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対決姿勢強めるアメリカ~米中対立の行方

津屋 尚  解説委員

特集ワールドアイズ。双方の在外公館が閉鎖されるなど新たな局面に入っているアメリカと中国の対立についてです。安全保障担当の津屋解説委員です。

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Q:津屋さん、アメリカは中国に対して強硬な姿勢を一層強めていますね。

A:トランプ政権は、中国に対してこれまでも強い態度を示してきましたが、ここに来てもう一段ギアを上げてきました。
こちらの一覧は、今月に入ってアメリカが打ち出した対中政策。どれも異例ともいえるなかみです。

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▽「南シナ海の領有権問題は当事者同士で解決すべき」というのがアメリカの基本姿勢ですが、一歩踏み込んで「中国の主張は完全に違法だ」とする声明を出しました。▽南シナ海ではさらに、空母2隻が参加する大規模演習が2度にわたって行われました。▽在ニューストン中国総領事館の閉鎖命令も出され、さらに▽国土安全保障省には、中国に対応する特別チームも発足しました。
アメリカが異例の対中強硬策を次々と打ち出している背景には、新型コロナの影響でアメリカの抑止力が弱まった間隙を突いて中国がコロナ後の世界をも念頭に、軍事と外交などの面で攻勢を強めていることや、香港で市民の自由への抑圧が強まっていることなどがあります。また、このまま中国の台頭が続けば、中国に覇権を奪われかねないという強い危機感をアメリカは抱いています。

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 その危機感を如実に表したのが、23日にポンペイオ国務長官が行った「共産主義・中国と自由世界の未来」と題する演説です。

【ポンペイオ国務長官の発言】
「習近平主席は破綻した全体主義思想の信奉者だ!長年の野望は中国共産主義による世界覇権の掌握だ」。

Q:非常に強い批判ですね。

A:はい。極めて直接的な表現で、中国がいかに世界を欺いてきたか、中国共産主義が自由世界にとって脅威かを強調しています。
 主張しているポイントを3つあげてみました。
①「世界覇権の掌握が中国の野望」
②「過去の対中政策は失敗」
③「新たな同盟の構築を」

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一つ目ですが、ポンペイオ国務長官は、「習近平氏の長年の野望は中国共産党が世界の覇権を握ることにある」と警告しています。そして、「自由主義世界は、新たな独裁者に勝利しなければならない」と述べています。

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中国はかつて、自分たちは平和的な発展をとげ、決して世界の脅威にはならないと説明してきたし、今も説明していますが、建国百年となる2049年までに軍事、政治、経済あらゆる面でアメリカを凌駕して世界の覇権を握るという長期目標を持っていると中国に詳しい専門家は指摘しています。ポンペイオ氏の演説もこの見方を意識した発言だと思います。

Q:2つ目の「過去の対中政策は失敗」とはどういうことでしょう?

A:ひと言でいえば、アメリカは長年、中国にまんまとだまされてきたということでしょう。「経済発展すれば中国は民主化する」とアメリカの歴代政権は考えてきたが、それは幻想だったと言っているのです。

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かつてニクソン大統領が国交正常化の道筋をつけて以来、アメリカは中国に対して、巨額の資金や技術の提供など様々な支援を行ってきました。時には、武器の提供も行われたこともあったといいます。中国への支援は、あの天安門事件を経ても変わることなく続きました。そうしたアメリカの手厚い支援の結果、中国では経済発展は実現したけれど、民主化は一向に進まず、今もウイグルなどでみられるように人権抑圧も起きています。それだけではなく、中国は、いわば恩人のアメリカから最先端技術を盗み取り、今もサイバー攻撃やスパイ活動によって知的財産を盗み出されているとアメリカは考えているのです。そして、軍拡に邁進した中国の軍事力は今や、アメリカに大きな脅威を与えるまでになっています。
東西冷戦でソビエトと対峙したレーガン大統領は「信頼せよ、されど確かめよ」という有名な言葉を残しましたが、ポンペイオ長官はこの言葉になぞらえて、中国に対しては、「信頼するな、そして確かめよ」と述べました。

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中国に対しては「言葉」ではなく、その「行動」によって判断すべきだと主張しているのです。

Q:3つ目のポイントは「新たな同盟構築の呼びかけ」ですね。

A:ポンペイオ長官は、中国との競争を、自由主義と独裁主義と争いと位置づけています。そして次のように述べて警告ました。
「自由主義世界が変わらなければ中国が我々を変えてしまうだろう」

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ポンペイオ長官は、自由主義世界が新たな同盟を組んで中国に対抗すべきだ と呼びかけています。その際、軍事力だけでなく、外交や経済なども結集していくと説明しています。イギリスやオーストラリアのように中国により厳しい対応に出始めている国もありますが、トランプ政権自身、国際協調に背を向けるような言動が目立つだけに、国際社会からどの程度支持が得られるのかが課題です。

Q:ところで津屋さん、南シナ海では新たに中国軍による実弾を使った軍事訓練が行われたとのことですが、米中の緊張がさらに高まりそうですね。

A:初めに指摘したようにアメリカも2隻の原子力空母が参加する異例の大規模演習を今月2度にわたって行っていますし、緊張は高まっています。米中双方とも、武力行使の意図はないとしても、 同じ南シナ海に大規模な軍事力が展開してけん制し合うことで意図せぬ衝突が起きるリスクも否定できません。
 南シナ海は、世界貿易を支える海上交通の要衝ですが、中国による実効支配がどんどん進んでいます。例えば、ファイアリークロス礁の人工島では、滑走路や港湾施設に加え、レーダーや対空砲なども確認され、「軍事要塞化」がほぼ完成したとも言われています。

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南シナ海では去年、空母を撃沈するとされる「対艦弾道ミサイル」の発射実験が行われました。有事の際、アメリカ軍の切り札ともいえる空母が海域に近づけない事態も想定され、アメリカはさらに危機感を強めています。

Q:今後、米中の対立はどうなっていくと考えますか?

A:中国はいま、南シナ海だけでなく、尖閣諸島のある東シナ海、台湾の周辺や、太平洋などでも海洋進出を活発化させるとともに、軍事力と経済力を背景に、各地で影響力を拡大する動きも見せています。

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中国は「実力を隠して力を蓄える」という慎重な道を歩んでいた時代もありましたが、いまの習近平政権は、力を背景に露骨な強硬姿勢が目立つようになっています。一方のアメリカも、中国脅威論はトランプ大統領の選挙対策というだけではなく、党派を超えて共通の認識になっています。米中の対立は今後も、先鋭化した状況が続くと考えざるをえません。
 アメリカは日本の役割にも期待を表明していますが、対立の激化は好ましいことではありません。日本は自由主義社会の一員としてどのように関与していくのか、慎重に検討すべき課題です。

(津屋 尚 解説委員)


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