(VTR)
「第二次世界大戦以来の試練」と言われる新型コロナウイルスの感染拡大。感染者・死者ともに世界最悪なのが超大国アメリカです。感染は、「アメリカの力の象徴」ともいわれる軍の現場部隊にも。アジアに展開中の空母で集団感染が発生、運用できない事態に陥っているのです。この機に乗じて、中国海軍は活動を活発化。同時に、感染に苦しむ国々への人道支援作戦も展開。影響力の拡大を狙っているとみられています。新型コロナの感染拡大が世界のパワーバランスにもたらす影響を考えます。
Q:世界中でウイルスとの戦いが続いていますが、この状況は「戦争」にもたとえられていますね?
A:ウイルスはこれまで何度も「戦争」に匹敵するほどのダメージを人類に与えてきました。例えば、100年前の第一次世界大戦中に感染が広がったいわゆる「スペイン風邪」は、数千万人とも言われる犠牲者を出し、大戦の戦死者数をも上回ったといわれています。ウイルスによって社会や経済が崩壊し世界秩序をも変えてしまいうる。政府は「戦争と同等」の切迫感を持って対処することが重要だと思います。
Q:戦う相手はウイルスという共通の敵。世界各国の協力が不可欠ですが、実際にはうまくいっていますか?
A:医療の情報交換など様々な協力が行われていますが、一部の国は、「コロナ後の世界」を見据え、有利な立場に立とうとしているのも現実です。顕著なのは、覇権争いを繰り広げてきた米中です。トランプ大統領は新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼んで中国を批判し、中国側も「ウイルスはアメリカ軍が武漢に持ち込んだ」と互いを批判しあっています。
感染の現状を見ると、中国政府が発表する数字などには疑問の声もあるものの、中国は最悪の事態からは脱したと考えられています。一方、アメリカは、中国をはるかに上回る感染者に苦しんでいます。その数は15日現在、50万人以上、死者は2万4000人を超え、世界最悪の状況です。ニューヨークでは医療崩壊が起き、犠牲者の数は911同時多発テロ事件をはるかに上回っています。
Q:大打撃を受けているアメリカですが、感染は米軍の現場の部隊にも広がっていますね。
A:特に注目すべきは、アメリカの軍事戦略上重要な空母で感染者が発生している点です。南シナ海に展開中だった原子力空母セオドア・ルーズベルトが先月初め、ベトナムに寄港した後で集団感染が発生。今はグアムに留め置かれていますが、感染者は500人を大きく超え、600人に近づいています。
この他にも、▽横須賀で整備中のロナルド・レーガンや、▽アメリカ西海岸の基地にいる空母ニミッツやカール・ビンソンの、あわせて4隻の空母で感染者が確認されています。いずれも、アジアや太平洋方面での任務が想定される空母ですから、今ただちに動けるアメリカの空母はアジアに一隻もいないという事態です。抑止力の低下は否めません。
Q:こうした中、中国はどのような動きを?
A:中国は、この機に乗じて様々な形で活動を活発化させています。
▽例えば、 米空母での感染が明らかになった先月末、中国海軍が南シナ海で大規模な軍事演習を行ったと発表しました。この中で「新型コロナの影響で米海軍の派遣能力は低下している」という専門家のコメントをわざわざ紹介しました。
▽さらに今月11日には、中国の空母「遼寧」の艦隊が沖縄本島と宮古島の間を抜けて太平洋に進出しました。中国海軍にもおそらく感染者はいると思われますが、中国政府としては、すでに自分たちはコロナ危機は脱し、海軍は通常通りの活動できるんだと世界にアピールしようとしているのだと思います。
▽この他にも、南シナ海で今月2日、中国海警局の船がベトナムの漁船と衝突して漁船が沈没する事件がありました。ベトナム政府は「中国側が体当たりしてきた」と非難しています。
▽さらに、日本の尖閣諸島周辺でも、中国海警局の船が絶え間なく現場に現れています。現場で対応を続ける日本の海上保安庁によれば、新型コロナの感染が広がる中でも中国側は手を緩めていない。むしろ攻勢が強まっています。
ここまで軍事面を中心に見てきましたが、中国は、「新型コロナ危機」に苦しむ国々に対する人道支援の動きも見せています。
Q:人道支援を通じて影響力を強めようとしているということですか?
A:その通りです。顕著な例がイタリアに対する支援です。
イタリアは感染者が爆発的に増え医療崩壊に陥りました。そうした中、仲間である筈のEU諸国は最初、イタリアへの支援に消極的でした。その時、手を差し伸べたのが中国とロシアでした。中国は、医療チームを派遣したり、人工呼吸器や防護服などを送ったりしました。
また、中国と関係を強めるロシアも、軍の輸送機で支援物資を届けた他、軍の生物兵器対処の防護部隊をイタリアの地方都市に派遣して除染の活動をしたのです。
支援物資が積まれたロシア軍の車両には「ロシアより愛をこめて」と書かれていたといいます。欧米は後になって大規模な支援を行いましたが、イタリアにとっては、「自分たちが一番困っていた時にEUの仲間は自分たちを見捨てたではないか。中国やロシアは救いの手を差し伸べてくれた」と感謝した人も多くいます。
別の見方をすれば、中国とロシアは、EU内の亀裂を巧みに利用して、イタリアに入り込んだ。そして、そこで行った人道的な貢献を世界に美談として情報発信して、宣伝しています。
Q:新型コロナのパンデミックで世界秩序が変わると考えますか?
A:経済力と軍事力で世界の先頭を走ってきたアメリカが、いま世界で最も大きなダメージを受けているわけですから、国際秩序が変わる可能性は否定できないでしょう。鍵になるのは、アメリカが最終的にどれくらいの痛手を受け、回復にどれだけの時間がかかるかだと思います。そして、もう一つ。もともと自国第一主義のトランプ政権は、この事態に及んでも、国際協調よりも自国の都合優先の姿勢が目立っています。例えば、先月末、テレビ会議で行われたG7の外相会議では、アメリカが「武漢ウイルス」という文言にこだわったため共同声明を出せませんでした。専門家の間では、アメリカは自ら世界のリーダー役を放棄しているという受け止めすらあります。
一方の中国。自らは「危機を脱した」と主張していますが、実際には様々なダメージを受けていますし、今後の状況次第では感染の第2波も否定できません。中国も経済がなかなか回復しなければ、習近平指導部に対する国民の不満が高まる可能性があります。
覇権の行方はまだ見通せませんが、現状では、強権的・権威主義的な国家である中国が有利な状況のように見えます。自由主義体制は大きな試練に直面していると言えるのではないでしょうか。
(津屋 尚 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら