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「動き出す北極海航路とエネルギー開発」(キャッチ!ワールドアイ)

石川 一洋  解説委員

先週、中国の浙江省の港に液化天然ガスを積んだ二隻のタンカーが入港しました。ロシアの北極圏ヤマル半島で生産されたLNGが初めて北極海航路を通って中国に運ばれたのです。
ヨーロッパとアジアの最短航路・北極海航路が現実のものとなろうとしています。北極海航路実現のカギとなるヤマル半島の巨大液化天然ガス開発、その現状とロシアの戦略を考えます。

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Q:石川さん、現地を取材してみてロシアのどのような意思を感じましたか?

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A:ロシアは国の最優先課題として北極圏航路の実現を国の総力を挙げて取り組み北極海航路が現実のものとなるのは間違いないと確信しました。これまでのスエズ運河経由ですと40日以上かかっていましたが、北極海航路ですとほぼ半分に短縮できると言われています。ヤマル半島は北極海のヨーロッパとアジアの中間付近にあります。ここでLNGを生産して、北極圏からヨーロッパとアジアにLNGを運ぶことで北極海航路の実用化を狙っています。そしてヤマルによって実用化された北極海航路を使ってほかの資源開発も進めるという戦略です。

Q:そもそもヤマルLNGプロジェクトとはどのようなプロジェクトですか。

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A:シベリアから北極海に流れる大河オビ川の河口にあるのがヤマル半島です。半島の先端付近北極海につながる湾に面した海辺に建設されたのがヤマルLNGプロジェクトです。

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 モスクワから飛行機で3時間、ツンドラと言われる永久凍土に覆われた大地の下に世界最大級のガス田が眠っています。ヤマル半島周辺には氷がほとんどなくなっていましたが、飛行機から見ますと沖合には、まだぎっしりとした流氷が広がっていました。
夏とはいっても北極海航路は流氷の漂う厳しい環境の中にあることが分かります。
ヤマルLNGのガスの掘削現場が見えてきました。ヤマルLNGは民間のノバテクというロシアの会社が権利を持ち、プーチン大統領の強い支持を受けて開発を進めています。
採掘現場から張り巡らされたパイプラインでLNG基地までガスが運ばれてきます。
2010年計画が始まった時には、ここには調査隊が住むための住居以外何もありませんでした。そこに空港、港、そしてLNG工場が建設されました。北極圏という厳しい環境の中で驚異的なスピードでプロジェクトが実現したと言えるでしょう。
私たちがヤマルLNG工場を訪れたちょうどその日、三つあるLNGのトレインつまり工場のうち、第二トレインに初めて天然ガスの注入を始まりました。去年の12月に第一トレインの稼働に続いて、9月までには第二トレインも液化天然ガスの生産が始まります。

Q:ヤマルLNG工場を作る技術はロシアにあるのでしょうか。またロシアに対する制裁は影響しなかったのでしょうか?

A:液化天然ガスをマイナス200度近くまで冷やして液化して運ぶ技術で、日本企業が世界の主要なプレーヤーです。ヤマルLNG基地も日本の千代田化工、日揮、そしてフランスという世界でLNG技術を持つ有力企業三社が連合して建設しました。一つのトレインが550万トンのLNGを生産する能力があり、今年年末には第三トレインが稼働を始めますので、そうしますと3トレイン合わせて年間1650万トンのLNGが生産されることになります。ヤマルLNGプロジェクト自体は陸上の天然ガス開発ですので制裁の対象とはならず、日本のJBICはじめ欧米の金融機関も融資しています。

Q:1650万トンのLNGとはどのくらいの量なのでしょう。

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A:日本は年間8000万トンを輸入する世界最大のバイヤーです。ヤマルLNGは日本の年間輸入量のほぼ五分の一を生産することになります。ヤマルLNGプロジェクトの革新的なことはその建設方法です。実はヤマル半島には鉄道も道路も整備されておらずそれが開発のネックとなっていました。ノバテクは発想を転換させて、陸からのアクセスが無いのなら海からすべて運んでしまおうということで、モジュール方式という革新的な方法を適用しました。この工場を40ほどのユニットに分けて、すべて中国やインドネシアの造船所で組み立てて、もっとも重いもので7000トン、平均で4000トンというユニットをプラットフォームに乗せてヤマルまで海を通じて運んだのです。だからまず最初に港から建設したのです。世界に例のないプラント建設の手法です。つまり建設段階からモジュールの運搬ということで北極海航路が動き出しているともいえるのです。

Q:港というのがヤマルLNGプロジェクトの要であり、ヤマルLNGとともに北極海航路が動き出すということなのですね。

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A:そうですね。セバッタ港にはARC7、砕氷型の最新鋭のLNGタンカーが横付けされていました。中国に天然ガスを運んだタンカーと同じ型の最新鋭の砕氷型タンカーで、こうしたタンカーが15隻建造されて、LNGをヨーロッパとアジアに運ぶことになります。日本の商船三井もこのうち三隻のLNGタンカーを運用して輸送の面でヤマルLNGに参加しています。

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Q:夏とはいっても氷が漂っています。危険な海ですが安全性は大丈夫なのでしょうか
A最新の原子力砕氷船の建造も進んでいます。ロシアの北の都サンクトペテルブルクにあるバルト造船所です。造船所では三隻の原子力砕氷船の建造が進んでいました。Arcticという砕氷船で来年には就航します。出力は60メガワット、33000トン、長さ173メートル、幅34メートル、冬の北極海の氷も切り開くことができます。すでに岸壁に係留されながら、原子炉の備え付けなどの作業が続けられます。同じ型の原子力砕氷船が来年から毎年一隻合わせて3隻が2021年までに完成する予定です。原子力砕氷船を配備することで安全性を確保しようというのがロシアの戦略です。

Q:日本はヤマルLNGとロシアの進める北極海政策にはどのように関与しているのでしょうか?

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A:プーチン大統領自らヤマルLNGには日本も資本参加するよう勧めたのですが、結局権益はフランスのㇳタールと中国の手にわたりました。中国の積極姿勢が際立っています。このままですと中国とロシアが主導する北極海航路ということにもなりかねません。今注目されているのは次のプロジェクトです。ヤマルプロジェクトの対岸に年間2000万トンというさらに巨大なLNG工場を造ろうという計画が始まろうとしています。ARCTIC2と言われるLNG計画ですが、すでにフランスのㇳタールは参加する方向になっています。中国も強い関心を示していますが、ロシアは日本にも参加してほしいと考えています。日本の安倍総理もサンクトペテルブルク経済フォーラㇺで次ように述べて強い関心を示しました。
安倍総理「重い砕氷船でやってきたLNGは日本の北方で普通のタンカーへ積み替えられます。その後は経験豊かな日本企業のハンドリングで日本の、中国やアジアの、遠くインドのユーザーへと向かうのではないか。日本は世界最大のLNG輸入国です。LNG買い付け量で世界最大という会社も日本にあります。」
日本が関与することで北極海からインド太平洋に至る物流の流れを創り出そうという考え方です。ただそれを実現するためには、やはり上流、資源の源の権益を日本も握らなければなりません。北極海の資源開発における技術革新がヤマルLNG計画とともに進んでいるだけになおさらです。

Q:厳しい環境の中でのプロジェクトで価格競争力があるのでしょうか

A:北極海航路の実現は難しいチャレンジです。ただヤマルは、一つはガス田の掘削自体は容易で安価にできること、次に北極圏という極地の気候はカタールのような南よりも液化天然ガスの製造には有利で、ランニングコストが安いのです。そこで北極圏という寒い土地に合った新たなLNGの生産方法が開発されつつあり技術革新も起きています。こうした技術革新に乗り遅れないためにも、日本としても次のARCTIC2には関与していきたいところです。

(石川 一洋 解説委員)



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