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「日朝首脳会談は実現するのか」(キャッチ!ワールドアイ)

出石 直  解説委員

安倍総理大臣は19日、拉致被害者の家族らが開いた集会で、問題の解決に向けて前提条件をつけずに日朝首脳会談の実現を目指す考えを改めて強調しました。
(安倍首相)
「私自身がキム委員長と直接向き合わなければならないとの決意であります。条件を付けずにキム・ジョンウン委員長と会って直接に率直に虚心坦懐に話をしたいと考えています」
一方、北朝鮮は今月に入って日本海に向けて弾道ミサイルを発射するなど強硬姿勢に戻ったかのような動きも見せています。果たして日朝首脳会談は実現するのでしょうか?
ここからは出石 直(いでいし・ただし)解説委員とともにお伝えします。

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Q1、「条件をつけずにキム委員長と向き合う」という安倍総理大臣の発言、これは方針転換と受け止めてもよいのでしょうか?

A1、総理は方針転換ではないと説明していますが、安倍政権の北朝鮮に対する姿勢が少しずつ変化してきていることは間違いありません。安倍総理大臣は去年もおととしも国連総会で演説をしていますが、おととし2017年の演説では、「北朝鮮に,すべての核・弾道ミサイル計画を,完全な,検証可能な,かつ,不可逆的な方法で,放棄させなくてはならない。そのため必要なのは対話ではなく圧力だ」と強調していました。

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Q2、かなり強い調子ですね。

A2、ところが去年9月の演説では、
「不幸な過去を清算し、国交正常化を目指す。北朝鮮に助力を惜しまない」とトーンがかなり変わっています。

Q3、トーンが変わったのはなぜでしょうか?

A3、南北や米朝の接近を受けての変化だと思います。ただこの演説で安倍総理大臣はこのようにも述べています。

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(安倍首相)「キム委員長と直接向き合う用意がある。実施する以上、拉致問題の解決に資する会談にしなければならない」。
つまり「拉致問題の解決に資する」これが首脳会談に応じる条件だとしていたのです。

Q4、「条件をつけずに」というのは、この条件をはずしたということでしょうか。

A4、条件をつけずにというのは「首脳会談がただちに拉致問題の解決につながらなくてもよい」とも受け取れるのではないかと波紋を呼んだのです。

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国会で真意を問われた安倍総理大臣は「会談への決意をより明確な形で述べたものだ」「拉致・核・ミサイル問題の包括的な解決を目指す従来の方針と変わりはない」と説明しています。方針転換かどうかはともかく、首脳会談を実現するためのハードルを下げたと受け止めて良いのではないでしょうか。
拉致問題を進展させるにはトップ交渉しかないと判断したのでしょう。
キム・ジョンウン委員長は、中国の習近平国家主席のほか韓国、アメリカ、ロシアの首脳と会談を重ねています。6か国協議の当事国である日本も、存在感を示したいという思いもあるのではないでしょうか。

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Q5、一方の北朝鮮ですが、対話を模索する日本とは正反対の動きを示しているように思えるのですが。

A5、その通りです。今月4日と9日と2回にわたって日本海に向けて複数の飛しょう体を発射しました。このうち9日に発射されたのは弾道ミサイルだったとアメリカ国防総省は明らかにしています。弾道ミサイルの発射はおととしの11月以来のことです。これは国連安保理決議に反する行為ですから、本来ならば安保理の緊急会合を開いて非難声明を出し、新たな制裁決議の採択へと進むところです。ところが、各国の反応はこれまでとはかなり異なるものになっています。

Q6、各国の反応はどうだったのでしょうか?

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A6、トランプ大統領は「とても深刻にとらえている。誰も喜んでいない」と不快感を示したものの、翌日になって「現時点では、信頼を裏切るものだとは考えていない」とトーンダウン。ムン・ジェイン大統領は「弾道ミサイルかどうかは分析中だ」として断定を避け、北朝鮮への人道支援を行う考えを示しています。
安倍総理大臣も「安保理決議違反で極めて遺憾だ」としながらも弾道ミサイルの発射や核実験を厳しく批判していた頃に較べますと、トーンはかなり抑え気味です。
各国とも北朝鮮を過度に刺激したくとないという配慮が働いているようです。北朝鮮は、そのあたりも十分見越したうえで、今回の発射に踏み切ったのではないでしょうか。

Q7、日朝の首脳会談が実現する可能性はどれくらいあるのでしょうか。

A7、安倍総理大臣は「現時点では目途は立ってない」としています。北京の大使館ルートなどを通じて接触や働きかけを続けているようです。

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日本政府は、11年間続けてきた国連人権理事会での北朝鮮に対する非難決議案の提出を、今年見送りました。先月公表された外交青書では「北朝鮮への圧力を最大限に高めていく」という表現が削除されました。
こうした形で対話に向けた北朝鮮にメッセージを送っているのです。

Q8、北朝鮮はこれに応じているのでしょうか?

A8、依然として過去の歴史に対する謝罪と賠償要求を繰り返しています。表向きは厳しい態度に見えますが、これは2002年の日朝ピョンヤン宣言や2014年のストックホルム合意で日本政府が約束した「国交正常化した後の経済協力」への期待の表れでもあります。北朝鮮が日本からの経済協力に関心を寄せていることは間違いありません。
さらに小さな動きではありますが北朝鮮側の態度にも変化の兆しのようなものが見られます。

Q9、変化の兆しとは?

A9、毎年日本海側には北朝鮮からたくさんの木造船が漂着します。海上保安庁は、乗っていた船員を保護したり遺体を収容したりして、北朝鮮側に引き渡しています。これに対して北朝鮮はことし2月、赤十字を通じて日本政府に謝意を伝えてきたのです。いつも日本を口汚く非難している北朝鮮が感謝の意を示すというのは極めて異例なことです。

Q10、日本からのアプローチに応えてきているということなのでしょうか?

A10、そうかも知れません。もうひとつ、このところ北朝鮮とアメリカの関係が悪化していることも、日本にとって有利に働く可能性があります。北朝鮮は国際的な孤立を強めると力の強い国、影響力のある国に接近する傾向があるからです。2002年、小泉総理大臣がピョンヤンを訪問し、首脳会談でキム・ジョンイル総書記は初めて日本人の拉致を認め謝罪しました。この時の首脳会談は、ブッシュ政権が北朝鮮を“悪の枢軸”と非難し圧力を強める中で実現しました。去年も、シンガポールでの初めての米朝首脳会談の開催が危ぶまれるとキム委員長は急きょパンムンジョムを訪れてムン・ジェイン大統領と会談しましたし、ハノイでの米朝首脳会談が物別れに終わった後にはプーチン大統領と会談しています。今週末、トランプ大統領が来日します。安倍総理大臣がトランプ大統領との蜜月ぶりを見せつければ、北朝鮮が日本に目を向けてくる可能性もゼロではないと思います。

Q11、拉致問題がようやく動き出すと期待して良いのでしょうか?

A11、もちろん2002年と今とでは状況が異なりますし、今の段階では情報が少なすぎて何とも判断できません。ただ大切なのは、キム委員長と会うことではなく、会ってどんな結果を出すかだと思います。いくらトップダウンの国だからといって、重要な判断を積み上げなしにすべて首脳会談に委ねてしまうのは危険です。北朝鮮はしたたかな交渉相手です。首脳会談に応じる条件として、日本に無理難題を吹きかけてくることも十分考えられます。

Q12、無理難題とはどんなことが考えられますか?

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A12、例えば、▽段階的な非核化や制裁緩和を認めろとか、▽同盟国のアメリカを説得しろとか、▽過去の清算としての経済協力を具体的に約束しろ、などといった要求です。
いずれも日本としては現時点で到底飲めない条件です。
また拉致問題についても、最高指導者であるキム・ジョンウン委員長が首脳会談で“解決済みだ”と一蹴すればこれが最終回答になってしまいます。
拉致被害者の家族は高齢化しています。解決が急がれることは言うまでもありません。
しかし、だからといって、いえそれだからこそ、首脳会談は、拉致問題の解決に向けた具体的な進展という結果を出さなければ意味がありません。首脳会談に臨むのであれば、どのようにして交渉に臨み、どうやって結果を出すのか、具体的な戦略を練ったうえで臨む必要があると思います。

(出石 直 解説委員)

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