NHK 解説委員室

これまでの解説記事

障害のある人を性暴力から守るために

竹内 哲哉  解説委員

ことしは旧ジャニーズ事務所の性加害問題などがあり、これまで見過ごされがちだった性暴力への関心が高まりました。障害のある人も少なからず被害に遭っているということですが、実態はどうなっているのか。性暴力から守るために必要なことは何かを考えます。

m231228_01.jpg

【性暴力被害 障害者の実態は?】
Q.障害のある人たちの性暴力被害、NHKでもニュースで報道してきていますが、現状はどうなっているんでしょうか。

m231228_12.jpg

A.日本では国連から障害のある人の性暴力被害の実態調査を求められていますが、これまで障害のある人に特化した調査は行われていません。ただ、一つ参考になるのは2018年に内閣府が公表した調査です。
これによると、障害のあるなしが報告されている性暴力被害127件のうち、障害が「ある」と見受けられた事例が70件、「なし」は57件となっています。

Q.性暴力を受けているのは、障害のある人が多いというんですね。
A.研究や調査が行われているアメリカやカナダ、オーストラリアなどでは障害のある女性は障害のない女性のおよそ2~3倍の割合で性暴力の被害に遭うというデータもあるんです。

【なぜ狙われる?】
Q.なぜ、障害のある人たち、特に女性が性暴力の対象になっているのでしょうか。

m231228_23.jpg

A.性暴力は「加害者が自らの権威や優位性を知らしめるために行う性的攻撃や支配」ということで研究者の間では一致しており、一般的に言われている「性欲によって起こることは少ない」とのことなんです。性暴力はつまり、人権をないがしろにする行為だということです。
障害のある人への差別や偏見は少なからず残っています。また日本はジェンダーギャップ指数が示すように女性と男性の格差が大きい社会です。障害があり女性であるということは、非常に社会的に弱い立場ということで、当事者のなかには「モノとしてしか扱われていない」と感じている人もいました。
そのうえで、障害のある人はそれぞれの障害特性によって、
①抵抗できない ②逃げられない ③訴えられない ④被害を認識できない
など、加害者が性暴力をしやすくなってしまっているんです。

【加害者は?】
Q.障害のある人に性暴力をおこなう人はどんな人なんでしょうか。

m231228_36.jpg

A.法政大学の岩田千亜紀助教がことし10月に発表した、身体障害や精神障害、発達障害など性暴力にあったことがある54人の障害者を対象にしたアンケートです。
複数回答で合計131件が寄せられています。内訳をみると知らない人が26件ありますが、「友人・知人」「育ての親を含む親」のほかにも「学校関係者」、「職場関係者」、「福祉施設関係者」など身近な人は合計91件。その割合はおよそ7割になります。
また、複数回にわたって性暴力を受けていた人が8割。「10回以上」という人も20人いました。
岩田さんは、「障害のある人は人に頼らざるを得ない、自己肯定感の低さや孤立感といった特有の悩みを抱えているので、それにつけ込まれてしまっているのではないか」と分析しています。

【追い込まれる現状】
Q.身近な人であれば「やめてほしい」と言えそうな気もしますが、そうでもないのでしょうか。
A.要求を拒めば、親を含む家族や介助者は「世話をしてくれなくなるのではないか」。友人・知人であれば「付き合ってくれなくなるのではないか」。生きていけなくなる、居場所がなくなるといった恐怖や不安から、拒否できない状況に追いつめられていることも多いようです。

【性暴力から守るためには? ①性に対する意識を変える】
Q.どうすれば障害のある人たちを性暴力から守れるようになるでしょうか。

m231228_43.jpg

A.すべての人の“性”に対する意識を変えることが求められていると思います。障害のある人、特に発達障害や知的障害のある人を性暴力から守るためには、性暴力とはなにかを具体的に分かりやすく教える必要があります。
その一助となりそうなのが、今年度から始まった性暴力を防ぐための「生命(いのち)の安全教育」です。この教材では、たとえば水着を使ってのプライベートゾーンの説明や、「体の距離感」「心の距離感」を守ろう、嫌な気持ちになったら「嫌だ」と伝えようなど、が盛り込まれています。
この教材で知的障害のある子どもにプライベートゾーンについて説明した結果、かつてプライベートゾーンを触られたということを母親に報告し、過去の被害が明らかになったということです。
ただ、この教材だけでは性に対する適切な知識や価値観など本質的なことが身につけられない、と多くの専門家、教職員が指摘しています。
性とは人との関係性、性暴力は人権侵害ということを浸透させ、加害者を生み出さないためには、どうすればよいか。

m231228_52.jpg

注目されているのは、ユネスコが作った「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」のなかで提唱されている「包括的性教育」です。性について「人間関係」「ジェンダーの理解」「健康と幸福のためのスキル」など、8つのキーコンセプトを基に学んでいくというものです。
つまり、身体や生殖を科学的に学ぶことだけでなく、ジェンダー平等や多様性など人権についても学び考える力を養うことで、加害者にも被害者にもならないよう導くものです。
いまは性について間違った情報が社会には氾濫し、多くの性に対する誤解を生んでいます。子どもたちがよりよい選択をできる力を身につけられるよう、私たち大人も“性教育”と向き合うことが必要ではないでしょうか。

【性暴力から守るためには? ②社会で守る仕組み】
Q.ほかには、何かできることはあるでしょうか。

m231228_66.jpg

A.仕組みを作ることで、性暴力を防ぐ、減らすという取り組みも始まっています。ことし7月には改正刑法が施行され、同意のない性的行為は「不同意性交等罪」「不同意わいせつ罪」として、処罰されることになりました。
これまで、障害のある人は被害にあっても理解できなかったり、状況を説明できなかったりして、立証が困難なために加害者が罪に問われないことが多くありました。しかし、今回の法改正の罪の成立の要件に「心身の障害があることに乗じた」という表現が加わり、心身の障害に付け込んだ性暴力は処罰の対象になりうるということで、これは大きな前進だと思います。
ただ、当事者や保護者、支援団体からはさらに厳格にしてほしいという声も出ています。たとえば、職業として障害のある人を支援している人が相手の特性を知ったうえで性暴力をした際に厳罰化することや、こうした仕事に就く際には性犯罪歴の確認をしてほしい、という声です。
背景には障害のある人が利用する学校や施設の職員が加害者であるということが後を絶たないからですが、難しい問題なだけに憲法や刑法などと照らし合わせながら、どのように当事者などの意向を反映させるか、慎重な検討が必要だと思います。
また、今回の刑法改正における付帯決議では、障害者が被害者である性犯罪等においては、障害者からの聴取を適切に行うことができるよう、障害者の特性に十分配慮することも盛り込まれています。
警察庁や検察庁では数年前から障害特性を学ぶ研修を実施し、障害特性を踏まえた捜査や聴取が進んでいます。ただ、関係者によるとまだ障害特性を学ぶカリキュラムは少ないとのことで、より充実させていくことが必要です。

【まとめ】
Q.障害のある人への性暴力は社会全体で減らしていくことが大事ですね。
A.取材を通して「性暴力を訴えても信用してもらえなかった」「痴漢被害に遭って声をあげても助けてもらえなかった」という話を聞きました。そこには「障害のある人が性暴力にあうわけがない」という無意識の思い込みがあるように感じました。勇気をもって振り絞った声を、私たちはどう受け止めるのか。性暴力をなくすには、障害のあるなし関係なく、その姿勢が問われているように思います。


この委員の記事一覧はこちら

竹内 哲哉  解説委員

こちらもオススメ!