陸上自衛隊とイギリス陸軍の共同訓練。イギリス屈指の精鋭部隊が参加して静岡や宮城などの演習場で行われています。アメリカ軍以外の外国の地上部隊が日本で訓練するのは初めてです。
(英陸軍サンダース中将)
「日本はアジアで最も重要なパートナーだ。“新たな形の同盟”だ」
およそ百年前、同盟関係にあった日本とイギリスの間ではいま、新たな形で安全保障上の協力が進んでいます。その背景と今後について考えます。
(Q1)スタジオには安全保障が専門の津屋尚解説委員です。
自衛隊はこのところ、同盟国のアメリカ以外の国と訓練を行う機会が増えているようですね?
(津屋)その通り。オーストラリアやフランス、あるいはインドなどとの共同演習が活発に行われていて、各国との関係強化が進んでいます。中でも、存在感を示しているのがイギリスです。
(Q2)なぜいまイギリスなんでしょうか?
(津屋)イギリスのメイ首相と安倍総理大臣は去年8月、安全保障に関する「共同宣言」を発表しました。両国は「グローバルな戦略的パートナーシップを次の段階に引き上げること」で合意し、共同演習を推進していくことも確認しました。
メイ首相はこの翌日、NHKとのインタビューの中で次のように述べています。
「日英はともに海洋国家であり外向き志向の国です。ともに民主主義や法の支配、人権を尊重します。私たちは自然なパートナーであり、自然な同盟国なのです」。
イギリスの首相が日本を「同盟国」と呼んだのです。
メイ首相が指摘したように日英には共通点が多くあります。ともにアメリカの強固な同盟国で、海に囲まれた海洋国家。そして、地政学上の共通点もあります。
地政学上の共通点とは、日英はそれぞれ、ユーラシア大陸の西と東の端に位置し、ロシアと中国といった力によって現状変更を試みる勢力と対峙しているという点です。
日英は法が支配する国際秩序が脅かされているという危機感を共有し、共通の価値観によってこれに対抗しようとしています。そのための連携を深める手段の一つが今回のような共同訓練というわけです。
(Q3)同じ島国という意味で参考になる点は多そうですが、今回の共同訓練はどんな訓練でどんな目的があるんでしょうか?
(津屋)日英双方からあわせて100人余りが参加しておよそ2週間にわたって静岡、山梨、宮城で行われていて、12日が最終日です。イギリス側は、陸軍屈指の精鋭部隊とも言われる「名誉砲兵隊」が参加しています。この部隊、発足して実に500年近い歴史を持ち、数多くの実戦にも投入された経験豊富な部隊です。名前は「砲兵」ですが、実際には、敵陣深くに潜入し、戦場の状況を偵察するのが任務です。今回もそうした想定のもと訓練が行われました。
ただ今回は、訓練の中身よりも、訓練が行われた事実そのものの方が重要だと思います。中でも私が注目したのは、イギリスがわざわざこの精鋭部隊を日本に派遣した意図です。イギリス陸軍を代表して来日した司令官は記者会見で次のように述べています。
【英陸軍の野戦軍(Field Army)司令官 パトリック・サンダース中将】
「イギリスの意思を示すためにこの精鋭部隊の派遣となった。英陸軍初めての日本の国土への派遣だ。このことがいかに重要か過小評価してはならない」。
(Q4)「イギリスの意思を示すため」とはどういうことでしょうか?
(津屋)形だけの国際交流ではなくて、本気で日本との関係を強化していくんだというメッセージだろうと思います。イギリスは、▽去年、空軍の主力であるユーロファイター・タイフーンを、▽今年は、海軍の旗艦でもある揚陸艦アルビオンを派遣してきましたが、いずれもイギリス軍の中核を担っています。これらの派遣はイギリスの本気度の表れとみることができます。
(Q5)イギリスはかなり本気のようですが、日本側はどうですか?
(津屋)日本も、積極的に陸海空の自衛隊がイギリスに部隊を派遣しています。
今年の夏には、海上自衛隊の練習艦隊がイギリス海軍最大の拠点である南部のポーツマス基地に寄港しました。私はこの練習艦隊に乗船取材したんですが、入港前、イギリスの沖合では、イギリス海軍との共同訓練が行われました。日英の船が互いにすぐ近くを併走して、連携をアピールしていました。
【練習艦隊 泉博之司令官】
「イギリスは、日本海軍もノウハウ学んだ歴史的に関係の深い国である。われわれが訪問することでその関係を見つめ直し今後に結びつけたい」。
ポーツマスに入港後、イギリス海軍の関係者らを招いて艦上レセプションが開かれ、日本料理や日本酒なども振舞われて、交流を深めていました。
(Q6)自衛隊とイギリス軍が急速に関係を強化しているように見えますが、狙いは何なんでしょうか。
(津屋)イギリスは3年前、アジアなど世界への関与を強めることを目指す新たな「国家安全保障戦略」を打ち出しました。イギリスはちょうど50年前、スエズ運河よりも東の地域からの兵力の撤退を宣言しましたが、半世紀を経ていま再び、アジアに回帰しようとしています。そうした中、折しもEUからの離脱が決まり、この戦略を加速させることになったのです。そして、日本との関係をこの戦略の要に位置づけ、「日本はアジアで最も緊密な安全保障上のパートナーだ」と戦略文書に明記したのです。
(Q7)一方、日本にとってはどんなメリットがあるのでしょうか?
(津屋)まずは、アメリカの特別な同盟国であるイギリスとの連携は、日米同盟を下支えすると日本政府は見ています。そして、イギリスは、▽国連安保理の常任理事国の一つであり、▽経験豊富な軍隊と▽世界屈指の諜報機関を持っています。国際社会に一定の影響力を持つイギリスとの関係強化は日本の国益にかなうと政府は考えているのです。
(Q8)日本の安全保障政策の今後にとって、日英の関係の強化はどのような意味があるのでしょうか?
(津屋)
▼イギリスでは、日本との関係を「新たな形の同盟」と呼んでいます。ただしそれは、日米同盟のように安全保障条約を結ぶというわけではありません。逆にそれ故に、条約という法律の制約は受けず、地理的な制約もないのではないかとイギリスは考えています。また、軍事だけでなく、自然災害やテロ対策、サイバー、装備品の共同開発など様々な面でより柔軟に連携を図ろうとしています。
▼そして、両国に共通する最大の関心は中国です。
中国は、世界の経済活動にとって欠かせない存在である反面、国際ルールを無視して南シナ海の人工島を軍事拠点化しています。また、経済支援を名目に、途上国に巨額のカネを貸し付けてその国への影響力を強めている現実があります。中にはスリランカのように
借金が返せないとみるやその港を差し押さえた例もあります。
こうした中国の影響力が広がることへの警戒感が強まっていますが、イギリスや日本は、法の支配という原則は絶対に譲れないとの立場です。そこで、イギリス軍幹部が日本との協力について口にするのは、例えば、南シナ海で、中国の主張を否定するためにアメリカやイギリスなどが行っている「航行の自由作戦」に海上自衛隊がもっと役割を担ってほしいということです。南シナ海やインド洋には、海上自衛隊も時々派遣され、各国との共同訓練を行っていますが、今後こうした活動がさらに広がっていく可能性があります。
▼それからもう一つ重要な点があります。日本の安全保障政策はこれまで、日米同盟一辺倒だった感がありますが、アメリカ以外にも「同盟に近い関係」が増えることで、アメリカとの同盟を機軸としながらも、“より多層的な安全保障体制”につながるという専門家の指摘です。日本は、冒頭に触れたようにイギリス以外の国とも共同演習や協定の締結などを通じて関係を深めているが、個別の二国間関係としてだけなくそれらを一つに束ねて
いけるかも課題です。
(津屋 尚 解説委員)
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