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イランに強硬派大統領 核合意の行方は

出川 展恒  解説委員

イランでは、「核合意」を実現させた穏健派のロウハニ大統領の任期満了にともなって18日、大統領選挙が行われ、反米・保守強硬派のライシ師が当選しました。ライシ師は、アメリカに対しては、ロウハニ政権よりも厳しい姿勢で臨むと見られ、立て直しに向けて間接的な交渉が行われている「核合意」への影響が注目されます。
出川展恒解説委員です。

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Q1:
事前の予想通り、ライシ師が圧勝しましたね。

A1:
はい。ライシ師の圧倒的勝利は、筋書き通りの結果と言えます。今回600人近くが立候補を申請しましたが、最高指導者の意向が強く反映される「護憲評議会」による事前の資格審査で、7人だけが候補資格を認められました。「穏健派」や「改革派」に属する有力政治家や、「保守強硬派」であっても、ライシ師のライバルとなりそうな政治家は、すべてふるい落とされました。さらに、投票日の直前、3人が立候補を取り下げました。

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選挙結果は、ライシ師が、得票率およそ62%で、2位以下を大きく引き離して当選しました。過去に何度も起きた「番狂わせ」が今回は絶対に起きないよう、お膳立てした結果と言えます。

Q2:
しかし、投票率は、ずいぶん低かったですね。

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A2;
はい。およそ49%と、イスラム体制となってから最低の投票率でした。いわゆる「出来レース」となり、有権者の関心が失われてしまったためです。

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最高指導者ハメネイ師は、投票率をとても重視しています。投票日の直前に必ず投票するよう、国民に直接訴えたにもかかわらず、50%を割り、白票を含む無効票が13%もあったことは、今の政治体制そのものへの国民の支持が低下していることを裏づけています。

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もちろん、ロウハニ政権の国際協調路線に対する、国民の失望感が大きかったことも重要です。6年前、「核合意」が結ばれた時、多くの国民が、経済や生活が向上することに期待感を膨らませましたが、その後、アメリカのトランプ前政権が、核合意から一方的に離脱し、強力な制裁をかけてきたことで、経済は大きく落ち込み、多くの国民が厳しい生活を強いられています。アメリカに対する不信感の高まりが、ライシ師への支持に向かわせたと言えます。

Q3:
次の大統領になるライシ師は、どんな人物ですか。

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A3:
イスラム法学者で60歳。黒いターバンは、預言者ムハンマドの血筋であることを示すものです。この国の司法機関を統括する、司法府の代表です。イスラム革命の原則を固く守り、反米の立場をとる保守強硬派に属し、欧米との対話や国際協調を重視した穏健派のロウハニ大統領とは、対照的です。
イスラム体制の維持を担う司法畑の経験が長く、1980年代には、数千人の政治犯の処刑に関わったとされ、トランプ前政権は、ライシ師を制裁対象に指定しています。
最高指導者のハメネイ師は、ライシ師に大きな信頼を寄せており、自らの有力な後継者候補と見ているのではないか。前回の大統領選挙で落選したライシ師を、今回は、何としても勝たせなければならないと考え、資格審査などで強く後押ししたのではないか。多くの専門家は、このように見ています。

Q4:
ライシ師が大統領になると、イランの外交はどう変わるでしょうか。

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A4:
就任は8月ですが、ライシ師は、外交の経験がなく、ハメネイ師の意向に忠実に従うと思います。アメリカとの対話や交渉が、これまで以上に難しくなるのは確実です。
ライシ師は、21日、当選後初めてとなる記者会見に臨み、「核合意を破ったのはアメリカであり、すべての制裁を解除すべきだ」と述べ、トランプ前政権が発動した制裁はすべて解除するよう求めました。また、バイデン大統領とは直接会談する意思がないことも明らかにしました。
さらに、「イランの外交は、核合意に限られるものではない」と述べて、近隣の国々との関係を強化する意向を示し、とくに、国交断絶が続くサウジアラビアとの関係改善を目指す考えを明らかにしました。

Q5:
その「核合意」を立て直すためのアメリカとイランの間接協議が、ウィーンで続けられていますが、見通しはどうですか。

A5:
今回の大統領選挙とも絡んで、非常に微妙な局面を迎えています。イラン側の交渉団を率いるアラグチ外務次官は、20日、「かつてないほど合意に近づいている。現政権の在任中に交渉を妥結させ、合意を実施したい」と述べて、ロウハニ政権の任期が終わる8月初めまでの合意を目指していることを明らかにしました。その一方で、依然として、難しい対立点が残っているとして、安易な妥協はしない姿勢も示しています。

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その対立点ですが、▼バイデン政権は、イランに対し、ウランの濃縮度や貯蔵量を、直ちに核合意の制限以下に下げ、核合意を完全に遵守するよう要求しています。▼また、1500項目以上に及ぶ対イラン制裁のうち、核合意に関連しない数百の制裁は残すと宣言しています。▼これに対し、イランのロウハニ政権は、強く反発しています。合意から一方的に離脱したアメリカが、まず、すべての制裁を解除すべきだと主張しているのです。▼さらに、バイデン政権としては、核合意を復活させた後、イランのミサイル開発や、周辺国への介入にも歯止めをかける追加の合意を目指して交渉を続けたい考えですが、イラン側は、これを拒否する構えです。
直近の懸案としては、イランが、IAEA・国際原子力機関の査察への協力を停止すると通告していた期限が、あす24日に迫っています。これについて、イランは、期限を再延期することも視野に、IAEA側と折衝しているもようで、どう決着を図るかが注目されます。

Q6:
ロウハニ政権の在任中に合意に至らない場合は、ライシ政権に協議が引き継がれるわけですね。

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A6:
そうなると思います。ライシ師は、核合意を破棄するつもりはなく、制裁解除に向けて全力を尽くす考えを表明していますが、当然、交渉のハードルは高くなるでしょう。ザリーフ外相、アラグチ外務次官という、核合意の成立に関わった交渉チームも交代することが確実です。イランの政権交代後、妥協点を見出し、「核合意」を再生させるのは、いっそう困難になると考えられます。ロウハニ政権在任中のあと1か月余りが、本当の勝負になるでしょう。ウィーンでの協議から片時も目が離せません。

(出川 展恒 解説委員)


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