟か、いわばダンスのパートナーにどちらを選ぶか、3党の連立交渉が不調に終われば、今と同じ社会民主党とキリスト教民主社会同盟の大連立となる可能性も残されていますが、それは双方とも望んでいません。

Q4.緑の党と自由民主党では政策も大きく異なりますね。

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はい。緑の党は環境重視、自由民主党はビジネス重視です。気候変動対策では緑の党が、二酸化炭素の排出量を実質ゼロにする脱炭素社会の20年後の実現を掲げ、自由民主党は2050年までの脱炭素化をめざしています。また緑の党は富裕層への増税を掲げているのに対し自由民主党は減税を主張するなど大きな開きがあります。一方、対中政策では緑の党、自由民主党ともに厳しい姿勢をとり、どちらかと言えば中国、ロシアに友好的な社会民主党とは立場が異なります。小政党がどう折り合いをつけるかとともに社会民主党、キリスト教民主社会同盟がどれだけ2党に歩み寄るかが今後の焦点です。

Q5.メルケル首相の影響力の大きさを改めて感じますが、なぜ16年もの長期政権を維持することができたのでしょうか。

首相に就任した当初はここまで長期政権が続くと予想した人はほとんどいませんでした。党内に基盤はなくカトリック教徒の党員が多い中でプロテスタントで旧東ドイツ育ちの女性政治家という当時としては異色の存在でした。取材をしていても華やかさがなく地味な政治家といった印象をもちました。

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それがヨーロッパを代表する指導者にまでなったのは、安定感があり危機に対しても冷静で柔軟に対応する能力を備えているからだと言われます。その1例が脱原発です。首相就任後、産業界の要請を受けてシュレーダー前政権が決めた原発の全廃を見直し、稼働延長を打ち出しましたが、東京電力福島第一原発事故を受けて、「2022年までの原発廃止」に転じました。科学者としての冷静な目と臨機応変な判断に基づくものでした。金融危機やコロナ禍では危機管理能力の高さを示しました。一方で同性婚の容認や多数の難民受け入れなどリベラルで人道主義に基づく政策を進めた結果、伝統的な保守層の支持を失いました。

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対中政策では人権問題に目をつぶり経済関係を優先したように現実的な面も持ちあわせています。恩人であるコール氏をはじめ党内のライバルを次々と蹴落としてトップの座を射止めた冷徹さも兼ね備えています。それが後継者が育たず政権を明け渡すことにつながったのかもしれません。

Q6.メルケル後のドイツはどこへ向かうのでしょうか

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外交ではEUとの協調を軸に対米関係を重視する路線は変わらないと見られます。ただ、政治が不安定化すればヨーロッパの結束が危うくなりかねません。中国が台頭し世界の多極化が進む中で、メルケル氏は自由と民主主義、法の支配の堅持を訴え、トランプ前大統領にもひるまずモノを言い続けました。

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次の指導者はヨーロッパをまとめ、民主主義と多国間主義の守り手として各国指導者とわたりあうことができるか手腕が問われます。また、ドイツは近年中国への過度の依存を見直してインド太平洋地域に目を向け、日本などとの関係を重視する姿勢に転じました。日本としても、気候変動対策で一歩も二歩も先を行くドイツから学ぶ点は少なくなく、世界有数の自動車メーカーを抱え、電気自動車の開発普及など技術革新と新たな産業の育成、雇用確保といった共通の課題に協力して取り組むことが重要です。それだけにドイツの行方を注意深く見守っていく必要があると思います。

(二村 伸 解説委員)


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