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日韓関係に改善の兆し?

出石 直  解説委員

歴史問題をめぐって日本に厳しい発言を続けてきた韓国のムン・ジェイン大統領。しかしこのところ発言のトーンに変化が見られます。徴用をめぐる裁判や慰安婦問題などで“戦後最悪”とも言われている日韓関係は、今後改善に向かうのでしょうか?
出石 直(いでいし・ただし)解説委員に聞きます。

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Q1、ムン大統領の発言のトーンが変わってきたということなんですが、どういういうことなのでしょうか?

A1、まずは、ことしに入ってからのムン大統領の発言をお聞きください。

(ムン大統領)
「過去は過去であり、両国関係が未来志向的に発展させることも進めていかねばならない」(1/18 年頭記者会見)
「韓国政府は、いつでも日本政府と向き合い対話する準備ができています」(3/1抗日独立運動記念日での演説)

【過去の発言との比較】
「このままではいけない。何とかしなければならない」という雰囲気にはなってきているように思います。個別に見ていきます。

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▽まず慰安婦問題についてです。
この問題は、2015年の12月に両国の外相が記者会見をして「完全かつ不可逆的に解決」したことで合意しています。

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この合意についてムン大統領は以前は、
「手続き的にも内容的にも重大な欠陥があった」(2017.12)と、していました。
ところがことし1月の記者会見では、
「(2015年の合意は)両国政府間の公式の合意だった」(1/18)
と政府間の公式の合意であったことを初めて認めました。

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慰安婦問題をめぐっては、ことし1月にソウルの地方裁判所が日本政府に賠償を命じる判決を言い渡していますが、ムン大統領は新年の記者会見でこの判決について「率直に言って困惑している」とも述べています。判決批判ともとれる発言です。

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▽次に徴用をめぐる裁判についてです。
この問題では、2018年の10月に韓国の最高裁判所で日本企業に賠償を命じる判決が確定し、原告側が差し押さえた日本企業の資産を売却し現金化する手続きが進められています。

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ムン大統領はこれまで、
「韓国政府は司法の判断を尊重する」(2019.1)
として、司法の判断には介入しない立場をとり続けていました。
しかしことし1月の会見では、
「現金化することは韓日関係にとって望ましくない」と述べ、
現金化によって日本企業に損害が生じることは望ましくないという考えを初めて示しました。
1965年の日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決済み」だとする日本政府の立場に理解を示したとも受け取れます。これも大きな変化です。

【変化の要因①:バイデン政権の誕生】
Q2、ここまでムン大統領の日本に対する態度が変わってきたのはどうしてなのでしょうか?

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A2、いくつか理由があげられると思いますが、もっとも大きいのはアメリカの政権交代でしょう。
日韓関係にはあまり関心を払わなかったトランプ前政権とは異なり、バイデン政権は同盟重視、日米韓3国の連携を重視する立場です。先週の12日には、クアッドと呼ばれる日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4か国による首脳会議がオンラインで行われました。さらに今、日本を訪れているブリンケン国務長官とオースティン国防長官はきょう(17日)からソウルを訪問します。

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バイデン政権には「自由で開かれたインド太平洋」という旗印の下、対中国を意識した仲間を増やしていきたいという思惑があるのです。ブリンケン長官のアジア歴訪に先立ってアメリカ国務省は報道機関向けの資料の中で、今回の訪問の目的は同盟関係の強化にあるとしたうえで「日韓関係ほど重要な関係はない」と説明しています。

Q3、バイデン政権が日本と韓国の関係改善を強く望んでいるということですね。

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A3、韓国政府がこうしたバイデン政権の意向を強く意識していることは間違いありません。
同時に、韓国にはこのままでは「日米を中心とした枠組みから取り残されてしまうのではないか」という焦りもあるように感じられます。一方のアメリカにも「韓国が中国の側に行ってしまうのではないか」という警戒感があるように思えます。

【変化の要因②:南北・米朝関係進展への期待】
Q4、ムン大統領は、アメリカよりも北朝鮮との関係を重視していたのではないのですか?

A4、ムン大統領にとって、南北の融和、北朝鮮との関係改善が最優先事項であることは変わっていません。ただ南北関係も行き詰っています。その打開策として、ムン大統領は東京オリンピック・パラリンピックに期待を寄せています。2018年のピョンチャンでの冬季オリンピックの成功体験が念頭にあるのでしょう。南北融和が進み、その後の南北首脳会談、米朝首脳会談へとつながりました。東京オリンピックを契機に、南北関係、米朝関係を前進させたい。そのためには日本との関係も改善しておきたいというのが本音ではないでしょうか。
大統領としての任期はあと一年ちょっとしか残っていません。ムン大統領にとっては東京オリンピックが事態打開のための最後のチャンスになるかも知れません。

【今後の日韓関係】
Q5、実際にこれから日韓関係が改善に向かっていくのでしょうか。

A5、慰安婦問題、徴用をめぐる問題、いずれも簡単ではありません。日本政府は「まず韓国側が解決に向けた具体策を示すべきだ、ボールは韓国側にある」という立場です。しかし、ただ待っているだけでは進展は期待できません。6月にイギリスで予定されているG7サミットにはムン大統領も招かれていますので日韓の首脳が顔を合わせるチャンスです。こうした機会を捉えて少しずつ信頼関係を築いていく。同時に実務者レベルで腹の割った意見交換を重ねていくことが重要だと思います。具体的な改善案はまだ見えてきていませんが、アメリカとの関係だけでなく、対中国、対北朝鮮という意味でも日韓関係の改善はきわめて重要です。日韓双方が「何とかしなければ」という思いを共有することで、改善にむけて一歩でも前に進めばと願っています。

(出石 直 解説委員)


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