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あなたは大丈夫?睡眠の新常識

吉川 美恵子  解説委員

みなさんは、毎晩よい睡眠をとれているでしょうか?
睡眠についての研究が進み科学的根拠(エビデンス)が積み重ねられて、睡眠の常識は大きく変化しました。先日まとめられた国の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」をもとに、睡眠の新常識をお伝えします。

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◆日本人は睡眠不足⁉

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国が行った調査によると、「睡眠による休養を十分にとれていない人の割合」は21.7%、およそ5人に1人にのぼります。しかも9年前の調査と比べて、3ポイントも悪化していました。

この状況をなんとかしようと、およそ10年ぶりに改訂されるのが、厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」。健康のためには睡眠をどうすべきか、専門家たちの意見を元に推奨する内容をまとめたものです。

◆必要な睡眠時間は世代によって違う
今回の睡眠ガイドの最大のポイントは、「必要な睡眠時間は世代で違う」ことを明確に示したことです。子ども・大人・高齢者の3つに分けています。

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ここでいう「高齢者」とは、このガイドの作成にもたずさわった国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部・栗山健一部長によると、「具体的な年齢よりも、日中の活動量や社会とのつながりについての生活パターンが大きく変わったタイミングからが高齢者です。具体的には、定年退職や子供が独立したような状況と考えて下さい。」とのことです。

まず子どもの場合は、小学生は1日9~12時間、中高生は8~10時間を推奨しています。

◆「働き盛り世代」は 1日6時間以上必要

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そして、最も睡眠不足が心配されるのが「働き盛り世代」。この世代は、睡眠時間を1日6時間以上は確保して欲しいとのことです。これは「6時間がベスト」ということではなく、最低でも6時間という意味です。というのも、1日の睡眠時間が6時間を切ると、様々な病気のリスクが高くなることが今までの研究で分かってきているからです。

例えば、日本の男性労働者およそ2000人を14年間追跡調査したところ、6時間未満の人は、7時間以上8時間未満の人と比べて、心筋梗塞や狭心症の発症リスクがおよそ5倍になっていました。睡眠時間が6時間をきると「死亡リスク」が上昇するという研究もあります。

ところが、この働き盛り世代では、睡眠時間が6時間未満の人が、実に男性38% 女性41%にもなるのです。特に50代女性では53%と半数以上を占めています。仕事・子育て・介護と、ライフステージの中でも最も忙しい時期にあたるためと考えられます。ちなみに、この世代に限っていえば、昼間に眠気を感じるだけでも、明らかに睡眠時間が不足していることになるといいます。

また、日ごろの睡眠不足を解消しようと、仕方なく可能な日に「寝だめ」をしている人も多いと思いますが、寝だめで十分に睡眠がとれるので問題ない、ということはありません。例えばいつも朝6時に起きている人が週末だけ10時に起きるとすると、いわば「時差ぼけ」を毎週繰り返していることになり、身体に負担がかかってしまうのです。

◆高齢者は寝床に長くい過ぎない方がよい⁉

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このガイドで高齢者に推奨しているのは、「寝床にいる時間を8時間未満にする」ことです。

これには科学的なデータの裏付けがあります。およそ6000 人について平均11年にわたる追跡調査をしたデータを使って、睡眠と寿命の関係について解析したところ、高齢者については、寝床で過ごす時間(床上時間)が重要でした。長いほど死亡リスクが高くなる傾向がみられ、特に8時間を超えると明確に死亡リスクが高くなったというのです。
なぜ寝床にいる時間が長いと死亡リスクが高くなるのか?この研究に携わった栗山さんによると、「眠れないまま、もんもんとしながら長く床にいると、かえって眠りの質がおちてしまい、寝つきが悪くなったり、夜中や明け方に目が覚めてしまったりして(眠りが薄まる)、長期的に身体に負荷を与えるためではないかと考えられる」そうです。

また、必要な「睡眠時間」については、年をとると短くなることが分かっています。睡眠時間を年齢別に調べた海外の研究では、25歳では平均およそ7時間ですが、その後減っていき、65歳以降は6時間を下回っていました。つまり、個人差はあるものの、年をとると若いときのように眠れなくなるのは身体の自然な変化なのです。

専門家によりますと、定年退職後に不眠に悩む人は多いそうです。仕事が忙しくて長い間睡眠不足が続いていたが、ようやく定年退職し、「これからはたっぷり眠れる」と意気込んで眠ろうとしても長くは眠れず、病気ではないかと心配になる。しかし、専門家からみると、ほとんどの人は睡眠時間が長くは必要ないためで問題はないとのことでした。

実際、上記の寿命と寿命との関係を調べた研究でも、高齢者については、睡眠時間と死亡リスクには明らかな関連性は見られませんでした。

では、高齢者はどうすればよいのか?
まず、眠れないときは、眠ろうと努力しないことです。眠ろうと頑張れば頑張るほど、脳がかえって覚醒してしまうことが分かっています。眠れないから早く床に就こうと考えてしまいがちですが、逆に遅い時間に寝てみるという方法もあります。

また、眠れなければ、いったん寝床を出て別のことをして、眠気を感じるようになってから寝床に戻ることも勧められています。眠れないまま寝床にずっといると、そこが「眠れない場所」だと脳に刷り込まれてしまうからです。

◆新たに注目される「睡眠休養感」とは?
さらに最近の研究から、睡眠の良し悪しには「睡眠時間の長さ」だけでなく「睡眠休養感」も重視されるようになってきました。「睡眠休養感」とは、目覚めた時に「身体が休まった」と感じるかどうかです。

◆「睡眠休養感」を得るためのポイント

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では、睡眠休養感を得るにはどうすればよいのでしょうか?
睡眠ガイドから、ポイントのいくつかをご紹介します。こちらは高齢者だけでなく働き盛りの世代にも当てはまります。

まず寝るときの環境です。部屋は真っ暗が理想ですが、できるだけ暗くします。とはいえ、夜中にトイレに行くのに危ない場合は、灯りは足元につけましょう。
眠りやすい温度を保つことも大事です。寝入りばなだけでなく、寝ているあいだ中、夏はエアコン、冬は布団も上手に使って適温を保つようにします。

日中の過ごし方も大事です。夕食は寝る直前は避けて数時間前にします。お風呂は寝る1~2時間前にぬるめのお湯につかるのがお勧めです。

高齢者の場合、睡眠休養感を得るためには、体内時計を整えることが特に大事です。高齢者は眠りが浅くなったり、昼間に眠気が起きやすくなったりしますが、それは、年をとるにつれ、体内時計が作り出す「昼と夜のメリハリ」が失われるからなのです。
昼間はできるだけ長く日の光を浴びる、朝食をとる、そして運動などで体を動かすようにします。

昼寝も短時間にとどめましょう。30分では長すぎます。昼寝を長くし過ぎると高齢者の場合は余計に眠れなくなってしまうので、注意が必要です。

◆睡眠が原因で生活に支障が続く場合は医療機関へ
ただ、こうした生活習慣の改善などを試しても、眠れないことで生活に支障が続いている場合は、一度医師に相談して下さい。「睡眠時無呼吸症候群」や「うつ病」などの病気が隠れていたり、更年期が関係していることもあるためです。こうした場合は、それぞれの治療が必要になります。

睡眠について、個人でできることには限界があります。世の中全体でこうした情報を共有して、十分な睡眠時間や睡眠休養感を得やすい、働き方や社会のしくみに変えていって欲しいと願います。


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