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旧ソ連不安定化と米政権交代 プーチン大統領の悩み

安間 英夫  解説委員

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旧ソビエトのベラルーシ。
ことし8月の大統領選挙で不正が行われたとしてルカシェンコ大統領の辞任を求める抗議行動が4か月以上、続いています。
9月にはアルメニアとアゼルバイジャンが係争地ナゴルノカラバフを巡り、衝突。
戦闘で双方あわせて5600人を超える死者がでました。
さらに、中央アジアのキルギスでは10月、議会選挙をめぐり混乱。
大統領が一時辞任を表明し、その後 撤回しました。

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これら旧ソビエトの国々をロシアの勢力圏と位置づけるプーチン大統領。地域の不安定化に危機感を示しました。
旧ソビエトで続く政情不安の背景に何があるのか、読み解きます。

Q1)ことし1年、旧ソビエトの国々で国家の枠組みが揺らぐような事態が相次ぎました。
この不安定化の要因、どんなことが考えられるのでしょうか。

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A1)
①選挙や統治のあり方の問題、そして②係争地をめぐる対立の再燃、といったことが指摘できると思います。
まず、選挙や統治のあり方が問題となったのが、ベラルーシです。
ことし8月に行われた大統領選挙で、現職のルカシェンコ大統領が勝利したとする選挙結果に抗議する大規模なデモが起き、4か月たった今も続いています。
旧ソビエトでは、過去にもジョージア(2003年)、ウクライナ(2004年)、キルギス(2005年)で抗議行動の末、政権が交代しました。
ソビエト時代にも選挙がありましたが、事実上権力側が推薦した候補を追認するかたちでした。
各国程度の差はありますが、こうした選挙や投票の考え方や実態は残されています。
投開票の不正があからさまに行われたこと、上が主導する形だけの民主主義、権威主義的な政治システムに対して抗議の声が高まったという共通点があると思います。

Q2)次の、“係争地をめぐる対立の再燃”、というのは、アルメニアとアゼルバイジャンの衝突のことですね?

A2)
9月から11月にかけて、係争地ナゴルノカラバフをめぐって大規模な戦闘となりました。
過去の事例として、2008年には、ジョージア国内で独立を宣言していた紛争地をめぐって、ジョージアとロシアの間で戦闘になりました。
今回のナゴルノカラバフも、アゼルバイジャン国内でアルメニア系の住民が独立国家の樹立を宣言していた紛争地です。国際的には承認されていないので「未承認国家」と呼ばれています。
つまりソビエト崩壊後も解決されていない紛争地「未承認国家」の問題が共通点で、凍結されていた対立の火種が再燃したというわけです。

さらにもうひとつ触れたいと思います。
▼中央アジアのキルギスでは10月、議会選挙をめぐる混乱で野党勢力が政府庁舎を占拠。
大統領が一時辞任を表明したあと撤回。議会選挙をやり直すことになりました。
キルギスでは2005年、2010年にも、抗議行動による混乱で大統領が国外に亡命しました。
キルギスはほかの国と比べると民主的と言われますが、国の北部と南部の地域対立、派閥政治が根強く残り、主に南部には民族問題もくすぶっています。
権力基盤がぜい弱で、対立が起きると混乱に発展しやすい土壌があります。

過去にもあったこれらの事例を見てみますと、ソビエト崩壊後も先送りされてきた懸案や問題点が背景、根底にあること、それらが新型コロナウイルスの感染拡大によって社会や経済が疲弊するなかで、より先鋭化したと思えるのです。

Q3)こうした一連の事態は、旧ソビエトの核となるロシアにとっては、頭の痛い問題ですね。

A3)
プーチン大統領にとって、この地域で10年以上前に起きた好ましくない事態が、ことしまとめて降りかかることになったと言えます。
プーチン大統領は今月「問題がなかったとは言えない。全体として不安定だった」と述べ、危機感を示しました。
ロシアは周辺国を、国防上重要な緩衝地帯、特別な権益を持つ「勢力圏」と位置づけ、安定性を確保することを目指してきました。
しかし、それはソビエト時代から次第に縮小を迫られています。

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こちらをご覧ください。
①ソビエト時代は旧東ヨーロッパの衛星国を含めた地域が勢力圏で、西側の軍事同盟NATOと対じしてきました。
②1991年のソビエト崩壊で連邦は分かれ、12か国でCIS=独立国家共同体ができました。

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このあと2004年までに旧東ヨーロッパ、ソビエトに加盟していたバルト3国もNATOに加盟。NATOが東に拡大してきました。
さらに
③CISの求心力が低下し、ロシアとの対立でジョージア、ウクライナが脱退。
地政学的に後退を迫られてきたという経緯があります。

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さらにことし11月には、ヨーロッパに隣接するモルドバで、親ロシア派の現職から親ヨーロッパ派=EU加盟を目指す政策を掲げた前の首相に大統領が交代することになりました。
 
プーチン大統領は、かつて経済などの結びつきを強め、旧ソビエト版のEUとも言える構想に力を入れた時期もありました。
しかし、こうしたプーチン大統領の考えた理想・仮想と現実は異なり、ことし不安定な事態が相次いだことで対処を迫られ、悩ましさが深まっているというのが実情です。

Q4)このように勢力圏が揺らぐなかで、気になるのがアメリカの動きですね。バイデン新政権の誕生はロシアにとってどのような意味を持つのでしょうか。

A4)
きのうになってプーチン大統領はようやくバイデン次期大統領に祝電を送りましたが、両国の関係が悪化することは避けられず、悩ましいことがさらに重なるのではないでしょうか。
確かにバイデン次期政権とプーチン大統領は、来年2月に期限が切れる核軍縮をめぐる新START条約を延長させる方向で、今のところ核大国どうし勢力の均衡をはかっていく立場では一致しています。
しかし、トランプ大統領がロシアやプーチン大統領に対して比較的好意的な姿勢を示してきたことに対して、バイデン次期政権は厳しい姿勢をとり、ロシアの封じ込め政策をとっていく可能性もあります。

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国務長官候補に指名されたブリンケン氏は、かつて「プーチン大統領の力を測る基準は、ロシアが地政学的に影響力を及ぼせる範囲の大きさだ。ロシアを孤立させれば、その自信を弱めることができる」と述べています。

Q5)具体的にはどの点で対立するとみられますか。

A5)
一番あつれきが予想されるのが、ロシアや旧ソビエトの民主化をめぐる問題です。
民主党政権は歴代、ロシアや旧ソビエトの自由や民主主義のあり方を批判し、民主化の問題に関与してきました。
バイデン氏自身も選挙期間中に「プーチンの権威主義に立ち向かう」と述べています。
プーチン大統領は、自らの今の任期である2024年に向けて、権力基盤や体制の維持に神経をとがらせていますが、残り4年はバイデン次期政権とそっくり重なります。

Q6)プーチン大統領としては警戒が高まりますね。

Q6)
バイデン次期政権がどこまで本気でプーチン大統領の権威主義に立ち向かい、ロシア・旧ソビエトの内政に絡んでくるかが焦点です。
もしプーチン大統領が自らの体制の危機を感じることになれば、2014年のウクライナ危機・クリミア併合のような、あるいはそれ以上の決定的な対立、深刻な事態に発展し、国際政治にとってふたたび大きな衝撃を与えることも排除できません。
この地域とロシアの情勢、アメリカのバイデン次期政権がどう対処するのか、ひきつづき注目して見ていかなければならないと思います。

(安間 英夫 解説委員)

 


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