アメリカのバイデン政権は新たな対北朝鮮政策を取りまとめ、北朝鮮に対話に応じるよう呼びかけています。中断している米朝協議は再開に向けて動き出すのか?出石 直(いでいし・ただし)解説委員とともにお伝えします。
Q1、バイデン政権が取りまとめた新たな対北朝鮮政策、どのような内容なのでしょうか?
A1、まずブリンケン国務長官の発言をお聞きください。
(ブリンケン国務長官5/3@ロンドン)
「私たちの政策は、調整された現実的なアプローチで、北朝鮮に対して開かれ北朝鮮との外交を模索するものです」
Q2、「現実的なアプローチ」とは具体的にはどういうものなのでしょうか?
A2、「北朝鮮との外交を模索する」としている点がポイントです。「対話の扉は開かれている」としていて「圧力」という言葉は一切使っていません。こうしたアプローチは「対話と圧力」の間で揺れ動いたトランプ政権の失敗を踏まえたものではないかと思います。
トランプ大統領は3年前にシンガポールで史上初の米朝首脳会談を実現させ世界をアッと言わせましたが、実は政権内部では北朝鮮との交渉の進め方をめぐって確執がありました。
北朝鮮問題担当のビーガン特別代表と国家安全保障担当のボルトン大統領補佐官との対立です。ビーガン氏は北朝鮮との交渉で少しずつ積み上げ前に進めていこうといういわばアクセル役。一方のボルトン氏は、北朝鮮のペースに乗らないようブレーキをかける側でした。
ハノイでの首脳会談では、ビーガン氏らが中心になって朝鮮戦争の終戦宣言などを盛り込んだ合意文書の草案が出来ていたのですが、ボルトン氏の強い反対で交渉が打ち切られ予定されていた昼食会も中止になった経緯があります。
「対話と外交によって朝鮮半島の完全な非核化を目指す」というバイデン政権の政策は、このビーガン氏の考え方に近いと私は見ています。今回新たに北朝鮮問題担当の特別代表に就任したソン・キム氏もシンガポールでの首脳会談の事前交渉を担当した北核問題の専門家です。原理原則を振りかざすのではなく、完全な非核化を実現するためにはどうすれば良いのかを考えていく現実主義的なアプローチのように思えます。
Q3、ということは、北朝鮮にかなり譲歩した形になるのでしょうか?
A3、いえ、むしろ慎重なスタンスではないでしょうか。完全な非核化までの工程をいくつかの段階に分けて順番に合意を取り付けていくという「段階的なアプローチ」を取るようです。
非核化には様々な段階があります。現在稼働している「核施設の停止」、「核施設の申告」と「解体」、そして「核燃料の除去」など、手順を踏んでいかねばなりません。こうした非核化の各段階が終了したことが確認されれば、その都度、制裁の一部解除や人道支援といった見返りを与えるというのがブリンケン国務長官の言う「調整された現実的なアプローチ」なのだと思います。
ただこうしたアプローチは過去の6か国協議でも採用され、原油の提供などが行なわれましたが、結果的に北朝鮮の核開発を許してしまいました。こうした失敗を繰り返さないためには、北朝鮮に確実に約束を守らせる仕組みを作る必要があると思います。
もうひとつバイデン政権の北朝鮮政策の大きな特徴は、「日本、韓国との連携」を重視していることです。
Q4、日本、韓国との連携ですか?
A4、バイデン政権は同盟国である日本、韓国と連携して北朝鮮に核の放棄を迫っていくという姿勢を鮮明にしています。先に行われた日米の首脳会談でも北朝鮮問題が主要な議題でしたし、米韓の首脳会談でも北朝鮮問題での連携を確認しています。ただ南北の融和が最優先で制裁の緩和や人道支援を行うべきだとしている韓国と、日本やアメリカとの間には少なからぬ温度差があることも事実です。この週末にイギリスで行われるG7サミットには、ムン・ジェイン大統領もゲストとして参加することになっており、日米韓の首脳会談が実現すればこのあたりのスタンスの調整も行われるのではないでしょうか。
Q5、ここまでバイデン政権の新たな対北朝鮮政策について見てきましたが、果たして北朝鮮は交渉のテーブルに戻ってくるのでしょうか?再び核実験やICBMの発射といった挑発に出てくる可能性はないのでしょうか?
A5、北朝鮮は1月に開いた朝鮮労働党の党大会で核武力の強化を打ち出していますので、今後、何らかの挑発に出てくることも考えられます。ただ核実験やICBMの発射は北朝鮮がもっているもっとも強いカードですから、いきなり切り札を出してくる可能性は低いのではないでしょうか。
ひとつ興味深い資料をご紹介します。先月北朝鮮の出版社から出された「対外関係発展の新時代を開いて」と題された写真集です。キム総書記の外交活動がおよそ150ページにわたって紹介されています。ご覧のようにシンガポールでのトランプ大統領との首脳会談だけでなく、物別れに終わったハノイでの2回目の会談も紹介されていて「互いに手を取り合い、知恵と忍耐で関係を発展させよう」という会談でのキム総書記の発言が紹介されています。これを見る限り、北朝鮮はアメリカとの交渉を諦めていない、交渉で制裁の解除などを求める考えを完全に捨て去っていないように思えます。
これまでのアメリカ、北朝鮮双方の動きを見ていますと、双方ともに「あまり急いでいない」という印象を受けます。しばらくは共に相手の出方をうかがう展開が続くかも知れません。
今回まとまったバイデン政権の対北朝鮮政策は、現実的で地に足のついたものと評価できます。ただ北朝鮮が対話に応じる姿勢を見せていない現状を考えれば、最低限、もうこれ以上の核・ミサイル開発だけは絶対に許さないという強いメッセージを発していくことも必要だと思います。
(出石 直 解説委員)
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