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「インド 問われるガンジーの精神」(キャッチ!ワールドアイ)

安間 英夫  解説委員

非暴力や不服従による抵抗運動で知られる”インド独立の父”、マハトマ・ガンジー。
今月2日、生誕から150年を迎えました。
しかし、いまのインドでは、多数派のヒンドゥー教徒と少数派のイスラム教徒の分断が深まり、ガンジーが訴えた宗教間の融和の精神に逆行しているのではないかという懸念の声があがっています。
ガンジーの掲げた理想と現実。生誕から150年を迎えたインドの今を読み解きます。
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安間英夫解説委員に聞きます。

Q1)
今のインドは、ガンジーが掲げた理想と逆行しているということですが、これはどういうことなんでしょうか。
A1)
それは、宗教間の対立や分断が暴力につながっているという懸念です。
イギリスからの独立運動に従事したガンジーは、非暴力、不服従で知られますが、宗教間の融和も訴えていました。
ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の融和に努めましたが、イスラム教徒に妥協的だとして狂信的なヒンドゥー教徒に暗殺されました。
今、懸念されているのは、非暴力、宗教間の融和をめざしたガンジーの精神と逆行するような動きが相次いでいることです。

Q2)
具体的には今、何が起きているのでしょうか。
A3)
宗教の割合を見てみますと、インドは多数派のヒンドゥー教徒がおよそ80%を占め、少数派のイスラム教徒が14%とされます。
人口13億の14%なので、1億7000万人を超えることになります。
インドでは、これまでも宗教対立による殺人や暴動などが相次いできましたが、今、問題となっているのは、過激化したヒンドゥー教徒によるイスラム教徒への「暴力」です。
ヒンドゥー教では、牛が神聖視されているが、イスラム教徒やキリスト教徒は肉として食べることもあります。
これに対して、各地でヒンドゥー教徒による自警団が作られ、牛の違法な取引がないか、取り締まりが行われています。
国際的な人権団体によると、2015年5月から去年12月にかけて、こうした「暴力」事件は100件あまり。
44人が死亡、280人がけがをしたといいます。
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Q3)
背景には何があるのでしょう?。

A3)
ヒンドゥー至上主義の広がりがあります。
2014年に発足した政権でモディ首相は、経済発展を実現する一方、ことし5月の選挙でヒンドゥー至上主義を掲げる団体を支持母体に再選し、2期目に入りました。
モディ首相もかつて、ヒンドゥー至上主義の団体、RSS=民族奉仕団に所属していたことがあり、ヒンドゥー至上主義が政権の基盤になっています。
一方、かつてカンジーが率いていた国民会議派は、選挙で大敗し、党首が辞任を迫られるなど、立て直しを迫られています。

Q4)宗教的な対立ということで懸念されるのが、隣国のイスラム教の国、パキスタンとの関係です。
両国とも核保有国であり、カシミール問題などをめぐって、何度も緊張が高まってきただけに心配です。
A4)
そのとおりだと思います。
モディ政権はことし8月、パキスタン、中国と国境を接するカシミール地方のジャム・カシミール州の自治権の撤廃に踏み切りました。
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これもモディ政権のもとでのヒンドゥー至上主義が背景にあります。
カシミール地方は、インドとパキスタン、そして中国が接する山岳地帯。3つの国がそれぞれ領有権を主張し、実効支配しています。
このうちインドが実効支配するジャム・カシミール州は、インドで唯一イスラム教徒が多数を占める特別な地域です。
インド政府は70年あまり自治権を認め、これが地元のイスラム教徒の不満やパキスタンとの対立の緩和につながってきました。
しかし、8月に自治権を撤廃したのに続いて、10月末には中央政府の直轄地として支配を強めることになりました。
モディ政権は、この措置をインドをひとつに統合する重要なステップと位置づけています。
これによって州外からヒンドゥー教徒の移住や土地の購入が可能となり、ヒンドゥー至上主義の政策のひとつと受け止められています。
現地では、散発的にデモなどが行われていますが、武装した治安部隊が派遣され、厳しい警備態勢がしかれ、緊迫した状況となっています。
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Q5)
この措置にパキスタンは反発を強めていますよね。
A5)
そうです。
パキスタンのカーン首相は先月、国連総会で演説し、「現地では外出禁止令が続き、住民は拘束され、人権侵害が行われている」とインド側を非難しました。
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そのうえで、「核保有国が戦えば、世界規模で非常に深刻な結末になり得る」として、国際社会の積極的な関与を訴えました。
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パキスタンからすれば、インド側の措置は自国の領土に対する実効支配の強化の動きであり、同じイスラム教徒が危険にさらされるという主張です。
これに対して、インドは実効支配している州に対する措置は内政問題であり、国際社会の関与というより、2国間の交渉で問題を解決すべきだという立場を崩していません。
今のところ両国の間で大規模な衝突などは起きていませんが、ことし2月には、ジャム・カシミール州でインド治安部隊に対する自爆テロが起きたことをきっかけに、互いに空爆や砲撃を応酬する事態となりました。双方とも自制が求められる状況です。

Q6)
再びテロの心配はありませんか。
A6)
そのことが懸念されます。
国家間の対立だけでなく、この地域はもう一つ、過激派の存在という脅威を抱えています。
パキスタン側のイスラム過激派はこれまで数多くのテロに関わってきました。
ことし2月の両国の衝突の直接の原因となったのも、カシミールに拠点を置く過激派組織「ジェイシュ・ムハンマド」という組織です。
この組織はカシミール地方の併合、パキスタンへの編入を掲げています。カシミールで最も過激な組織とも言われ、2001年にインドの国会議事堂を襲撃する事件を起こしたほか、おととしもインド支配地域の警察署を襲撃しました。
また、カシミール地方には、2008年にインドのムンバイで日本人を含む170人以上が死亡した同時多発テロに関わった組織もあります。
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Q7)
宗教的な対立が国内外で波紋を広げていますが、このあとインドはどうなっていくのでしょうか。
A7)
ここまで触れてきた状況に、ガンジーのひ孫のトゥシャール・ガンジー氏は、NHKニューデリー支局とのインタビューで、「ガンジーが生きていたら、今の状況を決して許さないだろう。私たちの中にも“ガンジー”はいるはず。内なる“ガンジー”を見つけることが今の時代には必要だ」と、今こそ、非暴力、宗教間の融和の精神が求められていると指摘しました。
ただ、ガンジーもイギリスから独立運動の際、国をまとめるためにヒンドゥーのナショナリズムに訴えたという指摘も出ています。
今後のインドですが、このあと10年先ごろまでには、人口で中国を抜いて世界1位に、GDPも日本を抜いて世界第3位になると見られています。
日本からも自動車メーカーなどの製造業から、大手アパレル企業、カレーチェーン店、コンビニエンスストアなど、消費市場にも参入する動きが相次いでいます。
こうした中で、排他的な宗教主義は、パキスタンとの対立やイスラム過激派によるテロにつながる不安定要因となっています。
国内の宗教的な対立にしても、パキスタンとの対立にしても、トゥシャール・ガンジー氏が指摘するように、非暴力や宗教間の融和といった精神をもとに、寛容な大国となれるかどうか、問われていきそうです。

(安間 英夫 解説委員)


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