来週24日に開幕する東京パラリンピック。感染者数の増加が止まらないなか、どのような大会になるのでしょうか。
【コロナ禍での開催】
Q1.竹内さん、新型コロナウイルスの影響で、パラリンピックは原則、観客を入れずに開催することが決まりました。パラリンピック選手は障害がある人ばかりで、不安を抱えている選手も多いのではないでしょうか?
A1.障害のある選手の感染リスクが高いかどうかについては、WHOは一概には言い切れないとしています。一方で、障害の種類や程度によっては重症化する可能性が高いことは否定できません。
昨日、選手村への入村が始まりましたが、今大会には史上最多およそ160の国と地域から4400人の選手の参加が見込まれています。
IPC=国際パラリンピック委員会のパーソンズ会長は安全な大会のためには、「感染防止対策の指針である『プレーブック』を全員が順守することを強く求める」としています。
【コロナの影響】
Q2.ここまでの準備期間も、選手たちには新型コロナの影響があって大変だったのではないでしょうか?
A2.非常に厳しい環境に追い込まれました。大会は軒並み延期や中止になり出場権を獲得できなかったという選手がでています。
そして、練習も制限されてきました。
パラリンピック強豪国の一つ、ポーランドで行われたアンケート調査によると、ロックダウン期間中に自宅での練習を余儀なくされた人が88.6%。スポーツ施設にアクセスできたのはわずか5.4%でした。練習時間は週9.4時間から5.3時間に減ったことも分かっています。
これはあくまで一つの調査結果でしかありませんが、パラリンピックを目指す選手が専用に使える施設がある国は限られています。多くの選手が一般の人が使う運動場やプールなどのスポーツ施設を利用しています。そうした施設がパラリンピック選手だからと特別扱いされることはなく、使えなかった影響は大きかったと思います。
なかには、政府の指示に従い4か月以上トレーニングができなかったという海外選手の報道もあります。
【厳しい状況のなか、なぜ東京を目指すのか】
Q3.そうした大変な状況のなかでも、選手たちがパラリンピックに参加するのはなぜでしょうか。
A3.パラリンピックの競技はほとんどがマイナーで、国際大会や世界選手権が開かれても観客はほとんど入りませんし、報道もされません。
しかし、パラリンピックになると世界中から注目されます。リオ大会では154の国と地域で報道されました。選手たちの言葉を借りれば「パラリンピックは別格」です。優秀な成績を収めれば報奨金が出たり、スポンサーがつくようになったりします。就職につながるといったこともあります。その後の人生に大きな影響を及ぼすのがパラリンピックなんです。
そして、もう一つ、選手たちがパラリンピックに参加する理由があります。
【パラリンピックは単なるスポーツ大会にあらず】
Q4.それはなんでしょうか?
A4.IPCはパラリンピックの価値として、こちらの4つの価値を提唱しています。選手たちのスポーツに挑戦する姿を通して発信されるこうした価値を通して人々に気付きを与え、よりよい社会を作っていく。パラリンピックにはそうした役割がある、というわけです。
例えば、今回初出場のパラグアイ。人口のおよそ12%を障害者が占めているとされていますが、その多くがリハビリテーションや教育などの社会サービスにアクセスできていない状況だといいます。
イヒニア・ヒオサパラグアイパラリンピック協会会長は「(パラグアイには)スポーツをすることは障害者の健康に貢献し、生活の質を向上させる」という認識がないので、参加することでそうした意識を覆したいとしています。
また、ギリシャのボッチャ選手で世界ランキング1位のグリゴリオス・ポリクロニディス選手は脊髄性筋萎縮症という難病を患っていますが、「社会、特に子どもたちに障害は違いではあるけれど、人はみな平等なんだということ。やろうと思えば何でもできることを伝えたい」と述べています。
【安全を確保するために必要なこと】
Q5.そうした大きな目標を実現するためにも、安全な大会でないとなりませんよね。
A5.ポイントは、いかに新型コロナ感染者を出さないか。そして、熱中症への対策をきちんとできるかだと思います。
感染について、オリンピックでは選手村で36人が感染。クラスターも発生しました。また大会関係者で入院した人が4人います。
武藤事務総長は「パラリンピアンはオリンピアンとは違う課題があるので、徹底した行動管理をできるよう最大限の努力をする」と先日の記者会見で述べましたが、具体的にどのような対策なのかは明らかになっていません。そして介助が必要な選手が感染した場合、介助者をどうするかなどの対応策も示されていません。早急に詳細な指針を示すべきだと思います。
また、熱中症対策ですが、特に熱がこもりやすく汗をかきにくい頚髄損傷や脳性麻痺の選手たちは注意が必要です。
パラリンピックではだいぶ日中の熱い時間を避けて屋外競技のスケジュールが組まれていますが、それでもまだ考慮の余地があるかもしれません。
その上で、氷で体を冷やす、アイスベストを着るなどとの対処療法がありますが、日本の湿気が多く気温以上に厳しい暑さに慣れていない外国人選手に、こうした対策をどのように準備してもらうのか。各国やそれぞれの競技団体任せにするのではなく、率先した安全対策の指導も必要です。
パラリンピックが開催期間中に、障害のある人の医療に問題がおこるようでは、今回の大会を開く意味とは大きく乖離したものになります。様々な事態を想定し、最悪の想定も視野に入れた対応策を準備するべきだと思います。
【まとめ】
Q6.そうした環境を担保して、選手のみなさんには実力を発揮してほしいですよね。
A6.スペインのスサーナ・ロドリゲス選手はトライアスロンと陸上競技に出場予定の視覚障害のある医師です。コロナ禍において自ら志願し、電話で感染が疑われる人を診断したり、濃厚接触者の調査をしたり。コロナ患者のリハビリ支援にも当たりました。医師としての責務を果たし、大会を目指してきた努力には、本当に尊敬の念しかありません。
新型コロナウイルスはかつてない試練を選手たちに与えています。そのなかでスタートラインに立ち、プレーする。そこにはメダルでは評価できない価値があります。選手に声援を送りつつ、選手の姿を通して「多様性と調和」を考えるきっかけになればと思います。
(竹内 哲哉 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら