“アメリカ史上もっとも長い”20年に及ぶ軍事作戦に終止符を打ったバイデン大統領。アメリカ軍のアフガニスタンからの撤退は「正しく、賢く、最良の判断だ」と述べました。
(バイデン大統領の発言 8月31日/ホワイトハウス)
「この決断はアフガニスタンだけにとどまらない/他国をつくり変えるため大規模な軍事作戦を展開する時代は終わった」
同時多発テロ事件から間もなく20年。対テロ戦争のあり方を見直し始めたアメリカ。“バイデン・ドクトリン”と呼ばれる内向きの外交・安全保障を読み解きます。
Q1)
まず“バイデン・ドクトリン”とはどういうもの?
A1)
▼ドクトリンとは、政策の根底にある考え方。外交・安全保障を「こんな考え方でやっていきますよ」という基本原則や基本方針のことを言う。
▼“バイデン・ドクトリン”を簡単に言えば、“テロとの戦い”の名のもとに、これまでアフガニスタンやイラクで行ったような他国の“民主的な国づくり”をアメリカが力で推し進めることはもう止める。そうした軍事介入はアメリカの国力を消耗した。だから、今後は中国やロシアなど、大国どうしの競争に勝つため、精力を集中していくというもの。
▼実は、バイデン氏自身、長年そうした考え方を唱えてきた。2001年の同時多発テロ事件の直後、当時のブッシュ政権によるアフガニスタン攻撃には議会上院で賛成票を投じたが、2009年オバマ政権の副大統領に就任する直前には、すでにアフガニスタンの国づくりに「深入りは禁物」と言っていた。オバマ政権による兵力増派にも反対。隣国パキスタンに逃れたオサマ・ビンラディン殺害後は早期撤退を模索した。トランプ政権の「アメリカファースト」とは一線を画したが、今回の撤退は、そのトランプ政権が、タリバンとの和平合意でつけた道筋を引き継いだかたち。
▼バイデン大統領は、アメリカはアフガニスタンでの失敗から2つの教訓を学ぶべきだと言っている。ひとつは①軍事作戦の目標が明確かつ達成可能でなかったこと、もうひとつは②アメリカの国益に資するという前提が崩れてしまったこと。
▼たとえば「アフガニスタンで女性の人権尊重は非常に大切」「人道支援は今後も絶やさない」と言う。しかし「そのために駐留継続が正当化されるなら、われわれは世界中に軍を派遣しなければならなくなり、アメリカの国益にはそぐわない」とバイデン氏は主張する。
▼身勝手な理屈のようにも聞こえるが、いわばアフガニスタンを見捨てた今回の撤退は、“バイデン・ドクトリン”の冷徹で現実的な側面を印象づけている。
Q2)
一連の混乱でバイデン大統領は批判を浴びている。ミリー統合参謀本部議長も、アフガニスタンの現状は「内戦に発展しテロ組織が再拡大する恐れもある」との懸念を表明した。アメリカが再び軍事介入に踏み切る可能性はないのか?
A2)
▼可能性はゼロではないが、その場合も無人機攻撃など、限定的なものにとどまりそう。
▼確かに大統領の支持率は急落している。各種の世論調査の平均で、8月に入ってから50%の大台を割り込み、支持と不支持が逆転した。下げ止まりの兆しがみられない。
来年11月の中間選挙に影響は避けられないという見方もある。
▼アメリカは世論で動く国。その国内世論はますます内向きになる傾向を示している。
▼現に、こちらは「アフガニスタン戦争は戦う価値があるかどうか」をアメリカ国民にたずねた最近の世論調査。過半数が「戦う価値はない」と答えている。党派別に見ても、民主党支持層と共和党支持層でそれほど大きな違いはみられない。
▼撤退に伴う一連の混乱と、そもそも撤退すべきかどうかは、別の話。20年の歳月と2兆ドルを超える巨額の資金を費やし、アメリカ軍兵士らの戦死者だけで2400人を超えたアフガニスタンでの戦いに、アメリカ国民の多くが疲れ切り、撤退を望んだのは事実だ。
▼国際協調を掲げるバイデン大統領がしばしば口にする「中間層のための外交」という耳慣れない言葉も、過度な対外関与を控えて、そうした“内向きになる国民”に寄り添う姿勢を物語る。
Q3)
アメリカの外交・安全保障が内向きの傾向を強めると、どのような影響がある?
A3)
▼ひとつは“アメリカの国益”を狭く解釈するようになる。戦後のアメリカは、自由と民主主義の理念を広めるため、自らの国益を広く解釈し、時には頼まれもしないところまで出かけて“世界の警察官”の役割を積極的に果たそうとした。しかし、これからは「アメリカの国益にはそぐわない」との理由で、そうした役割を放棄する場面が増えてくるかも知れない。
▼もうひとつの影響は、対外政策におカネをかけようとしなくなる。
▼こちらは、2001年の同時多発テロ事件からバイデン政権が要求した次の会計年度まで、対テロ戦争の予算支出をブラウン大学の研究チームがまとめたもの。総額で5兆8000億ドルを超えている。
▼これに向こう30年、退役軍人保障ですでに支出が義務づけられた予算も合わせると、実に8兆ドル=日本円で880兆円ものコストがかかってくる計算になる。
▼退役軍人保障や公債の利払いは削れない。国土安全保障省のテロ対策も削減は難しい。国防総省や国務省の予算削減にも限界がある。結局“テロとの戦い”を縮小することで、膨らみ続けてきた加算分を減らすしかない。
▼もはやアメリカは、こうした莫大なコストを賄いきれなくなっている。アフガニスタンからの撤退はその象徴でもある。
Q4)
アメリカが“世界の警察官”の役割を果たそうとしなくなることで、世界の秩序はどのように維持できる?
A4)
▼20年前、“世界で唯一の超大国”だったアメリカは、相対的に地位を低下させてきた。
▼「アメリカは世界の警察官ではない」そう言って8年前、シリア内戦で化学兵器が使われても介入を拒んだのはバラク・オバマ氏だった。アメリカだけが単独で“世界の警察官”の役割を果せる時代は、すでに終わっている。
▼そのため、今後はNATOや日米豪印のクアッドなど、同盟国や地域のネットワークを通じて、“自警団”のような機能を目指すことも選択肢のひとつになるだろう。
▼しかし、今回アフガニスタンを見捨てるかのような慌ただしい撤退と混乱は、“いざという時に頼りにならないアメリカ”という不信感を世界に植え付けてしまった。
▼「対テロ戦争」と呼ばれる際限のない軍事行動が始まってから間もなく20年。アメリカと同盟国は、これまで何と戦ってきたのか?これから何のために戦うのか?を改めて問い直さなければならない。
(髙橋 祐介 解説委員)
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