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月面探査機SLIM 奇跡の復活 何が起きたのか どんな成果をあげたのか解説します

水野 倫之  解説委員

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世界5か国目となる月面着陸に成功した日本の探査機SLIM。発電できなかった状態から奇跡的に復活し、月面の観測を一旦終えた。そしてこの先もあるかもしれない。水野倫之解説委員が解説します。

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こちらが月面に着陸したSLIMを捉えた画像。
エンジンを上にして逆立ちしたような状態だが、着陸していることがわかる。
月面は、夜となって発電できなくなっているのでSLIMは今再び休眠状態。

SLIMが月面着陸に挑戦したのは先月20日。JAXAの施設では関係者が見守った。
午前0時ちょうどに月面上空でエンジンを逆噴射して降下をはじめ、午前0時20分に探査機から月面への到達を示すデータも送られてきていた。
JAXAはその後の会見で着陸成功を発表したものの関係者の表情は硬いまま。
太陽電池が発電できず、探査機が機能停止してしまう瀬戸際にあったから。
何が起きたのか。
着陸点は傾斜地だったので、計画では5本ある脚の1本でまず着地した後、あえて倒れ込むように2段階で着陸して太陽電池を上に向けて、発電する事になっていた。
しかし着陸の姿勢が乱れ、太陽電池に太陽が当たらず、発電できなかった。
ただこの緊急事態でも、チームの対応は極めて冷静。
着陸前にトラブルを想定した運用訓練を何回も繰り返していたからで、その手順通りにバッテリーに切り替え。電力が持つのは3時間、即座に最も重要な飛行データを地球に送るようSLIMに指令。
これを送りきりやがて電力はなくなりSLIMは休眠状態に。

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姿勢が乱れた原因については、飛行データを解析した結果、高度50m付近で、メインエンジン2基のうち1基が何らかのトラブルで破損したことがわかった。
実際SLIMが飛行中に捉えた月面の写真に円すい形をしたエンジンの一部が写っていた。
その影響でSLIMは横に流されながら着陸、予期せぬ姿勢となった。

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飛行データを元に運用チームが予想した姿勢がこちら。
太陽電池は太陽と反対の西を向いているため、東にある太陽から光を受けられず発電できなかったわけ。
最初の画像とそっくり。
あの画像はSLIMが着陸直前に放出した2基の小型ロボットが連携して実際に撮影したもので、チームの解析・予想が正しかったことも証明された形となった。

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画像を撮影したのはおもちゃメーカーなどが開発した直径8㎝、重さ250gの超小型ロボット。SLIMの中では球体だが放出されたあと左右に広がり、それぞれが車輪となって走行。
月面は砂地のところが多く、左右に振ることで砂をしっかり捉えることができるという。
そして撮影したSLIMの画像をもう1台のロボット経由で地球に送った。
2台はもともとは月面を探査する超小型ロボットの技術を実証するために開発されたが、こうした緊急事態にも役立つことがわかったことは、大きな収穫。

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そしてさらなる解析の結果、着陸点は、エンジントラブルがありながらも目標から55mしかずれていないことも判明。
これが今回の最大の成果。
これまで各国の着陸は平坦な「降りやすいところに降りる」もので、着陸精度は数キロから10数キロ。これに対し、今回初めて精度100m以内の狙ったところへのピンポイント着陸に挑戦。

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SLIMは月面を撮影しながら降下し、あらかじめインプットされている過去の探査機が撮影した月面のデータと照合することで自身の位置を把握して実現した。
今回日本は、「降りたいところに降りる」技術を獲得したことになる。

ピンポイント技術に挑戦したのは今後の月面探査に必要不可欠な技術だから。
近年月面に水が存在する可能性がわかった。

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こちらはNASAによる月の南極の観測データ、青い部分に水がありそうだという。
水があれば飲料水や、電気分解して水素を取り出せばロケットなどの燃料として使える。
水は地球から運べば1L=1億円かかるので、現地調達しようと米中を中心に各国の探査競争が激しくなってきている。
というのも今の宇宙のルールでは月の資源について明確な取り決めがなく、早く見つけた国が優先的に利用できる可能性があるから。
水がありそうな場所に日本がピンポイントで行ければ、今後月面探査をリードしていける可能性も出てくるわけ。

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そしてSLIMはこれで終わりではなかった。
着陸から8日目に奇跡的に復活し、観測を再開することができた。
月面では昼と夜は2週間ごとに訪れ、太陽は地上での見え方と同じ様に東から上り、西へ沈むように動く。なので、西に傾いた太陽の光が太陽電池に当たって発電ができたからだが、ただ自動的にSLIMが復活するわけではない。
チームは着陸後の解析とロボットが撮影した画像から、復活の可能性が十分あるとみて、太陽が当たる頃を見計らって起動するよう信号を送っていたからこそ実現したわけで、チームの粘り強さが功を奏したとも言える。

SLIMは復活後、黄色い印がついた月面の10の岩石について、特殊なカメラで観測し、その成分の分析を進めている。
これらの岩は、月に天体が衝突した際に月の地下のマントル部分から出てきた岩石。
その成分を調べて、地球のマントルの成分と比較することで、月の成り立ちに迫ることができる可能性がある。
というのも月は太古の地球に巨大な天体が衝突してはぎとられた地球の物質が再び集まってでできたとする説が有力。今回調査した月の岩の成分と地球のマントルの成分が同じならこの説が裏付けられることにもなるからで、科学的な成果も期待できる。

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最後にSLIMの成果をまとめると、まず100m以内のピンポイント着陸に世界で初めて成功し、ロボットで自らの写真を撮って地球に送ることにも成功。
さらには月面の詳細な観測にも成功。
一方でエンジントラブルで2段階の着陸はうまくいかなかった。
今後トラブルの原因を究明し、次に生かしていかなければならないのは当然だが、日本が月面探査に大きな一歩を踏み出せたという意味で、ミッション全体は大いに評価できるものだったと思う。

そしてSLIM、この先続きがあるかも。
今月中旬には再び太陽が昇ってくる。チームは再復活に挑戦する。
ただ月面の夜は-170度で、機体は極寒に耐えられる設計とはなっていないため簡単ではないが、SLIMが観測再開できるのか、今後も注目していきたい。


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