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イスラエル総選挙と中東の今後

出川 展恒  解説委員

中東のイスラエルで、23日、この2年で4回目となる異例の総選挙が行われました。2009年以来、首相を継続して務め、イランやパレスチナに対し、強硬な姿勢をとってきたネタニヤフ氏の与党「リクード」が、第1党の座を守りましたが、政権発足に必要な過半数には遠く及ばず、今後、他の政党との連立交渉で、政権を維持できるかどうかが注目されます。選挙結果を分析し、中東の今後を展望します。
担当は、出川展恒解説委員です。

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Q1:
イスラエルの総選挙、2年間で4度目とは、何でこんなに頻繁に行われているのですか。

A1:
はい。イスラエルの議会は、1院制で定数120ですが、多くの政党が乱立し、与野党の勢力がきっ抗しています。加えて、与党内、野党内でも、仲たがいが起き、選挙後の連立協議が不調に終わったり、連立政権を維持できなくなったりして、その都度、やり直しの選挙が行われているのです。
去年5月、右派の与党「リクード」を率いるネタニヤフ首相の呼びかけで、野党連合「青と白」を率いるガンツ国防相との間で、「大連立政権」が発足したものの、予算案をめぐる対立から、議会が再び解散されました。
この間、同盟国アメリカが、トランプ政権からバイデン政権に代わるなど、国際環境が大きく変化する中での選挙となりました。

Q2:
ネタニヤフ首相率いる与党「リクード」が第1党の座を守ったということですが、選挙の争点は何だったんですか。

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A2:
今回の選挙、政策論争が活発に行われたというよりは、ネタニヤフ氏の信任を問う選挙だったと言えます。ネタニヤフ氏は、1990年代からの通算では、15年近く首相の座にあり、これまで何度も政権の危機を乗り越えてきました。ところが、今回は、文字通り、政治生命をかけた「崖っぷちの選挙」でした。
収賄や背任など複数の汚職の罪で裁判中の身であり、新型コロナウイルスの感染拡大で、経済が落ち込み、大勢の失業者が出た政治責任を追及され、国民から、辞任を求める声が高まっていました。
ネタニヤフ氏にとって、起死回生の武器となったのが、世界最速のペースで進むワクチン接種です。自らアメリカのファイザー社のトップと交渉してワクチンを確保し、すでに国民の半数が、2回目のワクチン接種を終え、経済活動を再開させています。ネタニヤフ氏は、「イスラエルは、ワクチン接種で、世界のモデルとなった」とその成果を最大限アピールしました。加えて、蜜月の関係を築いたトランプ大統領の仲介のもとで、アラブ諸国との関係正常化に成功したと強調し、選挙に臨みました。

Q3:
第1党のリクードも過半数に届かないと、このあとどうなるのですか。

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A3:
こちらが、今回の選挙の開票結果です。合わせて13の政党や会派が、議席を獲得しました。ネタニヤフ首相の続投を支持する政党と、続投に反対する政党に分けて、示しました。
イスラエルの法律では、議会選挙のあと、国家元首である大統領が、議席を獲得したすべての政党・会派の代表の意見を聞いたうえで、組閣できる可能性が最も高いと考えた人物を首相候補に指名して、組閣を要請することが定められています。リブリン大統領が、来週から、13の政党・会派それぞれの代表と個別に会談する予定です。
獲得議席数を見れば、第1党の右派政党「リクード」を率いるネタニヤフ首相、第2党の中道政党「イェシュアティド(未来がある)」のラピッド党首のいずれかが、組閣要請を受ける可能性が高いと思います。

Q4:
ネタニヤフ首相が、政権を維持するのか、それとも、政権交代となるのか。どちらになりそうですか。

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A4:
今回も勝敗がはっきりしない選挙結果で、現時点では、まだわかりません。
選挙前に、ネタニヤフ首相を支持すると約束した政党は、「シャス」(9)、「ユダヤ教連合」(7)、「宗教シオニズム」(6)の3つの政党です。与党「リクード」(30)と合計しても、52議席にとどまります。「シャス」と「ユダヤ教連合」は、ユダヤ教の宗教政党、「宗教シオニズム」は、パレスチナ人を差別し、暴力も肯定する極右政党です。

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他方、「反ネタニヤフ」の勢力も、過半数の確保は難しいと見られます。中道の「イェシュアティド」(17)、ネタニヤフ連立政権から離脱した「青と白」(8)、パレスチナとの和平を進めてきた中道左派の「労働党」(7)、極右政党の「わが家イスラエル」(7)など、合わせて7つの政党・会派で、合計で57議席です。
しかも、イデオロギー的に、右派から左派まで全くバラバラです。「統一リスト」(6)は、イスラエルに暮らすアラブ系住民の政党です。これらの政党の共通点は、ネタニヤフ氏の続投に反対している点だけで、足並みを揃え、連立政権を発足させるのは、極めて困難です。

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一方、極右政党の「ヤミナ」(7)と、アラブ系政党の「ラアム」(4)は、選挙前に、ネタニヤフ氏続投への態度を明らかにしておらず、連立交渉のキャスティングボートを握る可能性があります。
連立交渉は、大統領による首相候補指名から、最大6週間にわたって続けられますが、今回も不調に終わり、再度、総選挙が行われる可能性も相当程度あると、多くの専門家が指摘しています。とにかく、イスラエルの政治は、小党分立による構造的な問題を抱え、袋小路に入った状態が続いています。

Q5:
イスラエルの政局が、中東情勢に与える影響をどうみますか。

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A5:
誰が次の首相になるかは、核開発を進めるイランとの軍事的緊張や、崩壊の危機に直面するパレスチナとの和平交渉の行方など、中東情勢に大きな影響を与えます。
先ほど述べたように、現時点では、首相候補には、現職のネタニヤフ氏か、「イェシュアティド」の党首ラピッド氏が指名される可能性が高いと言えるものの、連立交渉の展開しだいでは、それ以外の政治家が指名される可能性もあり、次の政権について、確かな見通しを示すことはできません。
ひとつ言えることは、今世紀に入ってから、イスラエル世論の右傾化が急速に進み、最近の選挙では、極右政党までもが、相当数の議席を獲得し、和平推進派の発言力が、著しく弱まっているということです。このため、ネタニヤフ首相も、ヨルダン川西岸の占領地のイスラエル併合を公約に掲げたり、イラン核施設に対する軍事攻撃の可能性をちらつかせたり、シリア領内のイラン関連施設を空爆で破壊したり、強硬な対外政策を打ち出すことで、汚職問題などで傷ついた求心力を高めようとする傾向を見せています。
パレスチナ問題やイランとの対立を、平和的に話し合いで解決させることが、時の経過とともに、いっそう困難になりつつあるのが、厳しい現実です。

(出川 展恒 解説委員)


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