北朝鮮は先月開いた朝鮮労働党大会でキム・ジョンウン氏を総書記に選出するとともに、
国防力の強化や重化学工業の生産拡大などを柱とする新たな国家戦略を打ち出しました。
北朝鮮はどこに向かおうとしているのか出石 直(いでいし・ただし)解説委員に聞きます。
Q1、党大会というのは北朝鮮にとって非常に重要な会議だということですね。
A1、北朝鮮という国ができてことしで73年になりますが、党大会はこれまでに8回しか開かれていません。北朝鮮の国家戦略を決めるもっとも重要な会議です。今回の大会で総書記のポストに就任したキム・ジョンウン氏はのべ9時間にわたる演説を行ない、まず経済の現状について「5年前に掲げた目標のほとんどが達成できなかった」と指摘しました。成果を華々しく誇示するのではなく経済政策の失敗を率直に認めたのには驚かされました。
Q2、失敗した原因については何か言及はあったのでしょうか。
A2、「内外の厳しい情勢が続いたため」と説明しています。
具体的には▽国際社会からの経済制裁、▽自然災害、▽新型コロナウイルスの感染による影響の3点をあげています。特に新型コロナウイルスの感染拡大による影響は深刻なようです。
感染拡大を防ぐため北朝鮮は去年1月から中国との国境を封鎖しています。このため去年1年間の中国との貿易総額は前の年の2割以下にまで落ち込んで過去20年間でもっとも少なくなっています。おととし(2019年)と較べてみますと、去年後半からの減少が目立ちます。これは去年10月の朝鮮労働党75周年やことし1月の党大会という大きなイベントに備えて国境管理をさらに強化したためと見られています。去年10月から12月にかけての中国との貿易額は前の年の100分の1程度にまで落ち込んでいます。
Q3、100分の1というのは深刻ですね。
A3、北朝鮮にとって中国は貿易の9割以上を占める最大の貿易相手国です。中国からの輸入が減れば物資が不足しますし、中国への輸出が落ち込めば外貨が不足します。
このように経済状況が非常に厳しい中で、北朝鮮は今回の党大会で「経済発展5か年計画」を打ち出しました。具体的には、金属工業・化学工業に投資を集中して生産を上げ、電力を増産して電力不足を解消するとしています。こうした取り組みによって経済を立て直し人民生活を向上させるとしています。
Q4、北朝鮮の核・ミサイル開発がどうなるのかも心配されるところですが。
A4、党大会では「国防力の強化」が強調されました。キム総書記は演説で「最強の軍事力を備えるため国防力を質的にも量的にも強化する」と述べ、「核兵器の小型・軽量化」「超大型核弾頭の生産」「原子力潜水艦の建造」「軍事偵察衛星の運用」などの計画を明らかにしました。これによって軍事力を質量ともに強化するとしているのです。
Q5、今月発足したアメリカのバイデン政権については何か言及があったのでしょうか?
A5、キム総書記は「誰が権力の座につこうとも、アメリカという実体は変わらない」「最大の敵であるアメリカを制圧し、屈服させることに焦点を合わせていく」と強調しました。キム総書記と良好な関係を維持していたトランプ前大統領は政権を去り、トランプ政権とは異なる“新たな戦略”を取るとしているバイデン政権が発足しました。トランプ前大統領との首脳会談で約束した「非核化」についての言及もありませんでした。アメリカの政権交代を意識して対話よりも対決姿勢を強く打ち出した内容となっています。
Q6、ここまで経済、軍事・外交面について見てきましたが、今回の党大会で示された北朝鮮の新たな路線をどう見ますか?
A6、非常に高い目標を掲げたなという印象です。
▽北朝鮮は2013年から「並進路線」つまり「核開発」と「経済発展」の両方を同時に進める路線を掲げていました。
▽しかし6回目の核実験とICBM級の弾道ミサイルの試験発射に成功した翌年の2018年には核実験やICBMの試験発射の中止を宣言し、これからは「経済建設」に集中するという「新たな路線」を打ち出し、アメリカとの非核化交渉に乗り出したのです。
▽ところが今回の党大会では再び「核開発」と「経済発展」の両方を実現するとしています。「新たな路線」から「並進路線」に逆戻りしたと解釈できのではないでしょうか。
Q7、経済状況が厳しい中で両方を実現するというのはかなり無理があるように思えるのですが。
A7、私もそう思います。こうした高い目標を実現するためにキム総書記が演説で何度も強調したのは「自力更生・自給自足・一心団結」というスローガンでした。外国からの物資に頼らず何でも自力で賄える体制を整える。軍事・外交面でも、核の放棄をちらつかせながら制裁解除を勝ち取るという対話路線ではなく、核・ミサイル開発によって軍事力を強化し、自分達の力で国を守るというのです。しかし私は、こうした無理な戦略は早晩、行き詰まってくるのではないかと予想しています。新型コロナの感染状況をみながら国境管理を緩めてくるでしょうし、対外関係でも、再び核実験やICBMの発射に踏み切れば、今よりもさらに厳しい制裁を科せられることは確実ですから、バイデン政権の北朝鮮政策を見極めながら対話の道を探ってくるのではと見ています。
Q8、そうした北朝鮮に対して、拉致問題を抱える日本、そして国際社会はどう向き合っていけば良いのでしょうか?
A8、「自力更生・自給自足、一心団結」といった勇ましいスローガンは、北朝鮮が置かれている厳しい状況の裏返しです。北朝鮮が行き詰まり国際社会との対話を模索してくるまでは制裁の手を緩めるべきではないと思います。まずは国際社会との連携、とりわけアメリカのバイデン政権や、今は関係が冷え切っていますがこの地域の平和と安定にとって重要な韓国との連携も欠かせません。北朝鮮が今置かれている状況を客観的に分析し、北朝鮮が何を考え、どこに向かおうとしているのかを冷静に見極めながら国際社会全体として対処していくことが重要だと思います。
(出石 直 解説委員)
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