韓国のムン・ジェイン大統領の支持率が急落しています。
残る任期が1年半を切ったムン政権は、この難局をどう乗り切ろうとしているのでしょうか?
支持率急落の背景とムン政権の今後を展望します。
担当は出石 直(いでいし・ただし)解説委員です。
Q1、こちらが最近の支持率の推移ですね。
A1、ご覧のようにことしの5月初めには71%と高い支持を得ていました。新型コロナウイルスへの対応が評価されていたためです。新規感染者の数もこの頃は1日に数人程度にまで抑えられていました。ところがその後はじりじりと下がり続け、今月に入って39%と就任以降初めて40%を割り込みました。その後も38%、40%と支持が低迷しています。最新の調査では「支持しない」と答えた人が52%と半数を超えています。
ムン大統領はこれまで若者層に強く支持されていたのですが、最新の調査では、18歳から29歳までの層でも「支持しない」と答えた人が49%で「支持する」と答えた人(37%)を大きく上回る結果となっています。
支持政党別に見ましても、政権与党の「共に民主党」を支持している人で「支持する」と答えた人は77%に留まっていて、17%は「支持しない」と答えています。
岩盤支持層と言われる層での支持離れが進んでいることがうかがえます。
Q2、どうしてそんなに支持率が下がってきているのですか?
A2、韓国の大統領は1期5年限りで再選はありませんので、任期の後半になりますと世間の関心は次の大統領候補に移っていきます。歴代の政権も折り返し点を過ぎたあたりから、だんだんと支持率が下がっていく傾向にありました。とは言いましても、支持率が40%を割り込むというのは危険水域に入ってきたと言えます。
理由はいくつか考えられますが、最近の政権運営を見ていますと、大統領に「油断」と「慢心=おごり」があったのではないか、それが支持率急落につながっているのではないかと思えてなりません。
Q3、「油断」と「慢心」ですか?
A3、「油断」という点では、新型コロナ対策です。ムン政権は、ドライブスルー方式PCR検査や感染ルートの徹底した追跡によって、春の第1波を抑え込むことに成功しました。ムン大統領は「韓国の感染症対策は世界の模範だ」として成果を強調していました。ところが冬の到来とともに第3波が押し寄せ、一日の新規感染者が1000人を超える日も出ています。さらに諸外国に較べてワクチンの確保が遅れているとの批判も高まっています。
Q4、春の成功体験が、油断を生んでしまったのですね。
A4、その通りです。韓国政府は飲食店の営業時間を午後9時までとしたり、5人以上の集まりを制限したりするなど規制を強化しています。
世論調査は、感染拡大に歯止めがかからない中で54%と半数を超える人が、今後1年の景気の見通しについて「悪くなる」と答えています。
こうした先行きへの不安に加えて、このところのムン政権の強引とも言える政権運営にも批判が高まっています。検察改革をめぐるムン政権と検察当局の対立です。
ムン大統領の下で検察改革を担ってきたのがチョ・グク前法相とその後任のチュ・ミエ法相です。
この2人の疑惑を捜査していた検察のトップユン・ソギョル検事総長が、先週、停職2か月の懲戒処分を受けました。職権を乱用したことや政治的な中立を守らなかったことなどが理由とされています。検事総長への懲戒処分は韓国の憲政史上初めてのことで、ユン検事総長は憲法違反だとして裁判で争う構えです。この問題がここまでこじれてしまったのは、ムン大統領に「慢心=おごり」があったからではないでしょうか。
Q5、なぜ政権と検察当局がそこまで対立しているのですか?
A5、「韓国の検察は力が強すぎる。その強い権力を背景に政治を動かそうとしている」というのがムン大統領の考えです。確かに韓国では大統領経験者や閣僚までもが逮捕・起訴されるなど検察が巨大な権力を持ち、政界にも強い影響力をもっています。ムン大統領はこうした検察の存在を「政治検察」と呼び、権力を分散すべきだと主張していました。そしてこれまで検察庁が担ってきた大統領や閣僚など政府高官の不正を捜査する新たな機関を設立するなど、検察の捜査権を分散させる改革を進めています。
Q6、検察が力を持ちすぎているので、その力を分散しようというのですね。
A6、その通りです。これに対してこれまで数々の権力犯罪を手掛けてきた検察側は、こうした改革は、捜査への政治介入だと強く反発しているのです。
検察改革自体は支持する声もあるのですが、大統領自らが任命した検事総長を停職処分にするなど、いささか強引とも言えるやり方が批判を呼んでいるのです。ムン大統領が検察改革にこだわる背景には、盟友だったノ・ムヒョン元大統領が退任した後、検察の捜査を受けて自殺に追い込まれたことに対する個人的な恨みもあるのではないかという指摘もあります。
Q7、新型コロナの感染拡大や、強引な検察改革が、支持率の低下につながっているというわけですね。
A7、加えて、高騰を続ける不動産価格も支持離れの大きな要因となっています。ソウルではマンションの平均価格が日本円で1億円にのぼっています。庶民には到底手の届かない金額で、有効な手立てを打ち出せない政権への不満が溜まっています。さらにムン大統領が就任以来熱心に取り組んできた北朝鮮との融和が行き詰っていることもマイナス要素となっています。
Q8、支持率を回復するために、ムン政権が日本に対して厳しい態度に出てくるという心配はないのでしょうか?
A8、そこも心配されるところです。確かに日本に厳しく出て一時的に支持率があがったという前例はあります。ただ日本との関係がさらに悪化すれば観光業など経済界からの反発も予想されます。
むしろ政権が気にしているのは国内政治だと思います。
来年の4月には次の大統領選挙の前哨戦となるソウルとプサンの市長選挙が行われます。この2つの選挙で敗北すれば、大統領の求心力はさらに弱まるでしょう。歴代の大統領のように、退任後に逮捕されるなど悲惨な末路を辿るのか、それとも次の政権に影響力を残したまま残る任期をまっとうするのか、ムン政権は今まさに正念場を迎えているのだと思います。
(出石 直 解説委員)
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