NHK 解説委員室

これまでの解説記事

冷戦から新冷戦へ 朝鮮戦争から70年

出石 直  解説委員

1950年の6月25日、北朝鮮軍が韓国に侵攻、朝鮮戦争が始まりました。同じ民族どうしが敵味方に分かれて死闘を繰り広げたこの戦争では、およそ300万人が犠牲になったとされています。朝鮮戦争が始まってあす(25日)で70年。アメリカとソビエトが激しく対立する冷戦下で起きた朝鮮戦争の今日的な意味を考えます。

i200624_01.jpg

ここからは出石 直(いでいし・ただし)解説委員とともにお伝えします。

Q1、先週、軍事境界線の近くにある南北共同連絡事務所が北朝鮮によって爆破されました。
朝鮮半島情勢が再び緊迫化してきていますね。

A1、またきな臭くなってきたように思います。爆破された南北共同連絡事務所は南北の融和を象徴する施設でした。新型コロナウイルスの影響で事務所は閉鎖されていて誰もいなかったのですが、建物が破壊されたことよりも、このところ続いていた融和ムードが完全に吹き飛んでしまったことの方が大きいと思います。

Q2、韓国と北朝鮮は、対話と対立を繰り返しているように思えるのですが。

A2、その通りです。その対立の根っこにあるのが朝鮮戦争です。この戦争によって南北の分断が固定化し、今に至るまで緊張状態が続いているのです。

ここで朝鮮戦争とはどんな戦争だったのか簡単に振り返ってみたいと思います。

第2次世界大戦の後、朝鮮半島にはアメリカを後ろ盾とする大韓民国とソビエトの後ろ盾とする朝鮮民主主義人民共和国という2つの国が誕生します。
1950年の6月25日、10万の北朝鮮軍が突然38度線を越えて韓国に侵攻、朝鮮戦争が始まりました。ソビエトから最新鋭の兵器の提供を受けていた北朝鮮軍は、開戦からわずか3日でソウルを陥落させ韓国全土を制圧する勢いでした。
プサンに追い込まれた韓国軍を救ったのは、マッカーサー元帥率いるアメリカ軍を中心に編成された国連軍でした。インチョン上陸作戦の成功で戦況は一気に逆転、2週間足らずでソウルを奪還し38度線を越えて北朝鮮側に攻め込みます。
これに対して今度は26万の中国義勇軍が鴨緑江を越えて参戦、国連軍を押し返して、戦況は38度線を挟んで膠着状態となりました。同じ民族どうしが血みどろの戦いを繰り広げた朝鮮戦争は、開戦から3年後の1953年7月に休戦協定が結ばれ戦闘行為は停止されました。休戦協定に基づいて軍事境界線と非武装地帯が設けられ、開戦から70年経った今も南北の分断状態が続いています。

Q3、戦闘は停止されたものの、今も休戦の状態が続いているということですね。

A3、その通りです。あくまで戦闘行為を停止しているだけで国際法上は今も戦争が続いていることになります。朝鮮戦争は、韓国と北朝鮮の間だけの戦争ではありませんでした。
アメリカは国連軍という形で参戦し、ソビエトは北朝鮮に兵器を提供、中国は義勇軍という形で戦闘に参加しました。東西冷戦の最中に起きた朝鮮戦争は、米ソの代理戦争でもあったのです。冷戦は1989年に終結しソビエト連邦も1991年に崩壊しましたが、朝鮮戦争は終わらなかったのです。

Q4、ピョンチャンでの冬季オリンピックには北朝鮮が選手団を派遣しましたし、その後、南北首脳会談、米朝首脳会談も実現しました。一時は、融和ムードが広がったようにも思えたのですが。

A4、2018年から19年にかけては、北朝鮮が積極外交に出て対話が一気に進んだように見えました。18年4月にパンムンジョムで行われた南北首脳会談では、▽年内に朝鮮戦争の終戦を宣言する、▽休戦協定を平和協定に転換して恒久的な平和体制を構築する、ことなどで双方が合意しました。今回爆破された南北共同連絡事務所の設置もこの時の会談で決まったものです。

6月には、シンガポールで史上初めての米朝首脳会談が実現し、トランプ大統領とキム委員長によって「恒久的で安定的な平和体制の構築に向け協力する」とする共同声明が発表されました。

この2つの首脳会談、私はいずれも現地で取材しましたが、歴史的な瞬間に立ち会っているという興奮を感じたのを今でも覚えています。

Q5、ただこの後が続かなかったのですね。

A5、去年2月にハノイで行われた米朝首脳会談が非核化の進め方をめぐって物別れに
終わってしまいます。ただ、実はこの時、アメリカは口頭による終戦宣言を行う用意をしていたのです。

Q6、口頭による終戦宣言というのは?

A6、朝鮮戦争を完全に終結させるためには、戦争の当事者である韓国や中国も加えて平和協定を締結しなくてはなりません。これには議会の承認も必要で時間もかかります。そこで、とりあえず米朝の両首脳が口頭で「朝鮮戦争は終わった」と宣言してしまおうという計画だったのです。合意文の文案も用意されていたのですが、非核化の対象をめぐって両者の溝が埋まらず、この終戦宣言もお蔵入りになってしまいました。今振り返れば、この時がもっとも朝鮮戦争の終結に近づいた瞬間だったのかも知れません。ハノイでの物別れをきっかけに米朝協議は事実上ストップしてしまいます。

先月、韓国の脱北者団体がキム委員長を非難する宣伝ビラを飛ばしたことをきっかけに南北関係も急速に悪化してしまいました。北朝鮮は、あす(25日)の朝鮮戦争勃発70年に合わせて韓国に向けて宣伝ビラを撒くと報復を予告しています。

Q7、“雪解け”期間はあまりに短かったわけですが、この先の朝鮮半島情勢については、どのように見ていますか?

A7、いっそう先行きが見通せなくなってきたと思います。朝鮮戦争は、アメリカが率いる資本主義陣営とソビエトが率いる社会主義陣営の対立が背景にあったわけですが、今の国際情勢はこの時よりもさらに複雑になっているからです。

Q8、中国の台頭で「世界は新冷戦の時代に入った」という言われ方もしますね。

A8、アメリカと中国という2つの大国の対立が激しくなっています。ただ東西冷戦の時と比べますと、今のアメリカには当時ほどの求心力はありません。一方の中国も急激に力をつけてきているとはいえ、同盟国を結集して陣営を率いるほどの力はまだありません。
韓国の立ち位置も微妙です。安全保障面では同盟国のアメリカに多くを頼っていますが、同盟にあまり熱心ではないトランプ大統領は「いつまでも我々に頼るな」という態度です。

i200624_06.jpg

韓国としては経済面で中国との結びつきも欠かせません。今回、北朝鮮が共同連絡事務所を爆破するなど韓国に圧力をかけてきているのも「アメリカの顔色ばかり見るな」という韓国に対するメッセージなのだと思います。一方の北朝鮮はことしに入って盛んに“自主自立“”自力更生“という言葉を使っています。外部勢力の力を借りず自分達だけで難局を乗り切っていこうという姿勢を強調しているのです。
アメリカ、中国、韓国、北朝鮮。国際政治の力学が複雑に絡んでいる中で、では日本は朝鮮半島、東アジアの平和と安定にどう貢献していくのか、日本外交のあり方も問われていると思います。

(出石 直 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

出石 直  解説委員

こちらもオススメ!