【シリア停戦合意 ロシアの思惑は】
特集ワールドアイズです。
内戦が続くシリアでは、北西部でアサド政権と、反政府勢力を支援するトルコの間で戦闘が激化し、人道危機が深まりました。
打開策を探るため、先週、アサド政権の後ろ盾となっているロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領がモスクワで会談し、6時間におよぶ会談のあと、両首脳は6日から停戦を実施することで合意。シリアとトルコの全面的な戦闘に発展する事態はひとまず回避されました。
アサド政権を支援するプーチン大統領の狙いは何なのか、その思惑を読み解きます。
【シリア情勢 これまでの経緯】
シリアでは、アサド政権と反政府勢力の間で9年間にわたり、内戦が続いています。
アサド政権にはロシアが支援を行い、対する反政府勢力にはトルコが支援を行ってきました。
シリア北西部のイドリブ県とその周辺は反政府勢力にとって最後の拠点となっていて、アサド政権軍が攻勢を強めてきました。
これに対して、トルコは増援部隊を派遣し軍事拠点を設置しました。
そうしたなか、先月27日、トルコ軍の駐留部隊に対する空爆で兵士33人が死亡。
シリアとトルコの正規軍による大規模な軍事衝突発展するおそれが高まっていました。
【解説】
Q1)先週、ロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領が会談し、停戦で合意しました。
両者が合意にいたったのにはどんな背景があるのでしょうか。
A1)事態をこれ以上エスカレートさせるのは得策でないという判断で双方が一致したことが要因だと思います。
会談は6時間におよび、プーチン大統領は会談後の記者発表で、「シリア情勢についてトルコの立場に常に同意できるわけではない。それでも一致点を見いだし受け入れ可能な解決策を導いてきた」と述べ、双方に立場の違いがあることを認めたうえで、首脳同士で解決策を探った結果だと指摘しました。
プーチン大統領にしてみれば、今後、NATO加盟国であるトルコと直接戦火を交えることになれば、欧米などを含むNATOと全面対決することにつながりかねません。
一方、トルコにとっては、シリアだけでなく、ロシア軍とも対戦するおそれがあること、緊張を緩和しないと、100万人とも言われる避難民がトルコに流入するおそれがあり、いっそう重荷となることが背景にあります。
実はロシアとトルコの間では、一触即発の事態まで対立が先鋭化した時があります。
2015年には、トルコ国境付近を飛んでいたロシア軍機をトルコ軍が撃墜しました。
このときプーチン大統領が激怒して経済制裁に踏みきり、両国の関係は最悪の状態となりました。
2016年には、トルコに駐在するロシア大使が、ロシアの軍事介入に反対する
トルコの現役警察官によって殺害された事件がありました。
しかし、トルコ側が謝罪したことで関係修復に向かい、
▼シリアの内戦の方向付けを欧米ではなく両国で主導的な役割を担っていくこと、
▼シリアでの勢力範囲を決めることなどで利害調整を図ってきました。
プーチン大統領にとって、シリアの隣国トルコを排除するより可能な範囲で協力したほうが得策という現実的な計算が働いているとみられます。
Q2)アサド政権に肩入れするロシアの狙いはどこにあるのでしょうか。
A2)大きく3つの要因があると思います。
▼1つ目は、欧米などからの体制転換の動きを阻止すること。
これには、プーチン大統領の“革命”や外国からの内政干渉に対する過剰なまでの警戒心があります。
プーチン大統領は、2000年代前半、旧ソビエトのグルジア、ウクライナなどで起きたカラー革命と呼ばれる一連の政権交代は、欧米諸国がNGOなどを通じて体制転換を狙ったものではないかという強い疑念を持ってきました。
イラク戦争やアラブの春、リビアについても欧米の内政干渉の結果と受け止めていて、伝統的な友好国シリアではそれに歯止めをかけたい。
こうした動きはいずれ自国ロシアに波及し、自らが築いた体制が揺らいでしまうのではないかという危機感を持っていることが根底にあります。
ロシアもシリアに軍事介入していますが、正当な政権から要請を受けたものだとして、欧米などと違って国際法に違反しないという立場を主張してきました。
▼2つ目は対テロ戦争としてです。
シリアには、ロシアをはじめ旧ソビエトの中央アジアなどからISの戦闘員として参加した人たちが少なからずいたことから、帰還すると脅威となります。
ロシアもかつてイスラム過激派による内戦やテロに苦しみ、再び浸透することを防ぎたいという思惑があります。
▼3つ目として、シリアには地中海にロシア海軍の基地があり、中東の足場としてロシアの権益を維持したいという思惑もあります。
Q3)停戦はうまくいくのでしょうか。
A3)そこが大きな課題です。
合意では、アサド政権側と反政府勢力側の勢力範囲の間に緩衝地帯を設け、
今月15日からロシアとトルコが合同でパトロールをすることになり、これが
事実上の停戦ラインという位置づけとなります。
しかし、アサド政権が反政府勢力の支配地域の奪還を断念するかどうか、
また停戦合意はこれまでも繰り返し破られ、戦闘が再燃していることから維持できるかどうかは不透明です。
アサド政権とロシアは、反政府勢力の中には国連などからテロ組織に指定されている過激派グループが含まれていることから、こうしたグループとの戦いは続けるとしています。
一方、エルドアン大統領も記者発表のなかで、「アサド政権側から攻撃があった場合、報復する権利を留保する」と述べ、反撃する可能性を指摘しました。
依然、根本的な対立や立場の違いが解消されたわけではないのです。
Q4)シリアをめぐっては、去年、アメリカのトランプ大統領が突然、シリアからの軍の撤退を表明しました。
プーチン大統領は、アメリカの動きというのも意識しているのでしょうか。
A4)
確かにこの地域で利害調整を図ってきたアメリカの姿勢の変化が、ロシアが関与を強める大きな理由となっています。
トランプ大統領はことし1月、アメリカがシェールオイルの採掘によってエネルギー面で自立を達成したとして、「中東の石油は必要ではない」と述べました。
この発言ほど、アメリカの中東への関心や優先順位の低下を示すものはありません。
ロシアはこの隙間を埋めるように、この地域で外交的な存在感を強めようとしています。
しかし、そのことでロシアが担う責任も大きくなります。
内戦が始まってから9年。ロシア軍が軍事介入してから5年になりますが、イスラム過激派や反政府勢力の支配地域は徐々に狭まりつつあるものの、和平の道筋は見えていません。
今回発生した100万人とも言われる避難民、さらにこれまでの難民の人道危機の問題も深刻なままです。
戦闘が長引けば、ロシアにとって泥沼となり、旧ソビエト時代に大きな代償を伴ったアフガニスタンのような状態になるおそれもあります。
戦闘を終結させ、和平を実現し、人道危機を収拾していくことができるかどうか、欧米や国際社会ができなかった課題を背負いながら、その影響力の真価が問われていくことになりそうです。
(安間 英夫 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら