アメリカのバイデン政権の発足で新たな展開に期待が持たれていた「イラン核合意」についてです。激しさを増す両国の駆け引きとイランの国内情勢を読み解きます。出川解説委員です。
Q1:
アメリカでバイデン政権が発足してから、まもなく1か月を迎えます。これまでのアメリカとイランの関係をどう見ていますか。
A1:
はい。バイデン大統領が、選挙戦での公約通り、「イラン核合意」に復帰するかどうかが注目されていましたが、もうすでに、深刻な「ボタンの掛け違い」が起きています。
バイデン大統領は、7日に放送されたアメリカのCBSテレビのインタビューで、「イランを交渉の場に戻すために、アメリカから先に制裁を解除することはあり得るか」と質問されると、「あり得ない」と答えました。そのうえで、まず、イランが核合意の制限を超えてウラン濃縮を行うのを停止する必要があるとの立場を示しました。
これに対し、イランの最高指導者ハメネイ師は、同じ7日の演説で、「アメリカこそが、すべての制裁を完全に解除しなければならない。それが確認できれば、われわれは核合意を再び守る。この方針は絶対であり、変わらない」このように述べて、核合意から一方的に離脱したアメリカが制裁を解除するのが先だという立場を強調しました。
このように、両国のトップが、互いに相手が先に行動を起こすべきだと主張して相譲らず、アメリカによる核合意への復帰も、制裁の解除も、見通しが立たない状況です。そして、イランは、バイデン政権の発足の直前から、核合意から大幅に逸脱する動きを見せています。
Q2:
どのような動きですか。
A2:
▼まず先月はじめ、ウランの濃縮度を20%まで引き上げました。これは、核合意が結ばれる以前の濃縮度に戻したことになり、明白な核合意違反です。イランはその意図を否定していますが、濃縮度を20%から、核兵器級の90%まで引き上げるのは、技術的には難しくないとされ、国際社会に危機感が広がっています。
▼続いて、先月下旬、新型の高性能の遠心分離機を使って、ウラン濃縮活動を始めました。
▼さらには、核兵器の材料にも使われるおそれがある「金属ウラン」の製造を開始したことが、先週、IAEA・国際原子力機関によって確認されました。
▼そして、アメリカによる制裁解除がなかった場合、今月20日以降、IAEAによるイランの核施設への「抜き打ち査察」の受け入れを停止すると予告しています。
Q3:
イランがこうした動きを見せる背景には、何があるのでしょうか。
A3:
バイデン政権に揺さぶりをかける狙いがあると考えられますが、イランの国内政治も影響しています。イランのロウハニ政権は、「アメリカが制裁を解除すれば、直ちに20%の濃縮をやめる」と表明していますので、核合意を壊す意図がないことは明らかです。この4年間、トランプ大統領の退任をひたすら願い、挑発に乗らないよう、忍耐を重ねてきました。バイデン政権には、速やかに制裁解除を実行してもらいたいと切望しています。
ところが、核合意を維持したい国際協調派のロウハニ大統領、思い通りに行動できなくなっています。トランプ政権による核合意からの一方的離脱と制裁の影響で、反米の保守強硬派が台頭し、去年、議会の多数を握りました。去年、革命防衛隊の司令官や、核開発計画を推進してきた科学者が暗殺されたことへの報復の意味も込めて、12月初め、議会が、政府に対し、核開発の拡大を義務づける法律、「制裁解除に向けた戦略的措置法」を制定しました。
この法律に、▼ウラン濃縮度を20%に引き上げることや、▼IAEAの抜き打ち査察に協力しないことなどが盛り込まれているのです。
ロウハニ大統領は、今年の夏で任期満了を迎えます。6月に大統領選挙が行われる予定で、すでに、いわゆる「レームダック化」が始まっています。制裁で苦しい生活を強いられる国民の不満をバックに、政権奪還を狙う保守強硬派が、ロウハニ政権を弱腰と批判し、圧力をかけていることも、ウラン濃縮度の大幅な引き上げなど、一連の強硬な動きの背景にあるのです。そして、すべての重要な問題の決定権を握る最高指導者のハメネイ師は、「アメリカとの直接交渉を禁止する」と述べています。ロウハニ大統領のできること、残された時間、少なくなっています。
Q4:
イラン政府が「制裁が解除されなければ、IAEAの抜き打ち査察を受け入れない」としているのは、そうした保守強硬派の主導で作られた法律に基づいてのことなのですね。このまま今月20日の期限を迎えると、どうなるのでしょうか。
A4:
このままでは、まず制裁は解除されないでしょう。今後、IAEAが、事前の予告なく調査する「抜き打ち査察」ができなくなりますと、イランの核開発計画の実態を、十分に検証することができなくなり、軍事転用が秘密裏に進むのではないかとの疑念が関係国の間に広がります。そうなりますと、核合意を維持してゆくこと自体が、非常に難しくなります。
Q5:
アメリカが政権交代しても、イラン核合意を元の形に戻すのは、簡単ではなさそうですね。
A5:
正直なところ、かなり厳しくなっていると思います。制裁解除がないまま、6月のイラン大統領選挙を迎えれば、反米強硬派の大統領と政権が誕生し、核合意の存続はおろか、アメリカとの対話の機会も作れなくなる恐れがあります。
ただし、まだ望みが消えたわけではありません。バイデン新政権の陣容を見ると、イラン核合意の成立に深く関わった当時のオバマ政権の要人たちが、外交・安全保障問題担当の高官に指名されています。一方、イランのザリーフ外相も、EU・ヨーロッパ連合による仲介を受け入れる意向を示しています。
双方とも、仮に、核合意が崩壊した場合、中東地域の軍事的緊張と、核の拡散に歯止めがかからなくなり、イスラエルやサウジアラビアなども巻き込んだ戦争に発展しかねないと危惧しています。今こそ、日本を含む国際社会が、核合意を維持するため、双方の対話の機会を設定し、外交努力に全力を注ぐことが大切だと思います。
(出川 展恒 解説委員)
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