アメリカ大統領選挙で勝利を宣言したバイデン前副大統領は先週、財務長官にイエレン前・FRB議長を指名するなど、自らの「経済チーム」の布陣を発表しました。
コロナ危機が今も続く中、アメリカ経済をたてなおせるかどうかは、日本をはじめ世界経済全体にも大きな影響を与えるだけに、バイデン政権の人事に、注目が集まっています。
その狙いと課題について、櫻井解説委員に聞きます。
Q 櫻井さんは、2008年のオバマ政権発足時にワシントンで取材にあたっていました。その時と、今回と、政権移行チームのメンバーが共通しているところが多いそうですね。
A とても、似ています。当時はリーマンショック、100年に一度の世界的な金融危機の直後で、どうやってアメリカ経済を再生していくかが大きなテーマでした。
今回の顔ぶれはコロナ危機を受けて、その時に仕事をしていたメンバーが評価され、重要ポストに起用されようとしているといえます。
▼まず、次の財務長官に指名されたジャネット・イエレンさん。もともとは経済学者ですが、リーマンショックのときはサンフランシスコ連銀の総裁として危機の収束に力を尽くしていました。議会で承認されればアメリカで初めての女性の財務長官となります。
▼次に、CEA・大統領経済諮問委員会の委員長には、プリンストン大学で教鞭をとるセシリア・ラウズさん。労働経済学を専門とし、オバマ政権のもと、CEAの委員をつとめました。
▼また、当時のバイデン副大統領に、アドバイザー兼チーフエコノミストとして仕えたジャレッド・バーンスタインさんもCEAの委員の一人に指名されました。ホワイトハウスでの経験に加えて、労働省での勤務経験があり、特に左派からの支持が高い人です。私もオバマ政権発足当時に、ご自宅に伺って経済政策の見通しについてお話を伺ったことがあります。
Q ワシントン中枢での勤務経験があり、明日にも仕事を始められそうな人たち、との印象を受けますね。
A はい。経済チームにとどまらない特徴かもしれませんが、「即戦力」がキーワードになっていると思います。
2008年のリーマンショックと今回をくらべますと、リーマンショックのときは、失業率が10パーセントを超え、信用不安の連鎖から大手金融機関、それにアメリカ3大自動車メーカーのうち、ゼネラル・モーターズとクライスラーの2社が破綻するなど、深い爪痕を残しました。
今回のコロナショックはその時の教訓を活かして、大規模な財政出動や積極的な金融緩和がすぐさま行われたおかげで、失業率はひととき14パーセント以上まで悪化したのが、なんとか6.7パーセントにまで改善はしてきました。ただコロナ危機前とくらべると、依然として、2倍近い高さですし、新型コロナウィルスそのものが収束しない中、失業保険の拡充や家賃の支払い猶予といった特別措置が今月いっぱいで期限切れになることから待ったなしの経済政策が必要になる局面が続きそうです。
その点、イエレンさんはFRB議長として過去に議会の承認を受けていて、そのキャスティングボードを握る共和党の議員たちからも、バイデン氏の勝利の要因の一つとなった、左派の人たちのいずれからも支持されています。「政治的空白」が許されない中では、適任だといわれています。
Q FRB議長としての実績はどうだったんでしょうか?
A はい。一般的にはハト派、つまり景気を支える政策を重視する人だとみられているようですが、実際には、在任中に5回の利上げ、つまり景気を引き締める政策も行っています。メリハリのきいた金融政策、つまり景気が悪いときは大胆に金融緩和をし、景気が上向けば金利を上げて引き締めをはかる、という、当たり前のようでいて実行するのが難しいことを達成した、と専門家は分析しています。
新型コロナウィルスの感染拡大を受けてアメリカが思いきった利下げを行なうことができたのも、イエレンさんがリーマンショックのときに導入されたゼロ金利政策を解除し、利上げをきちんとしておいたことが大きかったといわれています。
それなのに、トランプ大統領に、再任されず1期4年で終わったという因縁があり、イエレンさん本人もFRB議長経験者にしては珍しく、ワシントンでの仕事に意欲に燃やしている印象があります。
Q 財務長官に就任すれば、政権交代に伴った「返り咲き」に近い側面もあるわけですね。
A はい。そして、今回の人選には「3つの狙い」があると思います。
一つ目は、バイデン氏自身の関心が高い「格差是正」の推進です。
イエレンさんはFRBの議長をつとめていたときに、パートタイマーや長期失業者が増えていることに注目し、実際には働きたいと考えているのに仕事が見つからない人たちが、見かけの数字よりも多いことを指摘して、金融政策を決める上での重要な材料としていました。ラウズさん、バーンスタインさんも労働経済学に造詣が深い人たちです。こうした専門性を活かして、12年前のリーマンショックの時以上に拡大している経済格差の是正につながる対策を打ち出し、バイデン氏勝利の原動力となった人々の不満や不安を払拭できるかが注目されます。法人税・それに富裕層を中心とした所得税の増税、それに社会保障を手厚くするための施策を打ち出してくると予想され、議会との調整が注目されます。
Q 2つ目の狙いはなんでしょうか。
A 今、アメリカだけでなく、世界的にも注目を集めている「グリーンエコノミー」の推進です。
イエレンさんはことし秋に、イングランド銀行の総裁をつとめたマーク・カーニー氏とともに、「気候変動の問題を経済対策の観点からどう解決していくか」という研究リポートを発表しています。炭素税の導入にも賛成する姿勢を示しています。電気自動車や再生エネルギーの普及の推進する企業への支援といった政策に加えて、消費・生産の両面から石油大国であるこれまでのアメリカでは考えられなかった政策を提言してくるか、も注目です。
ちなみにこうした動きについては、日本の企業関係者も大きな関心を寄せています。
Q どういうことですか?
A 「グリーンリカバリー」を前面に打ちだしているヨーロッパとアメリカが組んで、環境技術や関連する世界標準を握っていくのではないか。
バイデン政権による温暖化防止の枠組みである「パリ協定」への復帰が期待される一方、環境技術の開発や規格づくりで日本抜きに欧米だけが主導権を握ってしまうようなことにならないように、という警戒感も出ています。
Q 環境対策を巡る世界的な主導権争いという点からも目が離せませんね。
そして、三つ目の狙いはなんでしょう?
A はい、今は表面化していませんが、「次の金融危機が起きてしまった場合への対応」という側面もあるのではないでしょうか。
ニューヨーク平均株価は3万ドルを突破し、ワクチンへの期待などもあるとはいえ、コロナで苦しむ実体経済とは大きくかい離していることは間違いないと思います。
コロナ対応で実施された財政出動と金融緩和によって市場に溢れている投資マネーが、巨大資産運用会社やヘッジファンドなどに流れ込んだ結果、実態以上の株高を招き、その歪みがやがて、新たな危機を招くことになるのではないか。このように警告している専門家たちもいます。
リーマンショックの収拾におわれたイエレンさんたちが、こうした危機を、金融規制の強化などを通じて、未然に防ぐ。あるいは危機が起きた場合にも速やかに対応してくれることも、期待されているのではないかとみられます。課題山積みのアメリカ経済ですが、バイデン経済チームの手腕に、注目していきたいと思います。
(櫻井 玲子 解説委員)
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