NHK 解説委員室

これまでの解説記事

アメリカ分断とバイデン新政権

髙橋 祐介  解説委員

アメリカ議会にトランプ大統領の支持者らが乱入した事件から2週間。あす新しい大統領に就任するバイデン氏は、アメリカに亀裂を走らせた党派対立を解消できるでしょうか?退任するトランプ氏は政治的な影響力を今後どこまで残すでしょうか?髙橋解説委員とともにお伝えします。

i210120_01.jpg

Q1)
まずバイデン次期大統領の就任式は混乱なく行われそう?
A1)
▼そう願いたい。もともと新型コロナ対策のため通常より規模を大幅に縮小し、オンライン方式のイベントを計画していたが、先の事件を受けて異例の厳戒態勢が敷かれ、首都ワシントンは事実上のロックダウン状態。それでも「アメリカの民主主義の回復力を世界に示すため」、就任宣誓は敢えて議事堂前で予定通り行うと言う。
▼連邦議会議事堂はアメリカ国民にとって単なる政治討論の場ではなく、民主国家の存立そのものを象徴する場でもある。それを暴力で踏みにじられ、5人の死者まで出してしまった事件が与えた衝撃の大きさは計り知れない。
▼渦中のトランプ大統領は、慣例を破る形で就任式には出席しない。式典の数時間前に近郊のアメリカ軍基地から地元フロリダへと去る見込み。ただ、ペンス副大統領は出席する。この4年間、トランプ大統領が衝撃と熱気、そして混乱と軋轢も内外に巻き起こしてきた型破りな政治スタイル、いわゆるトランピズムは異例ずくめの形でひとまず幕を閉じることになる。

i210120_02.jpg

Q2)
バイデン新政権の船出はどうなりそう?
A2)
▼バイデン新大統領が真っ先に取り組もうとしている重要課題は大きく分けて4つある。まずコロナ感染拡大に歯止めをかけること、経済復興、気候変動対策、そして異なる人種間の軋轢の解消。そのどれもが議会との協力が欠かせない。

i210120_03.jpg

▼バイデン政権にとって幸運なのは、民主党が共和党と伯仲しているとはいえ上下両院で多数派の座を確保したこと。上院で過半数が必要な閣僚や高官らの承認審査は今週から始まり、ひとまず順調に進みそう。
▼しかし、予算や法案の審議になると、とりわけ上院には「フィリバスター」と呼ばれる議事妨害の制度があるため“数の力”だけで押し切ることは難しく、やはり共和党からの協力も必要になる。
▼そうした党派対立の解消という点で、議会経験が長くイデオロギー色も薄い中道派のバイデン氏ならではの特質が発揮できるかも知れない。

Q3)
しかし、すでに議会下院はトランプ大統領の罷免を求める弾劾訴追の決議案を可決した。大統領の退任後も上院で弾劾裁判は行われる?
A3)
▼まだ何とも言えない。民主党のペロシ下院議長は、一般の起訴状にあたる弾劾決議を上院にいつ送付するか、そもそも送付するかどうかも明らかにしていない。民主党の上院トップ、シューマー院内総務は「大統領の退任後も弾劾裁判は必ず行う」と言っている。
▼仮に弾劾裁判が上院で開かれたら、有罪評決には出席議員の3分の2以上の賛同が必要になる。民主党議員に加えて共和党議員少なくとも17人からも支持を取り付けなければならないが、現実的にそれは難しいとみられている。

i210120_05.jpg

▼世論の動向も影響する。こちらの世論調査では、トランプ氏は大統領職を罷免されるか、公職に再び就く資格をはく奪されるべきと答えた意見が過半数に達している。しかし党派別に見てみると、共和党支持層の85%は、そうした措置に反対している。
▼民主党は、トランプ大統領に「アメリカ史上初めて任期中2度にわたり弾劾訴追された“不名誉な大統領”」というレッテルを貼ることで、2度と大統領選挙に出馬できなくさせるのが真の狙いではないかという見方もある。
▼しかし、トランプ大統領が「選挙に不正があった」と根拠なく主張して平和的な政権移行を妨げたことは事実でも、実際に暴力を煽ったかどうか?退任後も罪に問えるかどうか?は別の話。民主党が深追いすれば、トランプ氏は“不当な政治的迫害による犠牲者”として、むしろ共和党支持層への影響力を増大させることにもなりかねない。

i210120_06.jpg

▼しかもバイデン氏は「アメリカを分断でなく、結束させる大統領になる」と宣言している。弾劾はそうした分断解消のメッセージとも矛盾し、政権運営をさらに難しくさせかねない。結局、下院で弾劾訴追という現状にとどめ、双方が次第に鉾を収めていく可能性もある。

Q4)
するとトランプ大統領は退任後も共和党への政治的な影響力を保持することになる?
A4)
▼そうとも限らない。事件後トランプ大統領の支持率は急落し、30%台を割り込んだとの調査も一部にある。無党派層や共和党支持層の一部にも“トランプ離れ”が起きつつある。トランプ氏はツイッターなどSNSのアカウントを停止され、情報発信にも制約を課されている。「言論の自由を妨げるものだ」と反発しているが、「ウソの情報によって暴力を煽ることを防ぐのは当然」との意見もある。このまま退任後トランプ氏への注目が薄れたら、仮に4年後の再出馬を狙ったとしても、まっとうな候補とは看做されないかも知れない。
▼これまで共和党議員の多くがトランプ氏の存在を恐れてきたのは、固い“岩盤支持層”を持つ大統領の機嫌を損ねたら、共和党内の予備選挙で対立候補を擁立され、自らが落選を余儀なくされかねないからだった。いわば自己保身のため、あからさまなウソにも信ぴょう性を与え、アメリカの民主主義を危機に陥れた。そうした政治指導者たちの責任もトランプ大統領に劣らず大きいのではないか。次の中間選挙まで2年近くある。この4年ですっかり“トランプ党”と化した共和党が党勢を盛り返せるかどうかは、トランピズムとの訣別如何にかかってくるだろう。
▼アメリカ社会の分断は、広がる一方の格差拡大や価値観の多様化、根強い政治不信など、さまざま要因からくる構造的な問題だから、とても一朝一夕には解消できない。バイデン新政権発足を機に、共和・民主両党には、対立ではなく融和を、人々の不満や恐怖ではなく希望に訴えかけるような政治を期待したい。

(髙橋 祐介 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

髙橋 祐介  解説委員

こちらもオススメ!