「羽田国際線増便と横田空域」(キャッチ!ワールドアイ)
2019年04月03日 (水)
増田 剛 解説委員
来年の東京オリンピック・パラリンピックを前に、首都圏の空の玄関口=羽田空港の国際線の発着便が大幅に増えることになりました。
日本を訪れる外国人の数を、来年2020年に4千万人に引き上げるという目標を打ち出した日本政府。羽田国際線増便は、この目標を達成する切り札とみて、期待を高めています。
その一方で、国際線増便を実現するにあたっては、東京都心の上空を通る新しい飛行ルートを作らなければなりません。
そしてここで浮上したのが、首都圏の空に広がる、在日アメリカ軍の「横田空域」の問題です。
羽田国際線増便の背景と、それに密接に関わる横田空域の問題に迫ります。
Q1)
スタジオには、外交・安全保障担当の増田解説委員が来ています。
増田さん、羽田空港の国際線が大幅に増えるということですが、どれくらい増えるんでしょうか。
A1)
はい。具体的には、国際線の年間発着枠が、早朝・深夜の時間帯を除いて、今の6万回から9万9千回に増えます。一日あたりの便数も、今の80便から50便程度増え、130便になります。そして増加する50便のうち、ほぼ半数にあたる24便は、日本とアメリカを結ぶ路線に割り当てられます。残りの26便については、今後、アジアやヨーロッパの各国と交渉を進め、具体的な路線を決めることにしています。
政府は、来年夏の東京オリンピック・パラリンピックまでに、新しい飛行ルートの運用を開始し、増便を実現したいとしています。
Q2)
ずいぶん大幅な増便ですが、狙いは、外国人観光客の呼び込みということですね。
A2)
そうです。政府は、外国人観光客の受け入れを拡大するためには、都心へのアクセスが良い羽田空港の国際線の増便が欠かせないとしています。また、日本の国際競争力を拡大し、今後の成長を支えるためにも、羽田空港の機能強化が重要だとしています。
羽田空港の利便性が向上すれば、東京は世界中からヒト・モノ・カネを呼び込める。そして、羽田空港の豊富な国内線と国際線を結ぶことで、世界の成長の果実を地方にも届けることができると説明しています。政府は、その経済波及効果は、年間6500億円にのぼると試算しています。
Q3)
いいことづくしのように聞こえますね。
A3)
そうです。ただ、これは、課題があることの裏返しでもあります。というのは、羽田空港の国際線の発着枠を増やすためには、東京都心の上空を通る新しい飛行ルートを作らなければならないからです。
なぜ、そうなるかを説明しますね。
羽田空港は、4本の滑走路が井桁の形に配置されていて、その時の風向きや気象条件に応じて、様々な方角から出入りできるようになっています。できるだけ多くの航空機が発着できるようにするためです。ただ、到着機が、北側から直線で進入するルートは、都心の上空を通ることもあって、採用していませんでした。
しかし、国土交通省が、様々な技術的検証を行った結果、夕方の時間帯の旺盛な国際線需要に応え、発着回数を増やすためには、このルートを採用する以外にないという結論に至りました。
このため、政府は、南風の時、午後3時から7時の時間帯に限り、到着機が北側から進入する、この新しいルートを採用する方針を固めたんです。
Q4)
ただ、このルートだと、東京都心の真上を通ることになりますね。
A4)
そうなんです。埼玉県から、東京の練馬区や中野区、新宿区や渋谷区、港区や品川区など、人口密集地の上空を縦断します。
周辺住民には、騒音や事故への懸念という問題があるんですが、それとは別に、このルートを作るにあたって、ある外交上の問題が持ち上がりました。新ルートは、この練馬区の辺りで、数分間ですが、在日アメリカ軍の「横田空域」を通過しなければならないんです。
横田空域は、東京西部にある在日アメリカ空軍横田基地を中心に、南北で最長約300キロ、東西で最長約120キロの、1都9県に及ぶ広大な空域です。
高度約2450メートルから約7000メートルまで6段階の高度区分で立体的に設定され、日本の領空ではありますが、アメリカ軍が航空管制を担っています。航空管制というのは、航空機の安全な運航のため、離着陸の順序や飛行ルート、高度などを無線やレーダーで指示し、管理する業務です。日本では、通常、国土交通省の航空管制官が行いますが、在日アメリカ軍の飛行場やその周辺では、特例として、アメリカ軍が行っているんです。
Q5)
それにしても、この横田空域、かなり広大ですね。
A5)
そうなんです。しかもここは、アメリカ軍が戦闘機の訓練や輸送機の運航などに優先的に使用できる空域で、民間機は、アメリカ軍の許可がなければ通過できません。一便ごとにいちいち許可を得るのは現実的ではありませんから、羽田空港に出入りする民間機は、横田空域を迂回するルートを取っていました。
ただ、今回の新ルートは、横田空域を一部、通過しなければなりませんので、政府は、アメリカ軍と交渉を続けていたんです。
当初、アメリカ軍は、軍用機の運用に支障が出かねないと難色を示していました。ただ日本側が「新ルートを設定できなければ、オリンピックの運営に支障が出かねない」と理解を求めた結果、今年1月末に、アメリカ側も受け入れました。ちなみに、冒頭で、国際線の増加分のうち、ほぼ半数がアメリカ路線に割り当てられたと紹介しましたが、この措置には、横田空域の通過を認めたアメリカへの配慮があるのではないかという指摘もあります。
Q6)
日本の領空なのに、飛行するのにアメリカ軍の許可が必要になるという根拠は、どこにあるんですか。
A6)
1975年の日米合同委員会の「航空交通管制に関する合意」に基づいています。これは、日米地位協定に基づいて、アメリカが使用している飛行場とその周辺について、アメリカ軍が引き続き、管制業務を行うことを認めるものです。つまり、アメリカ軍が、太平洋戦争後の日本占領時代から行ってきた管制業務をそのまま続けるのを認めるという内容で、要するに、占領時代からのアメリカ軍の既得権益を認めたものです。
ちなみに、日米地位協定とは、日米安全保障条約に基づいて、日本に駐留するアメリカ軍将兵の法的地位などを定めたもの。
日米合同委員会とは、地位協定の具体的な解釈や運用について協議する機関です。外務省の北米局長と在日アメリカ軍の副司令官をトップとする官僚と軍人の枠組みで、その議事内容は、原則非公開です。つまり、横田空域は、日本の空の主権に関わる重要事項ですが、国民の代表である国会の直接の関与がない中で、決められているものなのです。
Q7)
こうした横田空域のような問題は、他の国にもあるんですか。
A7)
世界的にみても、これほど広大な空域の管制を外国の軍隊が担っている例は、他にないのではないかといわれています。少なくとも、日本と同じ第二次世界大戦の敗戦国で、アメリカ軍が大規模に駐留しているドイツとイタリアには、ありません。沖縄県が行った「他国地位協定調査」によりますと、ドイツでは、アメリカ軍機も、ドイツの航空法に基づき、ドイツ航空管制というドイツ政府が100%出資した法人が行っています。イタリアの場合は、アメリカ軍基地に、必ずイタリア軍の司令官がいて、アメリカ軍基地の航空管制もイタリア軍が行っているということです。
これに比べて、日本政府は、公務遂行中のアメリカ軍将兵には、日本の国内法は適用されないという立場で、アメリカ軍優位の地位協定の改定にも消極的だという印象を受けます。
ただ、国民生活に影響を与えるような問題や占領時代の残滓ともいえる状況が、放置されたままで良いはずはありません。今回の羽田空港の国際線増便で、図らずも浮かび上がった横田空域の問題ですが、日本政府は、この横田空域の返還をアメリカにもっと強く求めても良いのではないかと思います。
(増田 剛 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら
増田 剛 解説委員