NHK 解説委員室

これまでの解説記事

芸術の灯を消すな 各国の支援は?

出石 直  解説委員

新型コロナウイルスの感染は拡大の一途を辿り、その影響は音楽や演劇など文化・芸術の分野にも及んでいます。公演の中止などで深刻な影響を受けている人達に対し、各国政府も緊急支援に乗り出しています。文化・芸術への支援のあり方を考えます。

i200408_01.jpg

ここからは出石 直(いでいし・ただし)解説委員とともにお伝えします。

Q1、きのう政府から緊急事態宣言が出されました。コンサートやお芝居などの中止や延期がさらに長期化するのではないかという見方も出ていますね。

A1、公演を楽しみにしていた人達だけなく、公演を主催した側も莫大な損失を被ることになります。チケット代金の払い戻しに加えて準備にかかった費用、会場費の支払いなど主催者側にも多額の出費がのしかかってくるからです。

Q2、経済的な損失は大きいですね。

i200408_02.jpg

A2、エンターテインメント業界の市場調査などを行なっている「ぴあ総研」によりますと、国内で中止や延期になった、音楽コンサート、演劇、スポーツなどのイベントは先月23日現在で8万1000件、損失は1750億円にのぼっているといます。さらに今後5月末までに見込まれるキャンセルは15万3000件、損失は3300億円に達すると推計されています。これは年間の市場規模の4割近くに達する額だということです。キャンセルは日々増え続けていますし、この数字には、映画やレジャー施設などは含まれていません。実際の損害額はこれをはるかに上回ると予想されています。関係者は「9年前の東日本大震災の時をはるかに上回る」と口を揃えます。

Q3、ミュージシャンや俳優さんなどエンタテイメントで生計を立てている人達は本当に大変ですよね。

A3、その通りです。とりわけフリーランスの人達は深刻です。仕事と収入の両方をなくしてしまうという窮地に追い込まれています。

i200408_03.jpg

フリーランスの音楽家や音楽関係者およそ5000人が加入している労働組合「日本音楽家ユニオン」が行ったアンケート調査によりますと、
公演がキャンセルされたり延期されたりした影響で、
▼3月の収入は「半分から6割近く減った」と答えた人が17.5%ともっとも多く、100%つまり「収入がまったくなくなった」と答えた人も9.3%と1割近くいました。
▼6割近い人(58.6%)が「蓄えを取り崩して生活している」と答えています。

Q4、こうした事情は海外でも同じなのでしょうか?

Q4、世界有数のオペラハウスのひとつニューヨークのメトロポリタン歌劇場は、来月までの公演をすべてキャンセルすると発表しました。所属している合唱団、オーケストラ、舞台スタッフなどは3月いっぱいで給与の支払いが停止され全員一時解雇されました。
ニューヨークではブロードウェイのミュージカルも閉鎖されています。

i200408_04.jpg

アメリカの西海岸ポートランドに拠点を置くオレゴン交響楽団は、このままの状態が6月まで続けば損失は500万ドルにのぼり、125年の伝統を誇るオーケストラを解散せざるを得ないと、州知事に緊急支援を求めています。解散になればおよそ90人のメンバーと60人のスタッフが一度に職を失うことになります。ヨーロッパでも、オペラハウスが閉鎖されコンサートが軒並み中止になっています。

Q5、収入がなくなって職も失いかねない人達の生活を支えていくために、各国ではどのような支援策が取られているのでしょうか?

A5、各国の例をご紹介します。

i200408_05.jpg

アメリカ政府は失業保険の支給対象要件を緩和し、フリーランスにも最大で週600ドル(6万5000円)が支給されることになりました。また大統領直轄の「米国芸術基金」は、危機に瀕する非営利の文化機関に7500万ドル(81億円)の支援を行うことを決めています。
寄付文化が発達しているアメリカには、芸術家を支援するための基金を運営している公益慈善団体が数多くあるのですが、申請が殺到して受付を一時停止しているところも出ています。

Q6、ヨーロッパではどうなのでしょうか?

i200408_06.jpg

A6、イギリス政府からの助成金と宝くじからの資金を原資に文化芸術団体への支援を行っている「アーツカウンシルイングランド」という公共団体は、1億6000万ポンド(212億円)の支援策をまとめています。このうち2000万ポンド(26億円)は個人への支援に当てられ、ひとりあたり2500ポンド(33万円)までの助成金を支給するとしています。

もっとも手厚い措置を打ち出しているのがドイツです。

i200408_07.jpg

i200408_08.jpg

連邦政府で文化行政を担当するグリュッタース国務相は先月「文化は平穏な時にだけ享受される贅沢品ではありません。私は皆さんを見捨てるようなことはしません」とする緊急声明を発表しました。そして文化芸術に携わる人達のために総額500億ユーロ(6兆円)の支援を行うことを表明しました。フリーランスの人でも最大で9000ユーロ(105万円)の助成金を受けられます。

Q7、ドイツは手厚いですね。日本はどうなっているのですか?

A7、最大で20万円を無利子・無担保で貸し付ける緊急融資の受付が始まっています。さらに政府はきのう(7日)発表した緊急経済対策で、収入が減少し生活が困難になっている世帯に1世帯あたり30万円を支給することや、フリーランスを含む個人事業主に100万円を上限に給付することなどが盛り込まれました。しかし、こちらは補正予算が成立した後の措置となっています。欧米諸国に較べますと、金額もスピードも見劣りすると言わざるを得ません。

Q8、欧米で行われているような支援は難しいのでしょうか?

A8、日本の場合、イベントの中止はあくまで要請に基づく自粛、つまり最終的には公演をする側の判断に委ねられています。「生活を犠牲にして政府の要請に従っているだから、それに対する補償も政府が責任をもってして欲しい」というのが、文化・芸術に携わっている人達の切実な声なのですが、安倍総理大臣は「損失を税金で補償するのは難しい」とこれには難色を示しています。

しかし、このままでは生きていくために活動を再開せざるをえない人が出てこないとも限りません。エンターテインメント業界は年々市場規模を拡大してきた成長産業です。
文化・芸術が衰退することは経済的なマイナスでもあるのです。
それだけではありません。劇作家の平田オリザさんは次のように話しています。

(平田さんインタ)
「今回、若手の劇団員や音楽家達は表現の場を奪われてしまいました。状況が回復してきたときにできなかった人達の公演の場を作る救済策もあるのではないかと思います」

一度消えてしまった文化・芸術の灯を再び灯すことはきわめて困難です。
きょうは文化・芸術面に限ってお話ししましたが、要請を受けてお店を休まなければならない飲食店やスポーツジムなども同様です。こうした人達が仕事を休んでも安心して生活を送れるような環境を作ることこそが感染の拡大防止につながるのではないでしょうか。

(出石 直 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

出石 直  解説委員

こちらもオススメ!