先週、ソウルとプサンで行われた市長選挙では、政権与党の候補者が野党候補に大差で敗れ、ムン・ジェイン政権は苦境に立たされています。
来年3月の大統領選挙に向け韓国政治はどのように動いていくのか出石 直(いでいし・ただし)解説委員とともにお伝えします。
【2市長選結果】
Q1、こちらが先週行われたソウルとプサンの市長選挙の結果です。
首都ソウルでは18ポイント差、プサンでは28ポイント差と野党候補の圧勝でした。
この結果をどう見ますか?
A1、政権与党の惨敗です。韓国の選挙は保守と革新の支持が4割ずつ、残りの2割を双方が取り合う構図が一般的なのですが、ソウル、プサンともに4割を割り込んだということは与党支持層の中にも野党支持に回った人がいたことになります。
今回の選挙は、ムン政権の是非を問う信任投票という意味合いが強かったので、ムン政権は有権者から「No」を突きつけられた形です。
【敗北理由】
Q2、なぜそこまでムン大統領の支持が急低下してしまったのでしょうか?
A2、期待が失望に変わったということだと思います。
ムン政権は、パク・クネ前大統領を弾劾に追い込んだ“ろうそくデモ”によって誕生した政権です。
ムン大統領は「公正な社会の実現」を掲げ、腐敗の一掃、最低賃金の引き上げ、検察改革などに取り組みましたが、具体的な成果を上げることはできませんでした。
特に国民の不満が大きいのが不動産価格の高騰です。ムン政権になってソウルのマンション価格は6割以上も上昇し、ソウルのマンションの平均価格は日本円にしておよそ1億円に達しています。庶民には到底手の入らない価格です。一方で、大統領府の高官が複数のマンションを所有していたことが明らかになったのに加え、土地住宅公社の職員が開発計画の発表前に土地を不正に取得していた疑惑が持ち上がり庶民の怒りは頂点に達したのです。
ムン大統領の支持率は30%台にまで落ち込んでいます。
【大統領選の行方】
Q3、来年3月に行われる大統領選挙への影響は?
A3、きわめて大きいと思います。
韓国では、キム・デジュン、ノ・ムヒョン大統領による革新政権の後、イ・ミョンバク、パク・クネ大統領の保守政権と、ほぼ10年ごとに政権交代が行われてきました。ムン・ジェイン政権の後も革新政権が続くのかどうかが最大の焦点なのですが、今回の2つの市長選挙の大敗で、どうなるのかわからなくなってきました。
今のところ、政権与党の「共に民主党」では、キョンギ道のイ・ジェミョン知事とイ・ナギョン前首相が名乗りを上げています。しかし今回の選挙で選挙対策委員長を務めていたイ・ナギョン氏は敗北の責任を問われレースから撤退する可能性も出てきました。
イ・ジェミョン氏は小学校を出た後、働きながら大学を出て弁護士になった立志伝中の人物ですが“韓国のトランプ”“韓国のサンダース”などと呼ばれるなど過激な言動で知られスキャンダルも多く政権与党の中ではいわば異端児です。イ・ジェミョン氏でまとまるのか、それともムン大統領に近い別の人物が名乗りを上げるのか、まだ見通せない状況です。
Q4、一方、政権奪還を目指す野党陣営はどうなのでしょうか?
A4、今回の選挙で勢いを得た野党陣営ですが、有力候補がいないのが最大の課題です。
そこで注目されているのがムン大統領と対立して検事総長を辞任したユン・ソギョル氏の動向です。
最近の世論調査(NBS)では、次の大統領にふさわしい人物として、イ・ジェミョン氏が24%、ユン・ソギョル氏が18%、イ・ナギョン氏が10%と、ユン氏が2位につけています。
今のところ野党陣営で“勝てそうな候補”はユン氏しかいません。本人も意欲満々と伝えられています。しかし本人はこれまで政党に所属したことはありませんし、検察畑をずっと歩いてきた人なので政治経験がなく、外交・安保、経済などについての知識・能力は未知数です。加えてパク・クネ前大統領を訴追した張本人ですので、パク前大統領の支持層から反発が出ることも予想されます。こうした声を抑えて党内をまとめきれるかどうかが焦点です。
【ムン政権の今後】
Q5、次の大統領選挙に向けて与野党ともに課題があるということですが、残る任期が1年となったムン政権の政権運営は今後どうなると予想しますか?
A5、首都と第2の都市でこれだけの大敗を喫したのですから、政権運営の見直しは避けられないと思います。民意を強く意識した内向けの政権運営となるのではないでしょうか。ただ何をどう改めるのか、今のところムン大統領は具体的には明らかにしていません。
私がもっとも心配しているのは外交面、特に日韓関係への影響です。
Q6、国内世論を意識して日本に厳しい姿勢に出てくるのでしょうか?
A6、日本に厳しくしたからといって支持率が回復するわけではありませんし、バイデン政権の意向を受けて日韓関係を何とかしなければならないという意識は芽生えてきているように思えます。
ただムン政権が掲げている“被害者中心主義”の旗印を降すことはできないでしょう。徴用をめぐる問題にせよ慰安婦問題にせよ、今の日韓関係を改善するためには韓国側のより踏み込んだ対応が求められているのですが、被害者の意向を尊重しつつ歩み寄りの姿勢を示すというのはますます困難になってくるかも知れません。
韓国の世論はちょっとした出来事で大きく変わります。パク・クネ前大統領を弾劾に追い込んだデモもそうでしたし、一年前の総選挙ではムン政権の与党が圧勝しています。今は野党が勢いづいていますが、このままの勢いが来年3月まで続く保証はありません。韓国は大統領が変われば別の国になるくらい大統領府はもちろん中央省庁の幹部人事も政策もがらりと変わります。
次の大統領が誰になるかで、日韓関係も朝鮮半島情勢も大きく変わってきます。
動き出した韓国の次期大統領選びは、まさにこれからが本番です。
(出石 直 解説委員)
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