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映画で知る難民問題

二村 伸  専門解説委員

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難民をテーマにした世界の優れた作品を集めた難民映画祭が今月6日開幕しました。
世界ではいまロシアの侵攻から逃れたウクライナの難民やイスラエル軍の攻撃が続くガザ地区の難民たちが厳しい状況に置かれていますが、それ以外にも各地で多数の難民が支援を求めています。映画を通じて世界の難民問題を考えます。

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難民映画祭は、世界の難民への理解を深めてもらおうと2006年に始まり、ことし18回目を迎えました。ニュースでは伝えきれない難民の内面に迫るドキュメンタリーは説得力があります。
今回は6つの作品が上映されます。初日に上映された作品は、ベネズエラの世界的指揮者グスターボ・ドゥダメルを追い続けたドキュメンタリー、「ビバ・マエストロ」です。

【ビバ・マエストロ ~指揮者ドゥダメルの挑戦】

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ベネズエラは政治や経済が混乱し、多くの国民が脱出しました。若くして天才指揮者と言われたドゥダメルは、若い音楽家の育成に力を入れてきましたが、政府批判がもとでコンサートが次々と中止に追い込まれました。ドゥダメルは国を離れても「音楽は人々を1つにすることができる」と信じ、若い演奏家らを海外に招いてコンサートを続けます。
音楽好きの人にも興味深い作品です。

【私は歌う ~アフガン女性たちの戦い~】

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アフガニスタンの女性の社会進出のために闘った女性歌手のドキュメンタリーです。
主人公は国民的スターの女性です。アフガニスタンでは女性の派手な服装には批判的な声が多く女性も殺害予告を受けました。それでも彼女は若手女性歌手の育成に力を入れ、全国規模のコンサートを計画します。ところがおととし8月、音楽をはじめ芸術活動を認めないタリバンが権力を掌握し、夢を絶たれた多くの人たちが国外に逃れました。この映画は今のアフガニスタンをそのまま映し出しています。

アフガニスタンでは教育を受ける権利を奪われ、国外に逃れた女性も少なくありません。映画のように国を追われた人の中には天才的な芸術家もいれば、医師や教師、学生、主婦などごく普通の市民が大勢います。そうした人たちが生きるか死ぬかの極限まで追い込まれているのです。

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迫害や紛争、人権侵害などにより住む家を追われた難民や国内避難民は世界全体で1億1000万人に上り、日本の人口に近い数です。このうちシリアの内戦により国外に逃れた難民が650万人、イスラエルの建国後故郷を追われたパレスチナ人が590万人。ウクライナ、アフガニスタンの難民もそれぞれ570万に上っています。これに加えて今年はスーダンの紛争で500万人以上が国内外に避難、アゼルバイジャンではアルメニア系住民10万人以上が迫害を恐れて出国しました。ガザでは難民キャンプがイスラエル軍の空爆を受けるなど、難民たちが置かれている状況は悪化の一途をたどっています。映画祭を主催する国連UNHCR協会は、さまざまな困難に直面しながらもあきらめずに前向きに生きようとしている難民たちの力強さを知ってほしいと話しています。

【マインド・ゲーム ~自分の道を信じて~】

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もう1つアフガニスタンの作品です。
タリバンに父親を殺された14歳の少年がひとりでアフガニスタンを脱出し、ヨーロッパに逃げ込みます。2年間におよぶ危険な旅を自らスマートホンで記録しました。命がけの旅を「ゲーム」と呼び、さまざまな困難に直面しながらも前向きに自らの力で切り開いていきます。

【南スーダンで生きる~ある家族の物語~】

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アフリカを舞台とした作品です。
「世界最大の人道危機」と呼ばれたスーダンでは2005年、21年間におよんだ南北間の内戦に終止符が打たれました。しかしその直後、南部の指導者ジョン・ガランがヘリコプターの墜落により命を落としました。その家族を追い続けたドキュメンタリーです。
スーダン南部は2011年南スーダンとして独立し、国外に逃れていた亡きジョン・ガランの妻と娘は帰国し、妻は副大統領に就任します。英雄の妻として政治家になった母親と、祖国とは何か悩む娘。国家と家族のはざまで葛藤する女性たちが描かれています。
南スーダン独立の喜びも束の間、内戦で混乱し多数の難民が生まれました。英雄の家族の思いも複雑ではないでしょうか。

映画祭初日に会場に訪れた人たちは、「難民のことを学ぶことができた」「現地に行ったかのように思える。映画の力を感じた」などと話していました。

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難民映画祭は都内の劇場で今月23日と25日にそれぞれ2つの作品が上映されます。また、オンラインでは今月30日まで見ることができます。鑑賞には申し込みが必要ですので、公式ホームページで予約してください。難民支援として1つの作品1000円の寄付金つきの鑑賞と、若者のための無料の鑑賞のどちらかを選択できます。

難民問題はなじみがないという人も少なくありませんが、知らないではすませられない時代です。なぜ難民となったのか、何が必要なのか、そして私たちは何ができるのか、映画祭が開かれているこの機会に考えてみてはいかがでしょうか。


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