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イラン政権交代 どうなる核合意

出川 展恒  解説委員

(キャスター)
「特集・ワールドアイズ」です。今月、新しい大統領が就任したイラン。新大統領のライシ師のもとで、「核合意」の立て直しに向けたアメリカとの間接協議の行方は、そして、緊張が高まっているイスラエルとの関係はどうなるのか。中東情勢担当の出川解説委員に聞きます。

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Q1:
反米・保守強硬派と呼ばれるライシ新大統領ですが、新政権の外交は、どこに重点を置くと考えられますか。

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A1:
ライシ新大統領は、就任にあたり、「われわれは、アメリカによる違法な制裁に直面している。暮らしを向上させたいと願う国民の要求に応えてゆく。制裁は解除されなければならず、その目的を達成するための外交を支持する」。このように述べて、制裁の解除に向けた外交に全力を挙げる考えを示しました。ロウハニ前政権の遺産とも言える「核合意」を放棄するのではなく、むしろ「核合意」を復活させ、制裁解除を勝ち取るのが、最優先の外交目標と考えられます。

Q2:
ライシ大統領も、最高指導者のハメネイ師も、アメリカに対して非常に強い不信感を持っていると思うのですが、それでも協議は続けるということですか。

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A2:
直接協議は拒否していて、あくまで間接協議ですが、やはり、経済をなんとかしないといけないという危機感があるからです。激しいインフレや失業率など、長引く制裁で、イランの経済と人々の暮らしは著しく悪化しました。制裁解除を、何としても実現させなければなりません。そのうえで、自国の産業育成に力を入れ、欧米諸国との貿易や投資に頼らない経済を確立したい考えです。これは、最高指導者ハメネイ師らが、「抵抗経済」と呼ぶものです。ただ、ライシ大統領は、どう経済を立て直し、国民の不満を解消するのか、具体策を全く示していません。

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また、ライシ大統領は、合わせて、「周辺国との関係発展に力を注ぐ」と述べて、5年前に国交を断絶し、覇権争いを繰り広げているサウジアラビアなどとの関係改善を目指す考えを明らかにしました。周辺国の警戒感を和らげるためにも、核合意を維持する必要があります。

Q3:
そうした政策を実行していく新政権の閣僚人事からは、どんなことが読み取れますか。

A3:
新政権の閣僚人事については現在、議会で審議が行われていまして、今週中にも、信任投票が行われ、新しい政権が発足する見通しです。

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ライシ大統領は、第1副大統領にモフベル氏を指名しました。最高指導者の特命機関のトップを務めてきた人物で、行政経験のないライシ大統領の補佐役となると見られています。そして、外相には、元外務次官のアブドラヒアン氏を指名しました。アブドラヒアン氏は、職業外交官として、中東・アフリカ地域を担当し、欧米への厳しい姿勢で知られているほか、最高指導者直属の精鋭部隊「革命防衛隊」との関係も近いとされています。

Q4:
こうした新たな顔ぶれで臨むアメリカとの間接協議は、どうなっていきそうでしょうか。

A4:
おそらくは、イラン側の交渉チームも総入れ替えとなって、事実上、仕切り直しとなりますが、イラン側が、これまでより、強硬な姿勢で協議に臨むことが予想されます。
原則論、つまり、核合意から一方的に離脱したアメリカが、まず、すべての制裁を一括して解除するよう要求するものと考えられます。

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バイデン政権は、制裁の一括解除に応じるつもりはなく、核合意に関係のない制裁は存続させる考えです。また、イランに対し、ミサイル開発や近隣諸国への介入をやめるよう、要求すると見られますが、イラン側は、これを断固拒否する姿勢です。
アメリカのブリンケン国務長官は、「イランとの外交を永遠に続けることはできない」と述べ、イランに対し、協議を引き延ばさないよう、そして、直ちに核合意の義務を完全に守るよう警告しました。バイデン政権は、イランが、ウランの濃縮度を60%まで引き上げるなど、核合意の制限を大幅に逸脱していることを強く懸念していますが、イラン側の「瀬戸際戦術」には応じない構えで、協議が長期化し、結局、妥協点を見いだせずに、「核合意」が崩壊してしまう可能性も、依然としてあります。

Q5:
そして、もう一つ、心配なのは、このところ、ペルシャ湾岸地域で、不穏な出来事が相次いでいますね。

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A5:
はい。先月29日、ペルシャ湾に近い、オマーンの沖合で、イスラエル人が経営するグループ企業が運航するタンカーが何者かに攻撃され、イギリス人とルーマニア人の船員2人が死亡しました。イスラエルとアメリカ、イギリスは、イランが無人機(ドローン)を使って攻撃したと強く非難しました。これに対し、イランは、関与を否定していますが、イスラエルのベネット首相は、報復を行うことを示唆しました。

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アメリカ・バイデン政権も、イランが無人機などの部品を調達するのを阻止するため、友好国とともに、イランに対する新たな制裁を検討しているもようです。
イランとイスラエルとの間では、去年以来、両国が関係したと見られる、互いの船舶に対する攻撃が相次いで起きています。さらに、イランの核施設で爆発が起きたり、核科学者が暗殺されたりする事件も相次ぎ、イランは、イスラエルのしわざだと非難して、軍事的緊張が高まっています。

Q6:
こうした緊張を緩和するためにも、核合意の再生が重要になってくるかと思いますが、停滞する交渉を前進させるカギはどこにあるでしょうか。

A6:
イランとアメリカの直接交渉が望めない現状では、EU・ヨーロッパ連合などの仲介がとても重要です。イランは核合意への違反行為をやめる。アメリカは制裁を解除する。これを同時、かつ、段階的に進めてゆくアプローチが必要だと思います。
今週、イランを訪問した日本の茂木外務大臣が、ライシ大統領に対し、核合意への復帰を強く促しましたが、イラン、アメリカ双方に対し、関係国が外交的な働きかけを重ねてゆくことも大切だと思います。

Q7:
隣国のアフガニスタンで、タリバンが政権を掌握しようとしていますが、バイデン政権のイランへの対応に変化は出るでしょうか。

A7:
アフガニスタンを安定化するためには、周辺国の協力が欠かせません。当然、イランの協力も必要です。
バイデン政権は、中東から軍を撤退させ、最大の競争相手・中国への対応に力を注ぎたい考えですが、アフガニスタンやイランの問題を放置したまま、この地域から撤収すれば、結局、アメリカの安全や国益を損なうことになりかねません。
こうしたことを考えると、イランとの核協議をできるだけ速やかに決着させることが必要で、バイデン政権が、より真剣に取り組む可能性もあると思います。

(出川 展恒 解説委員)


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