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小児がんに治療薬を ドラッグラグ解消するには

山屋 智香子  解説委員

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子どもがかかる「小児がん」。その治療の現場では、使える薬の種類が、欧米に比べて極めて少ないことが課題になっています。
この問題は「ドラッグラグ」とも呼ばれています。
小児がんの治療薬の課題や、北海道などで始まった「使える薬を増やしていこう」という取り組みについて紹介します。

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【小児がんとは】
小児がんは、一般的に15歳未満の子どもに見られるがんのことで、脳腫瘍や白血病などさまざまあります。年間でおよそ2500人が新たに診断され、病気で亡くなる子どもの原因で、最も多いとされています。
しかし、国内で使える小児がんの治療薬は、海外と比べると少ないのが現状です。
例えばアメリカでは、去年までの20年余りで、小児がんの治療薬が新たに40品目承認されています。
このうち、日本で承認された薬は、わずか16品目しかありません。
このように、海外で使われている薬が、国内では使えない、あるいは使えるようになるまで長い時間がかかることを「ドラッグラグ」と呼びます。

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【ドラッグラグの影響は】
ドラッグラグは、小児がんの患者に大きな影響を与えています。
こちらは、3年前に6歳で亡くなった男の子です。
生後半年で、主に脳や肝臓にがんができる「ラブドイド腫瘍」と診断されました。
年間に15人ほどしか診断されない珍しいがんで、手術や放射線治療も受けましたが、5歳で再発しました。
男の子の父親は、専門医に相談したり、海外などの論文を調べたりした結果、アメリカの効果があるかもしれない新薬にたどり着きましたが、国内では承認されていない薬だったので、使うことができないまま、再発から半年で亡くなりました。
男の子の父親は取材に対し、「あの薬が使えたなら、違う結果になったのではないかと今でも思うことがある。日本で承認されていなかったことが本当に悔しい」と話していました。

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【日本のドラッグラグの背景は】
国内のドラッグラグの背景の1つに、小児がんの患者が大人よりも少なく、製薬企業にとって、市場が小さいという点があります。
開発コストの負担が大きく、利益が出にくいことが、開発が十分に進んでいかない理由とされています。
アメリカでも以前は、小児がんの薬が少ないという課題を抱えていましたが、製薬企業が成人用の薬を開発する際に、小児用の開発もあわせて行うことを、原則、義務化する法律ができたことなどで、状況は大きく改善したと言われています。
日本では、そうした制度はまだありません。
さらに、小児がんの臨床研究などに詳しい医療機関やスタッフが少ないことなども、日本で開発が進まない要因とされています。

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【新薬で「新たなドラッグラグ」も・・・】
この問題は、今後ますます広がる恐れがあります。
9月29日から10月1日に札幌市で開かれた「日本小児血液・がん学会」では、「分子標的薬」という薬について議論されました。
「分子標的薬」とは、特定の遺伝子の変異によって起こるがんを狙い撃ちする、新しいタイプのがん治療薬で、最近になって次々と開発されています。
しかし、日本では、この分子標的薬の小児用が、少ないのが現実です。
このように、新しいタイプのがん治療薬が出てきても、それが国内で子供に使えないというケースが、今後ますます増えてくる恐れが指摘されています。
これを医療現場では「新たなドラッグラグ」とも呼んでいます。

【始まった新たな取り組み】
小児がんの子どもを救いたい、こうした現状を改善したいと、実は、新しい取り組みが始まっています。
国の承認を得るためには、その薬の安全性や効果を確かめる「臨床研究」が必要です。
これは本来、製薬企業が行うことが一般的です。
しかし、先ほどお伝えしたように、小児がんの場合、コストなどがかかるため、国内では十分進んでいません。
実際、10月末の時点で行われている小児がんの臨床研究は、アメリカでは332、ヨーロッパでは188ありますが、日本はわずか47です。
こうした中、北海道大学病院は5月から、製薬企業に頼らず、自分たちで臨床研究を始めました。
すでにアメリカで承認されている分子標的薬を使い、脳腫瘍や膵臓がんなどを患う1歳から15歳の7人の子どもが参加しています。
ただ、こうした研究を進める上で大きな課題となるのは費用です。
日本で承認されている薬ではないので、海外から輸入しなければならず、最初の年は、1人あたり年間で100万円ほどの費用がかかると言われています。
その費用を、北海道大学病院は「クラウドファンディング」で工面することにしました。
インターネットや学会を通して寄付を呼びかけたところ、10月末までの2か月間で、目標の2550万円以上が集まりました。
北海道大病院は、この資金を基に4年後間、臨床研究を行い、そこで得られたデータを、製薬企業と共有して、薬の承認に役立てたいとしています。
研究代表者の北海道大学病院の木下一郎教授は、「今のままでは、救える命も救えないと思い、子どもたちのために研究を始めた。将来、承認につながってほしい」と話しています。

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【国の動きは】
医療現場だけの努力では限界もあり、国も対策を打ち出す必要があります。
厚生労働省は7月から、ドラッグラグの解消などに向けて、専門家などを集めた検討会を立ち上げました。
先ほども紹介しましたが、アメリカなどでは、成人用の新薬を開発する際に、小児用も同時に開発するよう、原則、義務付けているといった海外の事例を参考に、製薬企業が成人用の薬を開発する際に、小児用の開発計画もあわせて作ってもらうための施策が、検討されています。
具体的には、製薬企業が小児用を開発しやすいよう、国が定める薬の価格=薬価に何らかの優遇措置を講じるなどの案も議論されています。
検討会は、今年度中をめどに報告書をとりまとめる予定です。

今、病気と闘っている小児がんの患者や家族、医療者の中には、海外で承認されている薬を、1日でも早く使いたいと願っている人がいます。
だからこそ、国は、ドラッグラグに直面しているこうした患者や医療現場の声をしっかりと受け止め、迅速に議論し、制度の見直しにつなげてほしいと思います。


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