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2024春闘をわかりやすく解説 中小企業や非正規社員も賃上げを!

今井 純子  解説委員

まもなく春闘がスタートします。それを前に、経団連は、きのう、企業の経営者に、広く働く人を対象に、物価を上回る賃金の引き上げを促す報告書を発表しました。今井解説委員。

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【今年の春闘。賃金の引き上げが注目されていますね】
はい。去年は3.58%と、およそ30年ぶりの大幅な賃金引き上げが実現しました。これは、働いている年数などに応じて上がる「定期昇給分」と、基本給の底上げにあたる「ベースアップ」をあわせた数字ですが、これだけ上がっても、物価の上昇に追い付かない状況が続いています。このため、今年は、物価を上回る賃金引き上げが実現できるかが、焦点になっていて、連合は「5%以上」という目標を掲げています。去年を上回る水準の要求です。

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【そして、経営側の経団連も、賃上げに前向きな姿勢を示したということですね?】
そうなのです。きのう発表された報告書で、企業に、物価上昇に負けない賃上げを強く呼びかけました。この報告書。経団連が、中小を含め幅広い企業の意向をききながらまとめています。強制力はありませんが、これから始まる個別企業の労使交渉で経営側の指針となるもので、一定の影響力はあると言っていいと思います。

【影響力があるとすると、期待していいのでしょうか?】
一部の大企業からは、すでに組合との交渉を前に、7%とか10%といった大幅な賃金引き上げの方針を経営者が打ち出す動きが相次いでいます。経済の専門家の間からも、去年を上回る賃上げが実現するのではないかと予想する声がでています。
その上で、今年は、大企業の正社員だけでなく「中小企業」。そして、「非正規社員」の賃金引き上げ。さらに「女性」や「高齢者」の処遇改善も求めているのが、大きな特徴です。

【幅広い人たちを対象にしているのですね。それぞれ、具体的にどのような取り組みを求めているのですか?】
まず、働く人の70%がつとめている中小企業についてです。大企業の直接の取引先、そこの取引先、さらにその先・・と連なる中小企業が、持続的に賃金を引き上げられるよう、大企業の社会的な役割として、
▼ 原材料費、エネルギー価格に加えて、運送費や人件費が増えた分も、適正な価格の転嫁をスムーズに受け入れるよう、大企業の経営層から担当者まで周知徹底をはかること。そして、
▼ 取引先の生産性をあげるため、デジタル技術の活用や脱炭素化の推進に協力して取り組むことなどを求めています

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【中小企業が賃金引き上げを支援することが、大企業の社会的な役割だというのですね】
はい。というのも、深刻な人手不足を背景に、人材を確保して、やめないでもらうためには賃上げをせざるをえない。でも、業績が厳しい。という悲鳴が多くの中小企業から上がっているからです。実際、人手不足による倒産は去年1年間で260件と、おととしの1.9倍に増えています。賃上げには製品やサービスの値上げが必要だということで、だから、経団連は、経費が増えた分、大企業が適正な価格転嫁を受け入れないといけないと、促しているのです。
次に、非正規社員についてです。

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【非正規社員は、働く人の40%近くに達しているのですね】
そうなのです。経団連の報告書は、企業の人事戦略上、非正規社員の重要性が高まっているとして
▼ 同一労働同一賃金の考えを踏まえて、賃金の引き上げをはかること。
▼ より賃金の高い仕事につけるよう、人材育成に力を入れること
▼ さらに、積極的に正社員に登用することなどを求めています。
非正規社員として働いている人には、女性が多いとして、その賃金や処遇を改善することで、男女間の賃金格差の縮小につながる効果も期待できるとしています。

【男女間の賃金格差の縮小ですか?】
はい。毎月決まって支払われる給与は、男性を100とした場合、女性は4分の3にとどまっています。経団連は、その格差を解消するために、正社員も含めた女性社員について、さらに、
▼ 柔軟な働き方ができる環境づくりや
▼ 管理職や役員への登用、そして、
▼ 賃金水準の高い技術職での人材の育成を強化することなども、企業に促しています。

【最後に、高齢者については?】
定年後も同じ会社で働き続ける動きが進んではいますが、賃金の水準が低いケースが多く、働く意欲や成果が低下している可能性があるとして、
▼ 高齢社員が担っている仕事と整合性のとれた賃金水準を設定することなどを求めています。
経団連が、中小企業や非正規社員など、幅広く働く人について、ここまで強く、賃金や処遇の改善を呼び掛けたことは、これまでにないことです。

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【なぜ、経営側が、これだけの取り組みを求めているのですか?】
政府が、大企業に、適正な価格転嫁を厳しく呼びかけ、チェックしていることもあると思いますが、それだけでなく、大きく2点。まず、長年、賃金を抑えてきた結果、消費が冷え込み、値下げを強いられ、収益が下がってきた。という、デフレ時代への反省があります。去年、物価上昇がきっかけとなって、大幅な賃金引き上げが実現した。それを起点に、今後、物価を上回る賃金上昇が当たり前という社会にすることで、働く人の生活が豊かになり、消費が増え、物価も適度に上がって、企業の利益が増える。こうした、経済の前向きの循環を、今度こそ実現したいという思いがあります。そして、背景の2つ目は、先ほども触れた深刻な人材不足です。

【中小企業の倒産にもつながりかねない深刻な問題ですね】
はい。大企業が、自ら人材を確保するために正社員の賃上げを進めることは、もちろん大事です。ただ、取引先全体を見渡して、人手不足で経営が成り立たない企業が出てくると、自社の活動にも影響がでかねません。なので、個人事業主を含め、幅広い取引先を含めたサプライチェーン全体で人材を確保して、生産性を上げていくことが欠かせない。そんな考えもあると思います。いずれにしても、幅広い視野で社会全体に賃金引き上げの恩恵が広がるよう、取組みを強く促していることは、率直に評価したいと思います。

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【実際、中小企業や非正規社員などの賃上げ・処遇改善は進むのでしょうか】
春闘が始まるのは今月下旬から。中小企業では3月以降本格化します。なので、これからという状況ですが、例えば、
▼ 流通大手の「イオン」はグループで働くパートなどの非正規社員およそ40万人を対象に、時給を平均でおよそ7%引き上げる方針を固めました。2年連続の大幅な賃上げです。
▼ また、大手菓子メーカーの「カルビー」は、4月から、60歳で定年退職したあと再雇用した社員のうち、高い専門性が認められた人については、これまで定年前の70%程度となっていた給与の水準を、ほぼ同じ水準まで引き上げるなどの制度の見直しを決めた、といった動きも出てきています。
一方、先週開かれた、日銀の支店長会議では、地方でも去年より早いタイミングで賃上げの機運がつくられつつあるものの、中小企業を中心に広がりや水準については、不確実性が高いという報告もありました。

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【やはり、中小企業で高い賃上げを進めるには、大企業の支援が必要ですね】
そうですね。大企業全体では、今年度、3年連続で過去最高益を更新する勢いです。余裕のある大企業を中心に、視野を広く取り組んでほしいと思います。また、労働組合の役割も重要です。働く、できるだけ多くの人が、今年こそ、物価を上回る賃金の引き上げで、生活に明るさを感じることができるよう、労使で真摯に交渉して、ぜひ前向きの結果を出してほしいと思います。


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