ことし6月に日本で公開された映画「Arc アーク」。
もとになっているのが、中国出身の作家が書いたSF小説です。
いま、こうした中国のSF小説は日本でも相次いで出版され、人気を集めています。
Q1)
映画「Arc アーク」とは、どのような作品ですか?
(石井)
この作品は芳根京子さん主演で、防死体にポーズをとらせ、肉体に永続性を与える仕事で才能をあらわした主人公の女性が、技術の発達により人類で初めて不老不死となる物語です。永遠の体を手に入れた人が、どのように生きるのか、主人公と、それをとりまく人たちを通して描いています。
原作の小説『Arc アーク』は、日本でも翻訳されて出版されています。
作者は、中国出身でアメリカ人のSF作家、ケン・リュウさんです。
1976年、中国で生まれたケン・リュウさんは、11歳の時、両親とともにアメリカに移住し、アメリカのハーバード大学で、英文学や法律、コンピュータサイエンスなどを学びました。
SF作家としてデビューしたあと、国際的な賞も受賞した人気作家です。
このケン・リュウさんが英語に翻訳した『三体』という中国のSF小説、日本でも人気になっています。
Q2)
『三体』ですか?
(石井)
三部作、あわせて5冊の大作で、日本では、ことし5月、最終巻が出版されました。
非常に分量のある作品ですが、日本での発行部数は、あわせて57万部と、外国語の翻訳本としては、異例のベストセラーになっています。
Q3)
出版不況ともいわれる中、57万部というのは、すごいですね!
どのような内容ですか?
(石井)
物語は、文化大革命さなかの1960年代の中国から始まり、西暦にすると1890万年という、はるか未来までを舞台にしていまして、主に人類と、地球外生命体との対決を描きます。
人類と対決するのは、3つの太陽を持つ惑星で地球よりもはるかに文明の進んだ「三体文明」を築いた異星人。主人公を変えながら、時空も超えストーリーは展開します。
作者の劉慈欣さんは、58歳。
エンジニアの経験も持ち、この作品でも科学的な知識を多く取り入れています。
Q4)
なぜそれほど、日本で人気となっているのでしょうか?
(石井)
劉慈欣さんは、小松左京さんの「日本沈没」といった日本のSF作品などの影響を受けたともいわれています。
世界のSF作品に詳しく、「三体」の翻訳も行った大森望さんは、「スケールの大きさに加え、日本のSF小説や、アニメなどにもつながるようなアイデアが数多く取り入れられていて、SF文学のファンだけでなく幅広い層の人たちが楽しめるようになっている」と、日本でのヒットについて分析しています。
もちろん、この「三体」、中国でも人気で、およそ2100万部の大ヒットだということです。
劉慈欣さんは、中国では、非常に人気の高い作家です。
私も2年前、中国、四川省のイベントで劉さんを取材しましたが、彼が会場に来るだけで、大歓声。
サイン会では、数百人の若者が劉氏の作品を手に長い列を作るほどでした。
実は、劉慈欣さん。
「三体」とは、別の作品が、中国で映画化され、記録的な大ヒットとなりました。
中国で初めての本格的な国産SF映画だとも言われた作品です。
この映画の撮影が行われたという中国山東省にある撮影所は、本物の船が浮かべられるような巨大なプールなど、最先端の巨大設備がそろっています。
映画産業で、「アメリカを超えたい!」との思いも感じる施設です。
劉さん原作のSF映画のヒットを受け、中国では、ほかの地方でも、SFを使った都市開発を進めようと、大規模な計画が持ち上がるほどです。
Q5)
中国のSF、盛り上がっていますね。
(石井)
そうですね。
作品を通して、中国社会を知ることにつながることにもなると思います。
小説といっても作家たちは、それぞれ今の社会を生きていますし、その作品にも、今の社会の空気というものが感じられます。
特に中国は、改革開放政策が始まり、1980年代以降、急速に経済発展を進め、社会そのものが劇的に変わりました。
中国のSF作家で1984年生まれの郝景芳さんが、自伝的な小説として書いた作品「1984年に生まれて」。
SF作品ではありませんが、改革開放政策のもと、豊かさを求める社会の中、もがき家と国を出た父と、急速な経済発展の中、周囲の人たちも変わっていく中国社会に違和感を抱きながら生きる娘の姿を描きます。
主人公の女性が感じる違和感。「カレラハ オマエヲ ミテイル。」というフレーズが印象的で、一種の息苦しさなどが、感じられます。
監視社会を描いたジョージ・オーウェルのSF小説「1984年」に通じるものが中国社会にもあるのだと、訴えているかのようです。
Q6
普段のニュースではなかなかわからないような、中国の空気感みたいなものが読み取れそうですね。
(石井)
そうですね。
長編が苦手だという人は、中国のSF作家たちの短編を集めた作品集も最近、相次いで出版されています。
中には、日本の金沢で活動する中国人作家、陸秋槎さんのような作家もいます。
中国では、当局による検閲があり、作家は、当局とのせめぎあいのなかで、ぎりぎりの表現を探っていると言われます。
ただ、同じ作品でも、日本で出版された本では、中国当局の検閲や、作者の自主検閲で削除された表現などが、復活しているものもあります。
中国に生まれた多くの作家たちは、「三国志」や「水滸伝」、「柳齋志異」など、壮大で、奇想天外な物語を、小さいころから身近に親しんできました。
小説というのは、隣国で暮らす人たちの考え方などを知るひとつの窓だとも言えます。
読書の秋。
国境を越えてきた小説を通し、時空をも超える異国の発想を楽しんでみることは、いかがでしょうか。
(石井 一利 解説委員)
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