2021年、イギリスはEUの単一市場から離脱しました。難航した自由貿易交渉が土壇場で合意に達し、関税復活による混乱は避けられましたが、新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、イギリスは落ち込んだ経済をいかに立て直すのか、そしてEUはイギリスが抜けたあと結束を保てるのか、双方とも重い課題を抱えています。イギリスとEUはどこへ向うのか、読み解きます。
Q.移行期間が終わる1週間前のまさに土壇場の合意でしたが、イギリスが単一市場から離脱したことで何が変わったのでしょうか?
自由貿易協定が暫定的とはいえ発効したことでこれまで同様に関税がかからず、価格が跳ね上がる事態は避けられましたが、通関手続きが必要になったため、輸出入の申告に費用が生じ時間もかかるようになりました。
また大きく変わったのが人の移動です。EU域内では人やモノ、サービスの移動が自由でしたが、これからは双方の人の移動が制限され、長期滞在や就労にビザが必要です。イギリスで暮らすためには一定の収入や資格が必要で、これまで旧東欧諸国から多かった単純労働者は働くことが難しくなり、労働者不足が起きる可能性もあります。陸路や空路、海上の交通などはしばらく現状のままで混乱は起きていませんが、離脱の影響は今後じわりじわりと出てくるのではないでしょうか。
Q.イギリスでは新型コロナウイルスの感染拡大が深刻な状況にあるだけに、EU離脱の影響が当初の予想以上に影響が大きいのでは?
その通りです。ロンドンでは3度目のロックダウン・都市封鎖が行われ、景気がさらに落ち込んでいます。イギリス政府は、EU離脱によってGDP国内総生産が長期的に4%押し下げられるとの見方を示していますが、新型コロナウイルスにより経済への影響はさらに大きくなるものと見られます。
ジョンソン首相は離脱により世界各国と個別に自由貿易協定を結ぶことが出来るとそのメリットを強調していましたが、これまでに協定を結ぶことができたのは34の国と経済圏にとどまっています。優先国と位置付けた4か国のうち協定を結んだのは日本だけで、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドとはまだ交渉中です。コロナ禍での経済の立て直しは容易ではありません。
さらに離脱に反対していたスコットランドでは独立を求める動きが再び活発化することが予想され、ジョンソン首相は悲願だったEU離脱を実現させたものの今後も難しい政権運営を迫られそうです。
Q.一方のEUもイギリスが抜けた影響は小さくないのでは?
国際社会でのEUの存在感、発言力の低下は避けられないでしょう。
人口も経済規模も1割以上縮小しました。GDPはアメリカに次いで世界2位でしたが、中国に抜かれるのは時間の問題です。また、イギリスからの拠出金がなくなったことでEUの予算編成も厳しくなり各国の負担が重くなりました。とくにドイツへのしわよせが大きくなり不公平感が強まりそうです。
一方で、イギリスが抜けたことで安全保障や外交などの分野で加盟国の協力が得やすくなったとの見方もあります。というのはイギリスはこれまでEUの結束を乱してきた側面もあるからです。イギリスは通貨ユーロの導入を拒み、国境の検査などを廃止したシェンゲン協定にも加わらないなど大陸の国々とは一線を画してきました。そのイギリスが抜けたことでむしろEUの統合が強化されるのではないかと期待する声も聞かれます。
Q.EUの結束という点では、強い指導力を発揮してきたドイツのメルケル首相が今年秋には引退します。メルケル首相なきEUの今後をどう見ますか?
イギリスが抜けたあとのEUはこれまで以上にドイツの影響力が大きくなるでしょう。ただメルケル首相のような強力なリーダーシップのある人物があらわれるかはわかりません。ドイツでは今週土曜日に与党キリスト教民主同盟の党首選挙が行われます。
メルケル首相の後継を争っているのは3人で、1人はメルケル首相のライバルと言われたメルツ氏で、首相との争いに敗れて政界を退いていました。保守のメルツ氏に対し、中道でメルケル路線を継承するのが副党首でノルトライン・ヴェストファーレン州首相のラシェット氏です。もう一人はメルケル首相の政策に批判的な元環境相のレトゲン氏で、世論調査ではメルル氏が2人をリードしています。ただ、3人以外に姉妹政党であるバイエルン州の地域政党、キリスト教社会同盟のゼーダー党首がコロナ対策で評価を上げ、9月の総選挙で与党の首相候補になる可能性もあり、後継者争いは流動的な情勢です。ドイツで安定した政権ができなければEUの結束もおぼつかなくなります。ハンガリーのオルバン首相のようにEUにしばしば反旗を翻す曲者も少なくないだけにメルケル後のEUは不安材料を抱えています。
Q.イギリスとEUにとって今後のカギは何でしょうか。
アメリカ、中国との関係に注目したいと思います。ジョンソン首相は「イギリスのトランプ」と呼ばれ、EU離脱を支持したトランプ大統領と良好な関係にありました。しかし米英の「特別な関係」は終わったと言われます。EU残留支持だったアイルランド系のバイデン次期大統領と友好的な関係を築くことができるかが課題です。
一方、EUは同盟関係を軽視してきたトランプ大統領の退陣により、アメリカと関係を再構築するチャンスですが、同時に中国との経済関係も重視しています。ドイツなど各国で中国による企業買収が相次ぎ、中国依存を見直す動きも見られますが、先月末EUは中国と投資協定に合意しました。中国の人権問題や国営企業への手厚い保護など問題はあるものの巨大な市場と豊富な資金力は魅力です。中国への圧力をかけ続けるアメリカとは思惑が異なり、中国は足並みの乱れを突いて欧米の分断をはかるのではないかと見られます。米中、そしてEUの3つの軸がどのように絡み合うのか注目されます。
(二村 伸 解説委員)
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