ミャンマークーデター1か月
2021年03月03日 (水)
藤下 超 解説委員
軍事クーデターが起きて1か月が経つミャンマーでは、抗議する市民に対し、治安部隊が発砲して大勢の死傷者が出ています。軍による暴力のエスカレートが懸念されています。
ミャンマー情勢は今後どうなるのか。藤下解説委員に聞きます。
Q。現地はかなり緊迫していますね。
A。軍は武力行使にためらいを見せなくなっていて、非常に危険な状況だと思います。
このままでは国際社会から孤立し、この10年間の民主化の成果は失われてしまいます。
平和的な抗議活動を行う市民に対する銃撃は、軍がよって立つミャンマーという国自体を、大きく傷つけようとしていることを、軍は認識すべきだと思います。
Q。なぜ軍はここまで強硬に出ているんでしょうか。
A。軍には焦りがあるようです。
そもそも、ここまで市民の抗議運動が広がることは予想外だったと見られます。
とくに広がっているのが、公務員などが職場を放棄する「市民不服従運動」です。
軍の統治機能をマヒさせることが目的で、行政機関だけでなく、銀行の窓口や病院も閉鎖されていて、経済にも大きな影響が出ています。
これは、多くの車がボンネットを開け、故障したと見せかけて道路に停車し、交通をマヒさせようとしているところです。
ミャンマーの国連大使が、国連総会の会合で、クーデターを起こした軍を非難しましたが、これも不服従運動の一環ということが、出来ると思います。
軍はこうした運動を力で抑え込み、事態を正常化させたいと考えているようですが、むしろ混乱を拡大させています。
Q。ミャンマー軍は、クーデターの前でも政治的な力を持っていましたよね。
それなのに、なぜ今回、クーデターを起こしたのでしょうか。
A。軍は、自分たちの思い通りになる政権をつくりたかったのだと思います。
その背景には、軍は国をひとつにまとめるため、血を流し続けてきたという自負があります。
ミャンマー軍は、少数民族など国内の武装組織との戦闘を、1948年の独立以来これまで70年以上続けてきています。
世界的にもここまで長期間にわたって国内で戦闘を続けている軍隊はないと思います。
自分たちが政治の中心にいなければ、国がばらばらになってしまうという、独特の考えを持っている軍なんです。
そのため、軍は、1962年にクーデターを起こして、およそ半世紀にわたって国を支配してきました。
今回のクーデターも、軍は政治の中心にいることが当然という偏った考えから出たものだと思います。
Q。それにしても、かつて国際社会から批判され制裁で苦しみ、軍がみずから民主化に踏み出したわけですよね。それを覆してまで、クーデターに訴える必要があったのでしょうか。
A。そもそも軍が考えていた民主化というものが、私たちの考える民主化とは違うと思います。あくまで軍が政治の中心にいることが前提だったんです。
国際社会からの批判を受けた軍は、2011年、民主化に踏み出しました。
民主化と言っても、当初大統領を務めたテイン・セイン氏は軍の出身でした。軍は、民主化しても自分たちの息のかかった政権が続くと考えていたのではないでしょうか。
しかし、その後行われた総選挙では、2回連続してスー・チー氏の政党のNLD=国民民主連盟が圧勝しました。軍にとっては、大きな誤算でした。
今回のクーデターは、民主化をもう一度振り出しに戻そうとしたのだと思います。
また、クーデターの首謀者である、ミン・アウン・フライン司令官の野心も、背景にはあると指摘されています。
Q。野心ですか。
A。司令官は、ことし7月に定年で軍を退官する予定で、定年後どうするのか、関心を集めていました。
仮に去年の総選挙で、軍の流れをくむ政党が一定の議席を獲得すれば、議会の4分の1を占める軍人議員の支持と合わせて、大統領に指名される可能性はありました。
司令官にもその野心があったと言われています。
しかし、総選挙でNLDが圧勝したため、その道は閉ざされてしまいました。
そこで、総選挙に不正があったという訴えを口実にクーデターを起こし、スー・チー氏らを排除したうえで、選挙をやり直すというシナリオを描いたのではないかと指摘されているのです。
クーデターの前、ミャンマーを訪れる各国の要人の多くが、司令官を表敬訪問していました。軍の政治的な力がそれだけ強かったためです。
ある外交筋は「今から考えると、そうした扱いが司令官を甘やかしてしまったのかもしれない」と話していました。
Q。今後、事態打開のためにはなにが必要でしょうか。
A。事態を打開するには、軍はまず暴力を止めたうえで、市民に歩み寄ることが必要だと思います。ただ、軍から妥協を引き出すのは容易ではありません。
抗議デモに押される形で妥協すれば、軍の力が急速に弱まるおそれがあるからです。
歩み寄りが実現しないまま、軍が大規模な弾圧に乗り出すことが、一番懸念されます。
軍による暴力がエスカレートしないよう、国際社会からの圧力が必要だと思います。
Q。アメリカやイギリスカナダなどは、すでに軍幹部などへの制裁を発表していますね。
A。欧米諸国はすでに軍を標的にした制裁に踏み切っていて、今後それを強化する構えを見せています。
ただ一方的に制裁するだけでは効果はそれほど期待できず、軍への直接的な働きかけが必要です。
日本には、軍に独自のパイプがあり、国際社会の声を直接軍に打ち込む役割が期待されます。
また、ミャンマーも加盟するASEAN=東南アジア諸国連合は、きのう緊急の外相会議を開き、暴力の自制を呼びかけました。
なにより重要なのは、こうした各国が、ばらばらではなく、連携して対応することだと思います。
Q。ミャンマーに影響力を持つ中国の対応が気になります。
A。中国は外国の内政には干渉しないという立場から、今のところ、軍への国際的な圧力に積極的に関わろうとはしていません。
中国にとってミャンマーは、陸路でインド洋に抜ける戦略的に重要な位置にあり、ミャンマー国内での大きな混乱は望んでいないと見られます。
そのため、今後何らかの動きを見せる可能性はあります。
ただ、それが国際的な圧力を強めるものなのか、それとも弱めるものになるのかは、注視する必要があると思います。
(藤下 超 解説委員)
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