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湾岸戦争から30年 揺らぐ世界秩序と戦争の教訓

二村 伸  解説委員

クウェートを占領したイラクをアメリカ主導の多国籍軍が攻撃し、クウェートを解放した湾岸戦争からまる30年たちました。冷戦終結後最初の戦争は、圧倒的な軍事力でイラク軍を駆逐したアメリカが唯一の超大国としての地位を見せつけましたが、世界はそれ以降不安定化し、日本をはじめ世界に大きな影響を及ぼしました。二村伸解説委員に聞きます。

Q.冷戦終結後の世界に湾岸戦争はどんな影響を及ぼしたのでしょうか。

私は戦争前年の8月イラクがクウェートに侵攻したときから戦争が終わるまでサウジアラビアで取材を続け、解放直後にクウェートに入りました。現地での取材を通じて感じたのは、この戦争が歴史的に3つの点で特筆されるのではないかということです。

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▼1つは、冷戦終結後の世界がアメリカの一極支配体制になったことがこの戦争で鮮明になった点、▼2つ目が、日本の安全保障政策の転機となったこと、▼そして3つ目が「劇場型の戦争」が事実を歪曲してしまったことです。
まず、アメリカの一極支配ですが、第二次世界大戦後初めて世界が事態解決のために一致し、アメリカが望んだイラクへの武力行使に国連がお墨付きを与えました。当時のソビエト連邦もそれを支持し、パクス・アメリカーナ、アメリカによる平和が共産圏まで広がったのです。しかし、アメリカの一極支配は長く続きませんでした。湾岸戦争からまもなくソビエト連邦は解体し、その後継のロシアは再びアメリカの対抗勢力としての性格を強めました。ヨーロッパでもドイツやフランスがその後のアメリカの武力行使に反対の立場をとるようになりました。

Q.中東でも反米テロが相次ぐようになりましたね。

アメリカの力による支配、価値観の押し付けへの反発が強まりました。サウジアラビアでは異教徒であるアメリカ軍兵士が我が物顔で振舞っているといった批判が強まり、オサマ・ビンラディンがアルカイダを率いて反米活動を始め、1998年にケニアとタンザニアのアメリカ大使館連続爆破事件、2001年にはアメリカ同時多発テロ事件を引き起こしました。アメリカはアルカイダをかくまったアフガニスタンのタリバン政権を攻撃、以来イラクやアフガニスタンの泥沼から抜け出せなくなりました。冷戦終結によって平和が訪れるという期待がこの戦争で失望に変わり、世界が不安定化に向かったのです。

Q.日本はどう変わったのでしょうか。

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日本は多国籍軍に130億ドルの資金を拠出しながら、戦争後クウェート政府が新聞に掲載した感謝の広告に日本の名前がなく「日本の外交の敗北」だという声が上がりました。世界の平和に貢献すべきだといった声に押されて戦争の翌年PKO・国連平和維持活動協力法が制定され自衛隊の海外派遣の道が開かれました。戦争への反省から日米安保の議論が活発になりその後の安保関連法につながったと話す専門家もいます。その是非を巡る論争は今も続いていますが、湾岸戦争が日本の安全保障の転機となったことはたしかです。

Q.「劇場型の戦争」が事実をゆがめたというのはどういうことでしょうか。

湾岸戦争はミサイル攻撃が初めて生中継で伝えられ、「劇場型の戦争」と呼ばれました、しかし、流される映像は都合のいい部分だけを切り取ったもので事実が歪められていました。戦争の最初の犠牲者は「真実」だと言われます。湾岸戦争でも多くのフェイクニュースが流されました。

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その最たるものが「油まみれの水鳥」です。アメリカ軍は「イラク軍が故意に破壊した石油施設から流れ出た重油によって身動きが取れなくなった」と説明し、イラクの野蛮な行為の象徴として世界に映像と写真が流されましたが、戦争後重油はアメリカ軍の攻撃で流出したものと判明しました。メディアの自由な活動が制限されていたため現地で取材していた私たち各国メディアは事実を確認するすべがありませんでした。

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また、こんなこともありました。サウジアラビア北部の最前線を私たちが取材中、空襲警報が鳴りイラクのスカッドミサイルが飛来してきました。防毒マスクをつけて備えたのですが、スカッドミサイルを打ち落とすはずのアメリカ軍のパトリオットミサイルはすべて的を外してしましました。ところがその日の米軍発表は「国境ですべて撃墜した」という内容でした。イラク政府の発表を嘘だと非難していたアメリカもまた虚偽の事実を発表し続け、それを世界は信じたのです。

Q.2003年のイラク戦争でもアメリカが主張した大量破壊兵器は見つかりませんでしたね。

アメリカが国連安保理でイラクの大量破壊兵器保有の報告をしたとき、私はバグダッドでイラク政府高官らとCNN放送の中継を見ていました。移動式の生物兵器工場など科学に素人の私でも根拠が薄弱で非現実的と思われましたが、日本をはじめ世界の多くの国の首脳がそれを信じアメリカのイラク攻撃を支持しました。アメリカが言うことだから正しいという思い込みは世界各国が繰り返した大きな過ちでした。戦後アメリカやイギリスでは武力行使が正しかったのかどうか検証が行われましたが、日本も過ちを繰り返さないために過去の検証が必要だと思います。

Q.世界はいまアメリカの影響力が低下して中国が台頭し、国際秩序を塗り替えようとしています。世界の安定のために湾岸戦争から何を教訓とすべきでしょうか。

イラクなどの例を見ても武力では問題が解決せず、かえって混乱を深めるだけであることを歴史が証明しています。対話による解決が何よりも重要であることは言うまでもありません。ただ、国連は機能不全に陥り、ロシアや中国の拡張主義路線を止めることができず世界は不透明さを増しています。そうした時代だからこそ、長期的な戦略を持ち、各国との情報の共有、連携の強化がますます重要になってきます。同時に日本の立場を国際社会に正しく理解してもらうための発信力の向上も不可欠です。世界の歴史の大きな節目となった30年前の戦争から私たちが学ぶことは少なくないと思います。

(二村 伸 解説委員)


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